ハンマー無双で成り上がり~解体工の俺、神槌を振り回して伝説を打ち立てる~
☆ほしい
第1話
俺の名前は田中健司、三十二歳。職業、解体工。世間じゃガテン系とか呼ばれる仕事だが、俺は自分の仕事に誇りを持っていた。鉄骨だろうがコンクリートだろうが、構造を読み、力の流れを見極め、最小限の手数で安全に建物を解体していく。それは一種の芸術だとさえ思っていた。
「田中さーん、そこ、もうちょい右。違う、そっちじゃねえよ!」
ヘルメットの上から響く甲高い声。声の主は、俺より十も若い現場監督の佐藤だ。大学を出たばかりのひよっこで、現場のことなんて何もわかっちゃいない。だが、元請けの社員というだけで、俺たち職人より立場は上だ。
「……へい」
俺は短く返事をして、相棒である八キロの大槌(スレッジハンマー)を握り直す。今日の現場は、古びた鉄筋コンクリートの三階建てビル。俺の担当は、内部の壁の解体だ。佐藤が指示した場所は、構造的に力を入れるべきポイントじゃない。むしろ、下手に叩けば余計な部分まで崩れかねない。
俺は佐藤の指示を無視して、数歩横にずれる。壁と梁の接合部。ここが一番の急所だ。腰を落とし、全身のバネを使ってハンマーを振りかぶる。唸りを上げて振り下ろされた一撃は、乾いた轟音と共にコンクリートの壁に深々と食い込んだ。蜘蛛の巣状に亀裂が走り、二撃、三撃と叩き込むと、壁はまるで砂の城のように崩れ落ちていく。完璧な仕事だ。
「おい、田中! 人の話聞いてんのか!」
佐藤が駆け寄ってくる。その顔は、自分の指示が無視されたことへの怒りで歪んでいた。
「いや、こっちの方が効率的なんで」
「口答えすんな! 俺が監督だぞ! お前みたいな職人は、言われた通りにやってりゃいいんだよ!」
またか。溜め息が出そうになるのを、ぐっと堪える。どんなに腕を磨いても、どんなに効率的な手順を考えても、結局はこれだ。学歴もコネもない、ただの解体工。汗水流して働いても、評価されるのはスーツを着た連中ばかり。悔しさがないと言えば嘘になる。だが、これが現実だ。俺は何も言い返さず、黙って頭を下げた。
その日の仕事が終わり、へとへとになって安アパートに帰り着いたのは、午後十時を過ぎていた。コンビニで買った弁当を無言でかき込み、シャワーを浴びて布団に倒れ込む。明日もまた、佐藤の罵声を聞きながらハンマーを振るう一日が始まる。そんなことを考えた瞬間、部屋がぐにゃりと歪んだ。
いや、違う。部屋じゃない。俺の視界そのものが、だ。強烈な目眩と共に、金縛りにあったように体が動かなくなる。なんだ、これ。過労か? 脳の血管でも切れたか? 意識が急速に遠のいていく。最後に感じたのは、まるで巨大な洗濯機に放り込まれたかのような、凄まじい回転感覚だった。
……。
………。
どれくらいの時間が経ったのか。
冷たい土の感触と、むせ返るような濃い緑の匂いで、俺は意識を取り戻した。ゆっくりと目を開けると、視界に飛び込んできたのは、見たこともないような巨木が鬱蒼と茂る森だった。空には、紫とオレンジが混じり合った奇妙な色の雲が浮かんでいる。
「……は?」
状況が全く理解できない。アパートの安布団で寝たはずだ。なぜ、こんな森の中にいる? 夢か? 頬をつねってみるが、確かな痛みがある。夢じゃない。
パニックになりかけた頭で、必死に周囲を見回す。服装は、現場で着ていた作業着のままだ。ポケットを探ると、空っぽの財布とスマホが入っていた。だが、スマホは「圏外」の表示で、ただの文鎮と化している。
そして、俺のすぐ傍らに、一本の巨大なハンマーが転がっていた。
全長一メートル半ほど。ヘッド部分は、大人の頭ほどもある巨大な鉄塊。だが、俺が仕事で使っていた、手入れの行き届いた相棒とは似ても似つかない。全体が赤黒い錆に覆われ、柄の部分もささくれ立っている。まるで何十年も打ち捨てられていたかのような、ひどい有様だ。
それでも、なぜか妙な既視感があった。恐る恐る手を伸ばし、その柄を握ってみる。ずしり、と腕に伝わる重み。八キロどころじゃない。二十キロ、いや、三十キロはありそうだ。常人なら持ち上げることすら難しいだろう。だが、不思議と俺の手にはしっくりと馴染んだ。まるで、ずっと昔からこれを使っていたかのように。
「一体、どうなってやがる……」
立ち尽くす俺の耳に、森の奥から獣の咆哮のような音が聞こえてきた。それは、地球上のどんな動物の鳴き声とも違っていた。背筋をぞっとするような恐怖が駆け上る。
俺は、とんでもない場所に迷い込んでしまったらしい。そして、この状況で俺が持っている武器は、この錆びだらけのガラクタ同然の大槌だけだった。
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