第10章 エラウィックの夜と奇妙なお客様
「コッカロウ・ヘッジポッカ!」
扉が叩かれ、お決まりの呪文が唱えられる。ウィストールは弾んだ気持ちで扉を開けた。
バスケットを持った子どもたちが、期待を込めた眼差しで見上げてくる。冬の寒さでみなふっくらした頬は赤らみ、白い息を吐いている。
思い思いの仮装はテーマ性も色彩もバラバラで実に個性的。小さな魔女や犬の被り物をした男の子、気合を入れた妖精の衣装を着た子、そこらで拾ってきたと思われるカボチャを被った子、紙の包丁をもった殺人ウサギ、絵本のキャラクター・ウィーピーの衣装をお揃いで着た双子。なぜかやかんを逆さに被ってカエルを連れている男の子までいる。
「やあ、よく来たね!」
たとえ出迎える側でも、この瞬間はわくわくするものだ。子どもたちの最高にきらめいている瞬間を共有させてもらえるのは何より嬉しい。
かつては子どものうまい扱いがよくわからなかったが故に接するのはさほど好きではなかったが、子ども好きのアウルとともにいて、ティルダを育ててからは子どもの相手をすることが好きになっていた。
もちろん、首切り役人に対する警戒は
町内会から予め配られていたコッカポッカを一人ひとつずつ渡す。子どもたちは「へへへ」とにやりと笑い、パッケージを宝物のように眺めると、いそいそとバスケットにしまった。
グループ全員に配り終えると、ちょこちょこと歩いてゆく子どもたちの後ろ姿を見送った。
「気をつけてね。寄り道はしちゃダメだよ!」
「わかってるー。じゃあねー、ウィズさん!」
子どもたちはけたけた笑いながら去っていった。
ウィストールはその姿が見えなくなるまで見送り、扉を閉じると一息ついた。
「ティルダも一緒に配ろうよ」
ティルダはオバケ発見機を相手に格闘していた。ゴムのチキンがさっきから喚き続けている。
その足元ではコットンも「にわとりのいかくだ! われはくっしない!」と喚きながら走り回っていて、ひどい騒がしさだ。
「こいつの暴走が止まらなくって! ああもう!」
ガチャガチャと内部を弄ったすえに、チキンはやっと鳴き止んだ。コットンも走り回るのをやめ、満足げに「にわとりに、かった」と勝利宣言をすると、テーブルの下で丸くなった。
ティルダと一緒になって装置を覗き込む。仕組み自体はシンプル――というより、無駄を省かれた良い設計をしている。強いて言えば、探査に使うエネルギーを賄う部品に空気ポンプを使っているが、その出力が一定ではないために探査にも乱れが生じてしまうのは欠点だろう。
しかし無闇にアドバイスをすればいいものではないということを、今までの子育て経験で学んでいた。ティルダ先生がここからどんな改良を加えていくのかもまた楽しみだ。
しかし、ティルダは死んだ目をして、ふらりとオバケ発見機から離れた。
「……ちょっと休憩。わたしも一緒に配る……」
「そうしよう。きっと懐かしいよ」
玄関先で並んで腰掛け、チョコレートバーをかじりながら子どもたちを待つ。子どもたちのグループは、次々に襲来した。
蛇のぬいぐるみを頭に巻き付けた子、なぜかゴミ袋を着た子、顔を絵具で塗りたくっている子、カボチャの着ぐるみの子、魔女の姉に手を引かれる黒猫着ぐるみの小さな子。悪魔のツノをつけているのは、洗濯物めがけて卵を投げつける悪ガキのバークだ。
バークにコッカポッカを渡しながら「今度うちに卵投げたら呪ってやるからね」と言ったティルダは、ミミズを投げつけられた。
ここは大人としてお灸をすえてやろうと、杖でバークの肩を叩き、杖先を派手に光らせる。
「な、何したんだ!?」
「前歯が毎日伸びてくる呪いと、将来つるっぱげになる呪いをかけたぞ」
もちろん、実際は杖をただ光らせただけで何の意味もない。しかしバークはたちまち真っ青になった。
「はあっ!? お、おい、今すぐ解けよ!」
「解けないぞ。君がいたずらを続けるかぎりずーっと解けないぞぅ」
バークは「おぼえてろ!」と言い捨てて悔しそうに走り去っていった。その背中を見送りながら、「寄り道はいけないからね!」と声をかけてやる。ティルダは愉快そうにくすくすと笑っていた。
そうして何グループも迎え、手元のコッカポッカも残り六つとなった。
ところが、最後にやってきたグループは七人組だ。ひとつ足りない。
「あ、あれ!?」
コッカポッカ入れの周囲も見回すが見当たらない。ティルダも一緒になって探してくれたが、ついに見つからなかった。
「ごめんごめん! 最後の子は、これで我慢してくれないかな」
チョコレートバーと、店でおまけにつけている『舐めているあいだ、指三本分だけ地面から浮く飴』を渡すとにんまり笑って納得してくれた。
突然の小さなトラブルをなんとかやり過ごしてほっとしたのも束の間、疑問が頭を掠める。
本当にどこかになくしてしまったっけ?
コッカポッカは参加する子どもたちの人数分、町内会が予め用意してくれているものだ。数え間違いや、間違って一人に二個渡してしまった可能性も否めない。しかしウィストールは完璧な記憶力を持っているが故に、渡し間違いならば気付ける――今までに来た子どもたちの顔も会話も、誰にいくつどのようにして渡したのかも映画でも観るように振り返ることができるからだ。なんなら、町の子どもたちのことなら名前も顔も年齢も全員把握しているからこそ、どこの誰が来たのかもわかる。小さな町だ、人数もそう多くはない。
そうして子どもたちのやりとりを振り返り――ぞっと背筋が寒くなる。
「――あのカボチャを被った子……誰だ?」
初めの方のグループにいた頭からカボチャを被っていた子を、ウィストールは知らなかった。
顔は見えなかったが、背格好からして五、六歳ほどに見えた。しかし町のそのくらいの年齢の子どもたちは、他の仮装をして訪れているのを全員確認している。
脳裏に七十年前の新聞記事で見た白黒写真が過ぎる。粗末なマントに、泥だらけのオーバーオールの男の子。その特徴も先ほどのカボチャ頭の子と一致していた。
ウィストールの呟きを聞いていたティルダは、口を大きく開けて震えていた。
「ね…ねえ、オバケ発見機がうるさかったのって、もしかして……」
「――紛れていたんだ。あの事件の、『身元不明のカボチャ頭の子』が」
「……っ追いかけよう!!」
ティルダはそう言って早速、杖や道具をかばんに詰め込んでいる。ウィストールも頷き、杖を手にした。
とある予感が胸の鼓動を早くする――この事件の、重要なピースが揃う!
二人は、子どもたちの巡るルートを走った。子どもたちは歩幅も狭く、家ごとに足を止めるので、進行は遅い。
すぐにいくつかのグループを追い抜き、とうとう目的のグループを見つけた。七人のグループに紛れて、八人目のカボチャ頭の男の子がちょこちょこと歩いている。あまりに自然に紛れ込んでいるので、子どもたちはみな違和感すら抱いていないようだ。顔が見えないので『近所の誰か』だと思っているのだろう。
カボチャの子は他の子と一緒になってコッカポッカを受け取り、大切そうにオーバーオールのポケットにしまっている。特に悪さをしているようにも見えないので、こっそり後を尾けて様子を見ることにした。
カボチャの子は、しばらくコッカポッカ集めを楽しんでいた。やがて、オーグル通りに差し掛かったあたりでその足を止めた。
前を歩いていた子どもたちは、足を止めたカボチャの子に気付いて振り向く。
「どうしたの?」
カボチャの子は、近くの家を指差した。そして子どもたちに小さく手を振る。
「? 何? ……後から来る?」
カボチャの子が肯く。グループの中では年上の犬の被り物の子が「危ないからだめだよ」と説得するが、カボチャの子は頑として譲らない。ついに犬の被り物の子が折れた。
「わかった。集会所はすぐそこだから、絶対来いよ。みんなでコッカポッカ開けるんだからな」
カボチャの子はウンウンと頷き、去ってゆく子どもたちにぶんぶん手を振った。
子どもたちが集会所の方へ去ると、カボチャの子は先ほど指差した家へと足を向けた。草がぼうぼうの庭を過ぎ、古びた木のドアを叩く。
「――あの家……」
ティルダの言わんとすることがよくわかる。自分でも混乱している。
「うん。ダミアじいさんの家だ」
カボチャの子がドアをいくら叩いても、中から反応はない。カボチャの子は諦めきれないようで、一生懸命背伸びして窓を覗こうとしたり、周囲をうろうろ歩き回ったりしている。そうしてもう一度ドアの前に来て、何度も叩いた。
カボチャの子は長いことそうしていたが、ついにがっくりと肩を落とし、とぼとぼと去ってゆく。
「……このまま追いかけよう」
ティルダは頷きながらも、小声で喚いた。
「カボチャが割られる事件に、カボチャ頭の子。それにカボチャ泥棒のおじいちゃん! もうカボチャばっかりでうんざりよ!」
「……いいや」
数々の不可解な出来事が、徐々に見えてきている。
「カボチャに関することは、どれも別々の出来事じゃない。たぶん、繋がっている一つの事件だったんだ」
「どういうこと?」
ティルダが聞いてくるが、「しー」と唇の前に指をやる。
「今はあの子を追うことに専念しよう。きっと答えにたどり着く」
二人は足音を立てないように、ゆっくりと尾行を続けた。カボチャの子は、集会所を通り過ぎ、家々も畑も通り過ぎ、どんどん町の外側へと歩んでゆく。
ついに日が落ちかけた頃、黒々とした森が見えてきた。森へは町の住民は、滅多なことでは寄り付かない。森を超えた先に何があるわけでもなく、近隣の町にも都心部にも通じるわけでもないからだ。それどころか、ヴィックスベルで生まれ育った者ならば、親から口酸っぱく言われている。
「森へは近寄るな。ただ暗くて何もないだけの森だ。けれど一度入れば、迷って二度と出れなくなって、獣に食い散らかされるよ」
ウィストールたちも森へ近づいたことはない。ところがカボチャの子は、とうとう森へ踏み入った。
ほとんど人の手が入っていない獣道だ。緑の匂いが濃い。木の根を跨ぎながら歩むのは体力を使う。飛び出た枝がティルダの袖を引き裂き、ティルダが小さく声をあげた。あとでアウルに見られる前に直してしまわなくては。
数分も歩くと貧弱な足は悲鳴をあげ始め、ティルダに呆れられた。カボチャの子は、まるで慣れているかのようにひょいひょいと飛び跳ねるように進んでゆくので、見失わないように追うのがやっとだ。
代わり映えしない木の根道をしばらく歩いているうち、少しひらけた場所に出た。周囲に切り株がいくつかあるので、誰かが切り拓いた土地なのだろう。よくよく見ると小さな畑があったような柵や畝の跡があり、今もジャガイモの葉などは一部で芽吹いている。それらを避けながら進んでゆく。
カボチャの子を見つめていた二人は、進行方向にあるものに気付いて体に緊張を走らせた。不気味に曲がりくねった老木のそばに、蔦の這う
しかしカボチャの子は荒屋の外れかけた扉を力一杯引いてこじ開け、中へ入ってゆく。
ティルダが荒屋とウィストールを交互に見ながら「ど、どうする……?」と聞いてきた。
「……彼に話しかけてみよう」
ここまで来たら、最後まで真相を追いかけるつもりだ。
それに、あのカボチャの子自体は危険な存在ではない。むしろ行動や仕草は、いかにも子供らしい愛らしさに溢れていた。ただこの世のものではない存在というだけで。
ティルダもそれはわかっているのか、覚悟を決めるように息を吸って頷く。
荒屋のドアをノックすると、腐った木特有の鈍い音が響く。
返事がないので、そのまま扉を開き、中へ踏み込む。ほとんど天井の抜け落ちた狭い空間があり、ぼろぼろのテーブルと、かつて椅子だったものが転がっていた。その奥で、カボチャの子の頭のオレンジ色だけが鮮やかだ。彼はこちらを見て固まり、手に持っていたコッカポッカの山をバラバラと落とした。
「こんばんは。初めまして」
「こんばんは。勝手に入ってごめんね、悪いやつじゃないよ」
二人が挨拶をするが、彼はあわあわとその場で足踏みをした。そしてこちらへ走り寄ろうとした拍子に、椅子に躓いて転んでしまった。
ごろり。
カボチャ頭が転がる。
男の子の首のぐちゃぐちゃの断面が露わになり、二人は息を飲んだ。思わずティルダの目元を手で覆ったが、鬱陶しそうに払われる。
ティルダは男の子を助け起こしてカボチャを乗っけてやりながら言った。
「ねえ、もしかしなくとも喋れないんじゃない……?」
カボチャの子はコクリと頷いた。
それもそうだ、頭がないのだから。
彼から聞きたいことが山ほどあったというのに、困ったものだ。
そう思いかけたところで、二人は「あっ!!」と声を揃えた。
「「ニャンダフォウ・ワンダフォウ!!」」
マントの袖口を漁ると、チョコレートバーや家の鍵に混じって、テスト分として持っていたものを発見した。
男の子が戸惑っているので、優しいティルダは無理しておどけて、CMソング(アウル作詞・カミーユ作曲)を歌い始めた。
「ねこちゃんにー、歌って朝のごあいさつ~♪ ねこは歌い返ーすよ『朝ごはん~はまだかしら、今日はさかなの気分なの』~♪」
「ニャンてこったい、ワンだフォウ♪」
「君にも~いかが~、魔法のアイーテム~♪」
「「ニャンダフォウ・ワンダフォウ! おひとーつーあげーるよ~♪」」
歌いながら、男の子の首の根本にニャンダフォウ・ワンダフォウを取り付けてあげた。
とたんに、高い子どもの声が荒屋に響く。
「魔法のアイテム? ……えっ」
男の子は息を弾ませ、柔らかそうな手でド派手な蝶ネクタイに触れた。
「ほんとに魔法だ! ぼく、しゃべれるよ!」
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