第5章 凍てつく窓の向こうから

 目を開けたときには、狭くて埃っぽい現実の資料室へと戻っていた。


 扉から、コンコンと軽快なノック音が聞こえる。すぐにひょっこりとニンジン色の頭が覗いた。

「パパ、アウルくーん」

「……ん、早いね。現場はもう見てきたのかい」


 ティルダの顔の下からカミーユの顔もひょっこり覗き、「まあなー」と言うと資料室に入ってきた。そして二人してくしゃみをし顔をしかめている。……この二人もだんだん似てきたな。


「で、どうだった?」

 捜査進捗しんちょくを聞くと、ティルダは急に難しい顔をして口元に手をやった。

「最初にやられたアデリーとラディアンの家、それから昨日現れた通りも見てきたよ。それで……オバケ発見装置を作ったから実験的に使ってみたんだけど……まだ調整中だから、誤作動が酷くて」

「オバケ発見装置って?」


 ティルダはカミーユに持たせていた重たそうな木箱を指差した。カミーユは機嫌良さげに木箱をかかげて見せびらかす。

「すごいよなあ、お嬢ははなんだって作っちまうんだから!」

 対してティルダは、少し苦い顔だ。

「……うっかりオバケだって知らないまま恋なんてしないように、作ったの」

「ふうん……?」


 木箱にはびっしりと術式が書き込まれている。中には空き缶や、なくしたと思っていた青いガラスコップ、ゴムのチキンなど生活感にあふれる素材がたくさん組まれている。

 触れてみて軽く解析をかけると、確かに『生物以外の魔物、または生物以外の意思を持つもの』を判別する術式が搭載とうさいされているようだ。


 ところが、触れてすぐに装置の電球が光り、ゴムのチキンがベギャアアアアア!! とけたたましく絶叫し始めた。

 かんさわる叫びに、4人は思わず顔をぎゅっとしかめる。

 ティルダがすぐに中身を弄り、チキンの絶叫を止めた。

「ごめんごめん! 魔物の判別サンプルにパパとアウルくんの髪の毛を使ったから、触った拍子に鳴っちゃうこともあるんだ。うーん……難しいな……」


 それを聞いたアウルがびっくりしたように目を丸くして怒った。

「ちょっと! 無断で使うなんて!」

「まあまあ、髪の毛くらいいいじゃないかアウル」


 ティルダはちらっとこちらを見上げて肩をすくめた。

「良かった。そう言ってくれると思って、それぞれから五十本くらい抜いた」

「「なんてことするんだ!!」」


 なんて困った魔女だ!


 つい涙目で自分の頭をわさわさ撫でた。冷静に考えれば自分は老化しない。だが、かつて幼少期から共に育ったヴィクトールが50歳を過ぎたあたりからこっそり育毛剤をつけていたのを見てショックを受けたのをきっかけに、ハゲに対しての恐怖を植え付けられていた。


「そ、それでね、オバケ発見装置は鳴りまくっちゃってあてにならなかったんだけど、他に気になることがあってぇ」

 ティルダは必死になって話題を変えようとしている。

「亡霊が現れたっていう通りを見てきたんだけど、やっぱりカボチャは壊されてたし地面に斧の跡もあったよ。けっこう散らかっててね、ガラスとかゴミも落ちてるの。それから……周りの植物が不自然に枯れてた」

「植物が……」


 つまり、亡霊は生命力を吸うということだろう。たとえ斧を振り回していなくとも、まさに歩く災厄である。


 ティルダは続けた。

「斧の跡とか植物が枯れていた箇所で解析魔術を走らせてみたの。弱いけど魔力痕まりょくこんがあったよ」


 魔力痕とは名の通り、魔力が通った痕跡である。

 目には見えない痕跡だが、今回のように解析をかければ有無程度はすぐにわかる。

 魔術を使うと、空気中や地面などにしばらく残るのが普通だ。そしてたいていは時間経過とともに消えてゆく。


 アウルがふむふむと頷いたが、すぐに首を傾げた。

「でも昨晩はウィズが魔術を使っていたよ。魔力痕があるのはおかしくないんじゃないかな?」

 しかしティルダは首を横に振った。

「魔力痕は、術者によって少しずつ違ってるものなの。ドアノブを握ってついた指紋が、人によってちょっと違うみたいにね。パパのは慣れてるからすぐにわかったよ。たくさん攻撃魔術を放ったでしょ。軌道もめちゃくちゃだった」


 そこまでわかったのかと感心した。魔力痕の解析は、例えるならば匂いを嗅ぎ分けるようなもので、理論ではなく感覚にるところが大きい。


「ちょっと変だなと思ったのは、パパの以外の魔力痕が残ってたんだよね。弱いものだし、魔術を使う人は町にそこそこいるから、たまたまあっただけかもしれないけど。でも、カボチャとか、斧の跡のところにあって……」

 ティルダはそう言うと口元に手をやって考え込んでしまった。


 ティルダの抱いた疑問は当然のものだ。この町の人々は、コンロの火を調節したり、洗濯の泡立ちをよくしたりするおまじない程度の魔術やを使うことはあるが、魔術師となると珍しい。だからこそ、魔術を売りとしたお店をやっていけている。 


 ティルダはぶつぶつと呟いた。

「――亡霊が魔術師? ううん、亡霊としての成り立ちに、もしかして魔術が? 亡霊には何かしら魔術が関わっている……?」


 自分でも思考を巡らせたが、現在手元にある情報だけではわかりそうもなかった。ついに「今考えてもわからないことは後回しにしよう」と首を振った。

 ティルダは頷いてこちらに向き直った。

「で、パパたちは調べ物は終わった?」

「だいたいね」

「何かわかった?」


 あまり気が進まなかったが、ティルダとカミーユを今回の亡霊対策の仲間として信頼しようと思い、新たにわかったことを簡潔に説明した。


「――というわけで、今年になって何か変わったことがあったかなって考えていたんだ」


 ティルダは腕を組み、「フゥン」と唇をとがらせた。頭の回転の早いティルダは、はっと息を飲んだ。

「今年になって変わったこと、ある!」

「それは?」

「ニャンダフォウ・ワンダフォウだよ!!」

「「……え?」」


 予想もしなかった単語にアウルと一緒になってずっこけかける。しかし、聡明そうめいな愛娘の思考に自分たちが追いつけていないだけだった。

 ティルダは早口で言った。

「二人とも、自分たちが開発したくせにニャンダフォウ・ワンダフォウが町に及ぼした影響にピンときてないの!? あれが売れまくって、町にたくさん人が来るようになったし、それがきっかけでぶどうもワインも絶品だって国中で話題になって、名産品の注文も増えたんだよ! それで町が一気にお金持ちになったの!」


 町の財政がうるおったということだろう。それは確かな事実であり、まさに町長の思惑おもわく通りといったところだ。


「それで……?」

「町で使えるお金が増えたから、今年は収穫祭とエラウィックが大規模で豪華になっているの! 祭壇も出てるし飾りも多いでしょ? 装飾コンテストだって、今年から! だからすでに観光客もたくさん来ているし、警備の役人さんも来るんだよ!」


 ティルダの言わんとすることがわかり、血の気が引くのを感じた。


 改めて34年前の資料を確認する。

 34年前の亡霊事件があった時は、特に豊作だったことを祝い、『原点回帰』と称して初期の収穫祭とエラウィックを大規模に行ったようだ。そして町の自警団では警備が足らず、国の役人を都市部から派遣してもらっている。

 亡霊に殺されているのは、この役人だ。


 亡霊が現れた年には必ず役人がおり、例外なく一人は殺されている。

 亡霊は、もしかすると自分を捕らえた『役人』というものを酷くうらんでいるのかもしれない。


 そして今年も、人が多いイベントの警備として、いつもはいない役人が駐屯ちゅうとんする――エラウィック当日は明日だから、今頃はもう駐屯所に到着しているだろう。

 まずい、真っ先に狙われてしまう!


 ふと窓の外に目を向けると、日が落ちかけていた。まもなく亡霊が闊歩かっぽする時間になる。


「急いで駐屯所に向かおう! 役人たちが狙われるかもしれない!」

「あわわわ」

 アウルは動転しているのか、窓と扉を交互に目をやっている。徒歩で行くか飛んで行くか迷ったのだろう。


「アウル、カミーユ。二人は窓から飛んで先に行ってくれ。この建物からそこまで遠くない、僕たちは後から追いかける」

「わかったよ!」


 アウルは窓枠に足をかけると、ぐんと屈み、勢いづけて飛び去っていった。

 カミーユは一瞬ティルダに確認するような目線を送る。ティルダが頷くと、カミーユは瞬時に白鳥の姿になり、アウルを追って窓から飛び去った。


 すぐに空高くから翼が空を打つ音が聞こえてくる。


 ウィストールもティルダを連れ、はやる足取りで役場を駆け出た。



 何もないと良いのだが……。



❧ ❧ ❧ 



 駐屯所は、町役場と同じ通りにある小さな箱のような建物だ。普段は町の自警団が交代で詰めており、お巡りさん代わりとなっている。

 ただし、今回のような大規模なイベントごとがあると、都市部から国の役人が派遣され、駐在所に数日寝泊りするのだ。


 すっかり日は落ちた夜闇の中から、ガス灯のぼんやりした灯りが建物の輪郭りんかくを切り出していた。


 息を切らせて駐在所へ駆け込む。中ではランプの灯りの下で、黒い立派な制服を着た役人二人を相手に、アウルとカミーユが話し込んでいた。アウルは受付台を叩いて懸命に説明している。

「だからね、役人さんは今の時期はヴィックスベルにいない方がいいよ! すぐにでも出ていった方がいい、とっても危ないんだ!」

「そんな亡霊が本当に出るって? だとしても、そういったものからみんなを守るのが俺たちの仕事であって……」

「君たちじゃ手に負えないってば!」


 ひとまず、亡霊はまだ現れていないようだ。人死にや怪我人を出すような事態になっていなくて安心した。


 カミーユがこちらに気づき、ため息まじりに肩を竦めた。

「おいダンナとお嬢~。こいつらときたら、アウルちゃんの必死の説明を信じてくれないぜ。どうするよ、気絶させて追い出してもいいか?」

 続いてアウルも、ぷんと頬をふくらませて振り向いた。

「ウィズ、ティルダ! このひとたちったら、3インチのイモムシみたいに、僕の言うことを否定してばかりなんだから! もう昼下がり、しちゃう? しちゃってもいいかな?」

「やめなさい」


 物騒な二人に閉口へいこうしかけたが、役人たちが信じてくれないのも無理もない気もする。町の外から来た彼らがいきなり亡霊の話を聞かされたところで、頭のおかしな奴らが来たとしか思えないだろう。順序よく、初めから説明しなくては。


 アウルたちの代わりに口を開こうとした、その時。


 そのかすかな振動が鼓膜こまくに届いた。


 重たい金属が、地に引きずられる音が。


「――来た」

 ウィストールたちは固唾かたずを飲んで耳をすませた。役人の男たちは事態を飲み込めていないようだったが、ウィストールたちのただならぬ様子を見て同じく息を潜めた。


 ぴき。


 高い異音がした方を見ると、窓ガラスが端から徐々に白くなっていた。凍りついている。

 空気が急激に冷え始め、吐く息も白くなる。


 寒い。肺まで凍りついてしまいそうだ。


 ついには室内のランプまでが異音をたてて凍てつき、わずかな灯りすらかき消える。


 金属音は、たびたび何かを叩き割る音を交えて、着実に近づいている。まっすぐこちらへ向かっているようだ。


 背後で、「ひっ」と笛のような声が聞こえた。

 月明かりでわずかに見えるティルダの顔は真っ青で、肩は震えていた。あらがいがたい本能的な恐怖に支配されているのだ。


 自分も震えかけていたが、ティルダの様子を見て水を浴びたように冷静になった。


 ――守らなくては。怖がってる場合じゃないぞ!


 身を屈めてティルダの目を覗き、冷たい手を握ってやる。

「――大丈夫。こう見えて、荒ごとには意外と慣れているからね」

 アウルが小さな体に見合わぬ力強さで、ティルダごとまとめて抱きしめてきた。

「そうさ! 僕は強いからね!」

「そうだよ、アウルは最強だから」

「……うん」

 アウルが柔く微笑む。月明かりが彼の顔に影を作っていた。


 そこへ、「はっ」とカミーユの乾いた笑いが割り込む。

「この程度、あんたら『番号を冠するものアルタージ』が出るまでもないだろう」

 カミーユが不敵に口角を吊り上げ、最前列へと進み出る。

「ここは任せときな、お嬢。俺の強さをよく知っているだろ。あんたは人間らしくそこで震えていればいい」


 毒舌まじりではあるが、カミーユなりの気遣いに違いない。

 ティルダはまっすぐにカミーユを見つめ、力強く頷いた。


「――わかった。お願い、カミーユ」

「よしきた」


 白鳥が羽ばたくようにかかげられたカミーユの手元には、金の指揮棒が光る。

 それは、ウィストールたちも散々苦しめられた、形容の魔物の恐るべき武器。


「さあ、奏でようか。彷徨さまよう亡霊には、物悲しい葬送曲レクイエムを!」


 その直後――轟音とともに壁が吹き飛んだ。




 番号を冠する魔物アルタージが二人に、匹敵ひってきする魔物が一人。負けるわけがない。

 そう思っていたんだ。実際に戦うまでは。

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