きみとの3456年──忘愛のパンプキンナイト
万木きるしゅ
第1章 始まりはカボチャパカパカ事件から
「え~~~ん、ウィズ~~~~~!!」
田舎町ヴィックスベルに、少女の絶叫が響き渡る。
オレンジと紫の交わる夕闇に包まれた田園風景の中、『それ』は泣きながら走り寄ってきた。
美少女姿を
その顔にいつものハッピーな笑顔はなく、金の瞳から大粒の涙を
そして――アウルの頭はあるべき場所にはなかった。代わりに、胸の前に組まれた両手の上に載っていたのだ。
「はぴゃ……」
ショッキングな光景に、ウィストールの
❧ ❧ ❧
――この事件を順序よく記録するには、アウルの首がちょん切られる前日の昼に
始まりは友人からの手紙と、他愛もない世間話からだった。
しんあいなる ウィストール
おげんきですか。
おれは すごく げんきいっぱい!
さいきん、このくにの ことば、べんきょうしてるます。
ちょっとだけ、むずかしい! だけど、たのしいます!
あなたと あくしゅ したときに、もらったちからの おかげ?
おれ、きおくりょく よいね!
アウルくんも きっと、げんきでしょう。
こんど、おいしい おちゃ、あげると つたえて!
シャンタナは きのう、かぼちゃすーぷ のんで、やけど したですよ。
だからおれは、わらいますた。たのしいます。わはは!
おれ、さいきん、へんな ゆめを みるね。
あなたに きけんが せまっているかも?
これ、ちょっかん! きをつけて!
ところで、あなたのむすめの まもの カミーユ? わるいこと していないか きゅうかちゅう?
したら おしえて。ころすます!
きゅうな おしらせがあったら、みずかがみで はなしましょう。
じゃあ、またらいげつ あいましょう!
リイン・ファライラ
「――ん」
手紙を読んでいたウィストールは、ふと首筋を撫でるような冷気を感じて振り返る。
背後の窓の外には、
再び手紙に視線を戻す。
途中まで微笑ましい気持ちで読んでいたのに、
まあいいか、この手紙は冷蔵庫にでも貼っておこう。カミーユは未だリインを怖がっているので、彼のつまみ食い防止になる。
ウィストールとリインは昨年魔術学校の教師となった身だが、現在は収穫祭の時期にあたり、十日ほどの休暇中である。
リインと相棒のシャンタナは、たった十日の休みでも海外へ冒険へ飛び出していったようだ。
一方で、ウィストールとアウル、そして娘ティルダとカミーユは、地元ヴィックスベルに帰っていた。
ヴィックスベルは田舎も田舎。ぶどう園がほとんどの面積を占め、合間合間に住宅や店が点在している。
そんな中でもひときわ目立つ建物がある。奇妙な具合に建て増しされたでこぼこの住居に、こぢんまりした店舗がくっついており、真っ黄色のドアの上には美しい手描き看板。看板には店の名前が書かれていた――『ウィズとアウルのなんでも魔術店』。
店ではまじないの
久々ののんびり休暇――とはいかなかった。
なぜって、魔術店の仕事のせい――すなわち、ニャンダフォウ・ワンダフォウの量産地獄である。
昨年、発明品のニャンダフォウ・ワンダフォウが医療用にも使えることがわかり、大量生産が必要となったので、秘蔵としていた作成レシピを信頼できる医療品メーカーに渡した。それはいい。
医療用のものは、医師の診断書がある患者ならば無料で
しかし、相変わらずペット用の高品質なものではここヴィックスベルでしか生産されていない。
「それもこれも、町長のせいだぁ……」
魔術店の作業場の丸テーブルで、思わず恨み言を漏らす。
ニャンダフォウ・ワンダフォウの利権をすべて売ってしまおうとしたのだが、ヴィックスベルの町長が止めてきたのだ。
「利権をすべて売るなんてもったいない! うちの町の名物のひとつにしましょう。そうすればヴィックスベルの名が売れて、他の名産品も注目されるでしょう? 地域ってのは、助け合いですよ」
……とのことである。
アウルと二人での作業だととても
恐ろしい事件の幕開けとなる例の世間話が
町では収穫祭が終わり、日を開けずにエラウィックの祭りに移ろうとしている。
ウィストールもこの祭りについてあまり詳しくはないが、町の子どもたちがこの日の夜にお化けの仮装をして、コッカポッカというキャンディクラッカーを集めながら家々を回るという変わった
子どもにとっては楽しみで仕方がないイベントだろう。
「エラウィックまでに作業に
ネクタイにミシンがけをしながら、アデリーが言う。
10年前はデート用に目を輝かせる魔術を注文していた細身の女の子も、今では体格も頼り
作業場にいるのはウィストールの他に三人。ネクタイを縫うアデリー、パッケージや配送担当のキャロル、受注チェックや売上計算などの事務を行うラディアン。みんなで丸テーブルを囲んで、
彼女らは昔からの
もちろん、彼女らは魔術師ではないため、複雑な魔術作業はできない。安全のために念を入れて魔術の基礎は講義したが、製品の魔術式の調節はウィストールのみが行っている。
その他の従業員は、製品テストに協力してくれている、パチパチコットン氏。まんまるふわふわ、灰色子猫のコットンはニャンダフォウ・ワンダフォウを着け、ウィストールの足元で喋りまくっている。
「
……子猫に下僕認定されているのはともかく、製品テストはばっちりのようだ。
「そういえば、ティルダちゃんは?」とアデリーが聞く。
ウィストールはコットンを抱き上げて落ち着かせながら、会話に応じた。
「ティルダは部屋にこもって研究ばかりさ。カミーユも
ティルダは魔術学校に行きはじめた頃から、恥ずかしがって参加しなくなってしまったのだ。なんなら、五歳のときにはコッカポッカの中から『当たり』を引けなかったと家に帰ってから悔しそうに泣いていたことすらあるのに。
「寂しいねー。ウィズさんたち、毎年張り切ってたもん、尚更だよね」
ラディアンも受注申し込みの手紙をファイリングしながら「でも、店先の飾りは今年も相変わらずよねー」ときつい美人顔を苦笑させた。
「ああ、あれね」
「毎年やばくない?」
アデリーもキャロルもうんうんと頷き合っているのは、店先に置いてあるカボチャ飾りについてだ。カボチャはエラウィックのシンボルであり、この時期になるとみな玄関先や
この風習はヴィックスベルで独自に発展したものらしく、観光客にとっては見どころのひとつだ。今の時期なら、カボチャだらけのヴィックスベルを楽しめる。
そしてウィストール一家も2個、店先に置いていた。アウル作のキュートな顔立ちのカボチャと、ウィストール作のやたらと
毎年、彫っているうちに熱中してしまって芸術作品のごとくの
現に今も、店先から「うお、すごいな……」という呟きが聞こえてきた。そしてすぐに、客と店番のアウルのやりとりが聞こえてくる。
「あれを求めてはるばる来たんだ。ワンダホ・ニャンダホ!」
「『ニャン』ダフォウ・ワンダフォウね!」
アウルは、可愛らしい声でしっかり訂正している。(
しかしアウルも慣れたもので、スムーズに取引を終えたらしく、すぐに「また来てね!」の言葉と店の扉が閉まる音が聞こえた。
「……そういえば、カボチャのことなんだけど」
アデリーがふと顔を
「うちも玄関先に、カボチャ置いてたのよ。みっつ! ダンナと上の子とで作ってさ。でもねえ、聞いてよ。誰かにコテンパンに壊されちゃったのよお!」
「「「壊されちゃったの~!?」」」
作業場の女性たちとウィストールは合唱した。勢いを得たアデリーは「そうなのー!!」と
「上の子の初作品で、時間かけて一緒に作ったのに! まだ写真も撮れてなかったのにめちゃくちゃのパカパカよ! うちの子も泣いちゃってさあ……」
「それはひどいね……」
同じくティルダが幼い頃に一緒にカボチャを彫った思い出のある者として、その悔しさがよくわかる。その思い出ごとめちゃくちゃにされた気分になるだろうし、なにより子どもの泣き顔こそが最も応えただろう。
「犯人はわからなかったのかい?」
「わからないわ。ただ、夜中に玄関先で変な音はしてたのよね」
「変な音?」
「そう。叩きつけるような音とか、何かを引きずるような……とにかくゾッとするような音よ! 怖くなってダンナを起こしたんだけど、起きなかったのよお。そうこうしているうちに音は聞こえなくなったんだけど、翌朝家を出てみればカボチャがグシャグシャよう……」
「……ダンナって肝心な時に起きないわよね……」
「ほんとにそう……」
女性陣は揃って深いため息をついた。一人だけ男性の自分は少し気まずい。
「実は……うちもやられたわ、それ」
とラディアンは言いづらそうに眉を寄せた。
「ウィズさんに彫ってもらった飾りだったから言い出しづらかったんだけど……うちの玄関先と畑に沿って並べてたカボチャ、全滅……」
「そ、そうだったんだ……」
何を隠そう、ラディアンはカボチャの畑主の娘である。
喜んでもらえるようにと心を込めて彫り上げたものだったので、ずんと心が重くなった。
キャロルもふくよかな白い頬を真っ赤にしている。
「きっと近所のクソガキどもの仕業よ~! バークなんか、洗濯物に卵投げてくるんだから!」
そこへティーセットを持ったアウルがやってきて、みなの
ウィストールは壁の時計に目をやり、午後の小休止にちょうどいい時間だと気づいた。
「近所のひどいトラブルの話をしていたんだ。休憩がてらきみも聞くといい」
アウルは「うん!」と元気よく返事をし、ぱっと花が咲くようにアリソンの顔を
……我が相棒ながら、今日もハッピーな表情が最高に可愛い。
アウルが上機嫌にカップを配ってゆく。
「お疲れさま、今日も素敵なお嬢さんがた。休憩にしよう!」
「やった。アウルちゃんありがとー」
「アウルちゃんのいれるお茶がいちばん美味しいのよね」
女性陣はすばやくテーブルの上を片付け、うきうきと休憩タイムに入る。
十年前からまるで変わらないお茶会の風景だ。もちろん、彼女たちもアウルが魔物だということは
しかし今回のお茶会の話題は、にっくきカボチャ破壊についてだ。
女性陣の怒りが
「犯人、クソガキどもかあのおじいちゃんじゃないかと思うのよね」
キャロルがひっそりと言う。
「おじいちゃん?」
「ほら、その……カボチャを盗んじゃってたおじいちゃんいるでしょ」
ウィストールは「う」と
キャロルが言っているのは、通称『ダミアじいさんカボチャ事件』。
この事件、ウィストール一家も大いに関わってしまっているのである。
ダミアじいさんは近所の『ボケかけ』と言われている老人だ。
だがアウルは彼と話すのが好きらしく、たびたび彼が一人で暮らす家を訪ねていた。じいさんもアウルに
アウルは近頃、じいさんの家を訪れるたびにそれは見事な大きなカボチャをもらってきて、得意げにカボチャのスープを作っていた。
カボチャスープは毎日毎日毎日続いたので、いい加減うんざりしていたのだが、カボチャ地獄の日々は意外な形で
「ぼ、僕は知らなかったんだよ。あのカボチャが広場の祭壇から盗んできたやつだったなんて……」
アウルが絞られた雑巾のように顔をしわくちゃにして呟く。
――そう。盗品だったのだ。
幸いなことに、ボケかけの孤独なじいさんと、盗品とは知らなかったアウルは注意を受けた程度で、罰されはしなかった。
しかしこの事件は町の住人みなの知ることになり、同情的な意見が多いものの、しばらく肩身が狭くなってしまったが。
アウルは
「ダミアは確かにカボチャを盗んでしまったけれど、壊すなんて乱暴はしないさ」
「んん……、そっか」
キャロルも納得したのか、口をつぐんだ。
ウィストールはあまりよくない会話の流れになってきたのを感じて、止めようと口を挟んだ。
「犯人はここで話してもわかりっこないよ。それより……」
「じゃあウィズさん、夜見張っててよ」
「――っへェ!?」
ラディアンの言葉に、思わず
「ななな、何を言っているんだい?」
「だって、夜中に変な奴が徘徊しているのよ? 怖いじゃない、捕まえてよ」
その意見にアデリーとキャロルまでもが「それいい!」と賛同し始めた。
「放っておけないし、顔を拝んでやりたいわ!」
「アウルちゃんは強いから負けないしね!」
「ウィズと、最強の
ばか、そんなこと言うな! ただでさえ盗品カボチャ事件で立場が弱いんだから、断れなくなるだろう!
しかも、言い出しっぺはカボチャ農家の娘ラディアンだ。
盗品カボチャ事件は、怒りっぽいカボチャ農家の親父さんからラディアンが必死に庇ってくれたおかげで、ギリギリおさまったと言える。
そのせいで余計に反対しづらい。
そこからの展開は実に早かった。
すぐに女性陣に「じゃあ、早速今夜からよろしくね!!」と詰められてしまい、カボチャパカパカ犯を追うことになってしまったのだ。
「不良なんて、こうしてこうして、こうこうこう!」
アウルがシュッシュッと拳を突き出してイメージトレーニングを始めている横で、泣きそうな声でため息をついた。
今夜が怖くてたまらない……。
しかし、この時はあくまでご近所トラブル程度――そんな認識でいた。
リインのやたらと当たる『直感』から警告された手紙を、真面目に受け止めるべきだったのだ。
でもまさか、ヴィックスベル全体を巻き込む呪わしき事件が、カボチャパカパカ犯から始まるなんて!
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