ショートブック
シャーペン
海の日
(高校3年生の
放課後の誰も居ない教室は静かで、ほのかに埃ぽい匂いが満ちていた。夕日の光が窓から優しく私を照らしていて少し眩しい。速くなった夕暮れに秋を感じる私は、あの潮の匂いを思い出していた。
夏休みの最後の日。私は力也と一緒に海に行ったんだ。勇気を出して誘った海は、それに応えてくれてるみたいに静かだった。波が引く音がはっきりと聞こえて、海の向こうから吹いてくる風は少し冷たかった。今みたいな夕暮れ時で大きな夕日が海に浮かんでいた光景は、よく覚えてる。でも
「……。」
あの時みたいに、胃が締め付けられる。
私は何も言えなかった。あんなに最高の舞台だったのに、あと少しでエンディングだったのに、そのセリフを、私は言う事が出来なかった。タイミング何て沢山あった。時間だってあんなにあったのに。
理由は仲間の顔が浮かんだから、ただそれだけ。それだけで私の思いを告げる言葉は閉じ込められた。ずっとずっと不安だった。この思いを自覚してから、彼との時間を想像するようになってから。
私は本当にバスケと恋愛を両立できるのだろうか? 正直、私は両立できる自信が少したりとも無い。恋愛ばかりを優先してまえば、それは仲間を捨てる事と同じではないか?あんなに本気で向き合ってきた仲間を、あの思い出の日々を、全て嘘にしてしまうのか?
「あーぁ、馬鹿みたい。」
あの時の私をなじって少し笑ってみる。でも何故か、全然大笑い出来ない。運命と言えるくらいの舞台だったのに、好きのただ一言を言えなかった大馬鹿者。こんなにもおかしい喜劇が有るだろうか。きっとないだろう。それなのに
「…あ。」
涙が出てくる。涙が頬をつたって一滴、そしてまた一滴と溢れ出してくる。どうしてかな。この涙はどうして流れてくるの。分からない。分からない。あぁ、いつの間にか声が出ていた。水滴だった涙が川みたいに流れ出していた。本当は分かってる。分かってるけど。嫌だ。認めたくない。認めたくないだけなの…。
バァン!!
「痛ったぁ!!!」
突如、凄まじい勢いで背中をぶっ叩かれた。思わず、後ろを振り返く。
「…
顔に怒りを宿した花恵がそこには立っていた。困惑で何も言えずにいる私に花恵は怒鳴る。
「あんた、何しみったれた顔してるのよ!」
「え…なんで?」
「バスケバカのあんたは練習に来てないだけで異常事態なのよ!散々探したんだから。」
確かに、よく見れば花恵は肩で息をしている程に消耗していた。少し息を整えると口を開く。
「どーせ、昨日告れなかったこと後悔してるんでしょ?」
「え、なんで。」
正しくドンピシャで心中を見透かされていて驚きが隠せない。
「そんで、部活と恋愛両立できなぃーとか思ってたんでしょ?」
「え!なんで!?」
最早怖いまでに私の心を見透かしている花恵に恐怖まで覚えるレベルだ。そんなに私って分かりやすいかな。
「はぁーーーーーーーー…あんたね、それ本気で思ってんの?」
「…だって。」
「アイツが、あのあんたよりバカな力也が。人の夢応援出来ない程心狭いと本気で思ってんのって!」
「…あ!」
───バスケしてる時のお前、本当かっけぇよな!
力也と出会って初めてかけられた言葉が、まるで目の前で言われたみたいに聴こえてきた。
「あぁ…そうだった。」
そうえば、そうだった。貴方はそういう人だった。今まで霧がかっていた目の前が、まるで何もなかったみたいに晴れ渡っていく。あんなに近くで彼を見ていたのに、あんなに彼と一緒にいたのに、そんな事すら分かっていなかった。こんなに簡単な事すら、分からなかった。
あーあ、本当に私馬鹿みたいじゃん。
「あんた勝手に一人ぼっちになってんじゃないわよ。ちゃんと人に相談しろっての。」
花恵は投げつけるように言葉を発するとぷいっと横を向いてしまった。でもその顔は、少し赤く腫れているように見える。
「もしかして、泣いてたの?」
「ッッッ!あんたにだけは言われたくない!!!」
どうやら今度はこっちがドンピシャをついたみたいだ。みるみる顔が紅くなる彼女をみていると、何故だか少し笑顔になれた。
「笑ってんじゃないわよ!あぁもう!!」
照れ隠しにプリプリと怒る彼女をみていると、更に笑いがこみ上げてきて、つい声が出た。それを聞き取った花恵は、もう茹でダコの様になっていた。
「う゛ーーーー!ふん!!」
「うわっ、ちょっと!」
花恵は突然私の腕を掴んで引張った。少しよろけながら慌ててブレーキをかけるけど、全然止まらない。流石うちのエースと内心称えるけど、それどころじゃないと切り替えた。
「何処いくの!」
「体育館裏!!」
「なんで!?」
「昨日の続きよ!!」
「…まさか!!!」
体育館裏。物語の告白スポットと言えばここ。そして昨日の続きと言う事は、そこに居るのは…。単なる恥ずかしさで駄々をこねる私は見事に引っ張られて、体育館裏に引きずり込まれて行った。
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