パテナ・シンタータの誤算 第27話

 テーブルに並べられた先輩の故郷の料理【 オムライス 】を、パテナは難しい顔で食べていた。食事をしながらする彼女にとって難しい〝恋〟の話。誰かが目撃し、噂として広まったらしい、ぼくとパテナがマフラーをシェアしていたという事実。カマド先輩が目を輝かせてパテナに問う〝わくわく〟は、一瞬にして冷めてしまう。


「とある小説に書いていたので試してみたかったのです」

「あっ、ああ……そう。ずいぶん可愛らしいことを試したのねっ?」

「タタミ君。カマド女史に尋ねてみたい、というのは言っていいことか?」

「それは先輩に聞くことだろ」

「うん? うん。別に私は……いい、けど?」


 パテナが聞きたいことをまとめるように指でカップの縁をなぞり、恋の芽生えにある戸惑いが紅茶の香りとして漂う。パテナは〝恋〟というものがさせる行動はわからないが、小説や映画からの借り物であっても、ひとつひとつ試している、と言ったあとに先輩の目を見て質問をまとめた。


「果たして、これが合理的なやり方かという不安です」

「合理的……かあ。でも、パテナさんがしてみたいのよね?」

「そうではあるが方法論と解決対象が一致しているか心配だ」

「パテナさんは〝恋〟という感情を理解したいためにタタミ君に頼んだのよね?」


 深く頷くパテナの反応を見て先輩が、ぼくを見る。先輩が言った〝恋を理解するために……〟というのは、この関係の問題の核心にまで一歩のところにいる。


「それで〜、タタミ君はパテナさんのことをどう思っているのかなっ?」

「核心ですね」

「それはね、女の子にとって大切な話だからね」

「すこし待ってくれ。二人は何の話をしている?」

「パテナさんは、こんな感じだしね?」


 パテナの好意は嬉しく思う。ただ、その好意に向き合っているかと問われると口籠もる。恋、というには幼く、彼女の気持ちを利用している、というほど汚れた感情ではないと思いたい。生まれたての、あやふやな感情だ。


「君がそういう感じなら、すこしパテナさんとの距離が近過ぎるかな〜?」

「そうですね。確かに迂闊でした」




「どうして、タタミ君がかしこまる? わたしが頼んだことなのに」


 完全にスプーンが止まってしまった三人。複雑な表情をする〝奇跡的な天才〟が、たったひとつの言葉を言えるだけの根拠が持てない。この〝恋人ごっこ〟のまま不快な思いをパテナにさせて、終わらせるんじゃないかという先輩の気持ちに気が沈む。


「ねえ? パテナさんはパテナさんのことを好きな方とは、お付き合いしてみようと思わないの?」

「言い寄ってくる男性には不快感しか感じないのです。その不快感が…………怖い」

「じゃあ、タタミ君は不快でも怖くもない?」

「その通りです。だから無茶な願いとわかっても、タタミ君には言えました」

「タタミ君? タタミ君は〝先生〟として? 〝男性〟として? 真摯にね?」

「そうですね。そうでないと不誠実だ」


「すまない度々。わたしの理解が追いついてないんだ」




 簡単な事だよ、パテナ。

 君の好意に甘えて、君の〝女性〟に甘えるまえに、

 君とどう過ごしていきたいのか。

 それをはっきりさせるだけだ。


「まさか、わたしの話が性行為まで及ぶ可能性があるとは思わなかった」

「まあ、ね。でもタタミ君だからよかったとも言えるよ?」


 ぼくだったからいい?

 どうだろう。本当に〝何もない〟ままパテナに〝恋〟を教えていただろうか。


「これが恋人ならここまでの話にはならい」

「自然にそうなっていく、という話か?」


 自然にそうなる……か。


 食事を終え、惑星〝シューニャ〟の冬に早い薄暮のなか、パテナと停留所まで歩く。朝とはちがい、ざらざらとした感触のする二人で歩く煉瓦敷。惑星連盟から出た休日にある〝こころ〟の話がパテナから向けられた。


「どうして、わたしには〝恋〟が備わっていないのだろう」

「まだ【バベルの図書館】で心が視たい?」

「どうだろうか。すくなくともタタミ君の〝こころ〟は視なくてもいい」

「捨てると言ったからね」


 いいや。たぶん、今は怖い……かもしれない。


 六年の付き合いで初めて聞く、か細い声だった。理解をしていない感情の先にある男女のそれはパテナにとっては恐怖、そのものかもしれない。彼女が分厚いマフラーに顔を埋め、小さな体を縮めて丸くなる。


「本当に、この星の冬もタタミ君も……わたしに意地悪だ」

「そんなに睨まれても……寒いのは、ぼくのせいじゃない」

「いいや……いじわるだよ」

「パテナは…………プリトヴィに帰りたいと思うか?」


「どうかな」


 意地悪でも一緒にマフラーを巻けば、あたたかい冬がある。


「タタミ君。もうすこし一緒にいたい、というのは言ってはいけないことか?」


 ぼくのコートを引っ張る冬のマトリョシカは、この行動をどの小説で、あるいはどの映画から真似ているのか。


「さっき話したばかりだよ。あまり距離が近過ぎるのもよくない」

「わたしが離れたくない、と思うのも、よくないことなのか?」


 パテナの仕草や言葉が毒になっていく。


パテナ・シンタータの誤算

第二十七話、終わり。

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