第13話 涙の結婚式

 ロベル様からロマンティックな告白の後、いつ求婚状が届くのかとドキドキしていた。


 ところが、待てど暮らせど来る気配がない。

 

 「ダン、求婚状……届いていないかしら?」


 すでに二週間が過ぎようとしていた。


 「求婚状ですか? 届いておりませんが」


 「届いていないのね……」


 肩を落として部屋に戻る私の後を、ニナが心配そうについてくる。


 「お嬢様、気分転換にマリーズ様とお会いするのはいかがですか?」


 「そうね!」


 (求婚状が届いてから、マリーズに話そうと思っていたのだけれど……)

 


 ――「それで……ロベル様が求婚をして下さるの? 驚くべき展開の早さね」


 「私も驚いているのよ。私の独り言がロベル様を刺激してしまったみたいなの」


 そう言いながら、私はマリーズの部屋でスコーンをパクリと頬張った。


 「んー、おいしい! クレマン家のパティシエの腕もなかなかですな」


 「ユージェニー、そんな冗談言っている場合? フィリップおじ様には話したの?」


 「お父様に?」


 私はぶんぶん首を横に振った。

 

 「ま、まだよ。求婚状も届いていないし……また変に手を回されても嫌だわ」


 「また?」


 「ううん、何でもない。それより、もう二週間も経つのに、ロベル様からの求婚状が届かないの」


 「なんですって……私は、今まで何の話を聞かされていたのかしら!?」


 「だからこうして相談に来たのよ!」


 不思議なもので、ロベル様に求婚すると宣言された時は、これで良いのか迷いもあったのだけれど……こうして来るものが来ないと待ち遠しくなる。


 「ふーっ。やきもきさせられるとロベル様のことが余計に気になって、なんだか魔法をかけられているみたいだわ」

 

 「ユージェニー、それって――わざとではないわよね? 今さらだけど、ロベル様のこと、どのくらい知っているの?」


 「えっ? えーっと、皇室騎士団副団長で……ダルボン男爵家の次男で……23歳」


 「まさか、それだけじゃないでしょうね?」

 

 「私、これだけしか知らないわ……」


 「呆れた……貴族の政略結婚ならそれでも構わないけれど。悪いと言っているわけではないのよ。ただ、心が通い合っていると思っていたから、少し意外だったの」


 「そう言われると……。コホンッ、ロ、ロベル様は皇室騎士団のお仕事が忙しいのかもしれないわ」


 シュンとなった私の目の前に、マリーズは「はい、どうぞ」、とクロテッドクリームをたっぷりのせたスコーンを差し出す。


 もちろん、私は喜んでそれを頬張った。


 「そうね。最近、物騒な噂が飛び交っているものね。辺境伯領に現れたという魔物騒ぎや、違法な闇オークションなどというものも帝都で開かれていると噂よ」


 「魔物の話はロベル様から少し聞いたわ。でも、闇オークション? どんなものが取引されているのかしら?」


 「物ではなくて人や魔物だという噂もあるの。どこまでが真実かは分からないわ」


 「人や魔物だなんて恐ろしいわ。きっと、ロベル様は帝都の警備でお忙しいのね」


 ◇


 クレマン家から戻り、ひとり夕食を食べていると、珍しく早い時間にお父様が現れた。


 「あら、お父様、もう皇宮からお戻りですの?」


 「ああ、ユージェニーに大事な話があってね」


 「大事な話? 何です?」


 「実はユージェニーに求婚状が届いたのだよ。相手は――」


 「相手は……、……、……? もう! どなたですの?」


 「ウォホン、ンンッ――ベル卿だ」


 「あら、お父様、お風邪が長引いていらっしゃるのね」


 「風邪は治ったよ、ユージェニー。すまない、可愛い娘に求婚など初めてのことだからね。まだ心の準備ができていないのだよ。どうも、お前を奪われるような気がして……名前を素直に口にできないのだ。ダメな父だよ」


 いつになく気弱なことを仰るお父様に胸が熱くなる。


 「いいえ、お父様、そんなことありませんわ。お父様、それでお相手の方は――」


 「ウォホン、ンンッ――ベル卿だ。すまない、ユージェニー! これが精一杯だ。臆病な父を許してくれ!」


 お父様は目頭に手を当て、逃げるように食堂を出て行ってしまった。


 (きっとロベル様だわ! お父様ったら、あんなに動揺して……私まで涙がでそうになるじゃない)


 その時の私は呑気に感動を味わっていたのだが……。


 ◇


 翌日、お父様の言葉に、ガラガラと私の憧れの結婚式が崩れる音がした。


 「ユージェニー、挙式は三週間後だ」


 「挙式は三週間後ですって!? お父様、冗談ですわよね? そんな……ドレスや式場を選ぶのを楽しみにしていたのに」


 「冗談ではない。どうやら相手の方は任務で忙しく、少し急いでいるようなのだ。心配するな、ユージェニーが帝都一の花嫁になることは間違いない。サッレト侯爵家の力を見くびるでないぞ」


 (不安だらけですわ……。花嫁修業や婚約式、結婚式の準備が、ぜーんぶないのよ。お相手が騎士様の政略結婚ではよくあることなのかしら?)


 

 ――そして、結婚式当日。


 正直、三週間の間の記憶は何も残っていない。


 そのくらい今日までが怒濤の日々だった。


 「ユージェニー、綺麗よ……」


 花嫁姿の私を見て、もうマリーズが涙ぐんでいる。


 「マリーズ、ありがとう! 時間もなかったはずなのに、お父様が素敵な式を用意してくれた……らしいの」


 「ちゃんとロベル様から求婚状が届いて良かったわね。どんな婚約指輪をいただいたの? 気持ちは確かめ合えたの? 教えなさいよー」


 「ん? 今日まで一度も会っていないわ」


 「ロベル様が正式な挨拶に来ていないですって!? 婚約指輪や贈り物を持って来たのではないの?」


 「えっ? 来ていないわ。貴族の政略結婚ってそういうものかと思っていたから……」


 (ちょっと待って……時間が巻き戻る前、ジョセフですら正式な挨拶に婚約指輪と贈り物を持って来たわ)


 「ユージェニーお嬢様、お時間です」


 司祭様が混乱している私を容赦なくお父様のもとへ連れて行く。


 「キレイな花嫁さんだ……ユージェニー、おめでとう」

 

 瞳を潤ませているお父様を見ていると、私も涙があふれてくる。


 「きれいな顔が台無しになるぞ。さぁ、行こう」


 (マリーズったら、心配のしすぎだわ。お父様は、私のことをこんなにも思ってくれているのだもの)


 お父様と腕を組んで、花びらの舞うヴァージンロードをゆっくりと歩く。


 涙とヴェールのせいか、新郎の顔がよく見えない。


 お父様が新郎の前でピタッと止まったのが分かった。


 久しぶりにロベル様と顔を合わせる高揚と恥じらいで、俯いたまま手を新郎に委ねた。


 厳かな教会に大司教様の声が響いている。


 「新婦ユージェニー・サレットは、新郎アベル・ブルボンを生涯の伴侶として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」


 (ん? ア、アベ、ア、アベル? えっ? ロベルよね? 改名したの?)

 

 俯いていた顔をゆっくり上げて新郎を見る。

 

 (だ、誰!?)


 その後のことは――お父様の勘違いのせいで、私の理性はすべて吹き飛んだ。

 

(お父様、これは今世で最大の失策ですわ……)


 意識が朦朧とする中、新郎となった男と指輪を交換し、引きずられるようにしてヴァージンロードを歩いた。


 参列している令嬢たちからは祝福やうらやむ声の中に、悲鳴のような妬みの声も混じっている。


 (なによ、あなたたち……泣きたいのは私の方だわ!)

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