第四章 ほんとうに笑ってたやつ

第28話 調査開始

昼休みの図書室は、いつもより静かだった。

紙の擦れる音と、古い空調の低い唸りだけが空気を震わせる。窓の外は快晴なのに、ここだけ夕方みたいに薄暗い。……いや、違う。薄暗いんじゃなくて、背後の冷気が勝手に夕暮れを持ち込んでる感じだ。俺の“常駐サービス”。解約フォームはどこにありますか。


机の上にはコピー用紙の束。旧校舎で見つけたノートの写し、その最後に記された言葉が、視界の端でずっと光っている。


【ほんとうに わらってたやつ】


ここに辿り着かない限り、この騒ぎは終わらない——背中に張り付いた“それ”は、そう告げている。


「でもさ、十年前の話なんだろ?」

俺はペンをくるくる回しながら言った。

「俺ら、当時はまだ鉛筆の持ち方で先生に怒られてたレベルだぞ。リアルタイムで知ってるわけ——」


「……噂は残ってる。」

梓が小さく遮った。黒目が不自然に揺れている。「“旧校舎で女の子が消えた”って、受験塾でも話題だった。『あの学校は七不思議が本物だ』って」


里奈もうつむいたまま言葉を継ぐ。「親にも言われた。“人を笑いものにすると取り返しがつかなくなる”って……“この町には昔、本当にあったんだ”って」


結衣は相変わらず笑っていた。笑うときだけ睫毛が影を作る。

「ふふ……でもさ、私たちもやってたよね。教室の隅で、誰かをチラ見して小さく笑うやつ。静香ちゃんから見れば、世代が違っても“おなじ”に見えるよ」


耳のすぐ後ろで、囁きが落ちた。


【おなじ】


背中がぞわりと冷え、紙が一枚、勝手にめくれた。

——勘弁してくれ。まとめて加害者カテゴリに入れられるの、Amazonの★1レビューよりキツいから。


その時だ。

「バサッ」と、書架の奥で何かが落ちた。俺たちが顔を上げると、床に一冊の分厚いアルバムが開いたまま転がっていた。

表紙には金の活字で《○○中学校 卒業アルバム》。


ページを捲ると、指先に粉っぽいチョークの感触……のはずはない。これは紙だ。なのに、ページの片隅、赤いペンで斜線が引かれた集合写真があった。

文化祭のスナップ。肩を組んで笑う女子グループ。中央に立つ、一番目立つ笑顔。


神崎 美帆。


梓の喉が小さく鳴る。

「……やっぱり……。名前、聞いたことある。“一番ひどかった先輩”って」


里奈も震え声で続けた。

「うちの母も知ってた……“神崎って人が中心だった”って、ずっと噂になってたって」


結衣は写真の端を指で軽く叩いて、細く笑った。「ふふ……“ほんとうに笑ってた人”。やっと出てきた」


——背中の冷気が、ひとつ跳ねる。

耳元に落ちる声は、いつも通り意味だけが刺さった。


【つれてきて】


「…………」

心臓が、雑巾みたいに絞られた。

やっぱりそう来るのかよ。俺の職務、背後霊マネージャー兼アテンド。


「場所の手がかり……」梓が現実に引き戻してくれる。「どこかに残ってない?」

「図書館の縮刷版と、タウン誌。それから商工会の名簿。」結衣がさらっと不穏なセットリストを並べる。「ふふ、探そ」


俺は肩を回した。

よし。行こう。……本音は“帰りたい”だけど。


背中では、“それ”が泣きながら、少し笑っていた。

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