第13話 背後に顔がある生活
地下の空気が一気に重くなった。
見つけたノートが、まるで呪いを解放したスイッチだったみたいに。
梓がノートを抱えたまま震えている。
里奈は泣き声を漏らしてしゃがみ込む。
結衣は笑っているけど、涙が頬を伝っていた。
黒板の文字がゆっくりと変わっていく。
【もう にげられない】
↓
【みえるでしょ】
全員のスマホライトが一斉に揺れた。
……いや見えるって何?
俺の背中に鏡でもついてるの?
「悠真……!」
梓が恐怖に震えながら俺を見た。
「うしろ……見ちゃだめ!」
里奈も涙目で叫ぶ。
「だめだよ! 絶対に見ちゃダメ!」
結衣だけは違った。
「ふふ……でも、見なきゃ“みつけて”にはならないでしょ?」
──おい、正論風に恐ろしいこと言うな。
俺の耳に、また“意味だけの声”が落ちてきた。
【みないで】
【でも みて】
──どっちだよ!?
背中に氷みたいな冷気。
心臓はバクバク。
でも、もう分かっていた。
ここまで来たら、逃げても無駄だ。
いや、そもそも出口がふさがってる。
「……わかったよ」
俺は小さくつぶやいた。
「見るからな」
ゆっくりと振り返る。
◇
そこに、いた。
髪は肩から垂れ下がり、顔の半分を覆っている。
肌は紙のように白い。
唇は笑っているのに、目は泣いていた。
水野静香。
十年前に消えた女子生徒。
日記に綴られていたその名が、今、目の前で息をしていた。
いや、息をしているのかも怪しい。
ただ立って、俺を見ている。
笑いながら、泣きながら。
「……」
声が出なかった。
怖いとかそういうレベルを超えていた。
存在そのものが“異物”すぎて、言葉が喉で止まった。
背中の三人が一斉に悲鳴を上げた。
「ひぃっ!」
「いやあああああ!!」
「ふふ……すごいね」
……三人目、テンションおかしいだろ。
水野静香の口が、ゆっくり動いた。
声は出ていない。
でも意味だけが頭に響く。
【みつけて】
次の瞬間。
ノートのページが勝手にめくれた。
最後の白紙ページに、鉛筆で線が刻まれていく。
【たすけて】
俺は思わず口を開いた。
「……お前、助けてほしいのか?」
黒板に、チョークで新しい文字が刻まれる。
【でも わらった】
「……」
いや、なにその矛盾。
助けてほしいのに、恨んでもいる。
被害者であり加害者で、望んでいるのに拒んでいる。
──めんどくさい!
俺は心の中で全力で叫んだ。
「いや人間関係のこじれかよ! 生き霊になってまで厄介なメッセージ送ってくんな!」
でも。
背中に貼り付くような冷気が、少しだけ和らいだ気がした。
もしかしたら、このツッコミを“聞いて”いたのかもしれない。
◇
梓が叫ぶ。
「どうすればいいの!? ねえ悠真、あんたが言ってよ!」
いやいやいや、なんで俺が責任者みたいになってんの!?
俺、幽霊管理職じゃないんですけど!?
でも“水野静香”は、俺だけを見ていた。
笑いながら、泣きながら。
その視線に突き動かされて、俺は口を開いた。
「……お前を、見つけてやる」
その瞬間、静香の姿がふっと消えた。
冷気も薄れ、地下室の空気が一気に軽くなった。
……が。
黒板に残された文字だけは、最後まで消えなかった。
【また くる】
◇
旧校舎を出る頃、空はもう夜だった。
三人娘は青ざめて無言。
俺だけが、背中にまだ残っている“視線”を感じていた。
──これから先、もっとヤバいことになる。
そう確信していた。
でも同時に思った。
──いやこれ、完全に俺が主人公にされてるじゃん!?
ホラーの主人公ポジとかマジで割に合わねぇんだけど!?
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