第13話 背後に顔がある生活

地下の空気が一気に重くなった。

見つけたノートが、まるで呪いを解放したスイッチだったみたいに。


梓がノートを抱えたまま震えている。

里奈は泣き声を漏らしてしゃがみ込む。

結衣は笑っているけど、涙が頬を伝っていた。


黒板の文字がゆっくりと変わっていく。


【もう にげられない】

【みえるでしょ】


全員のスマホライトが一斉に揺れた。

……いや見えるって何?

俺の背中に鏡でもついてるの?


「悠真……!」

梓が恐怖に震えながら俺を見た。

「うしろ……見ちゃだめ!」


里奈も涙目で叫ぶ。

「だめだよ! 絶対に見ちゃダメ!」


結衣だけは違った。

「ふふ……でも、見なきゃ“みつけて”にはならないでしょ?」


──おい、正論風に恐ろしいこと言うな。


俺の耳に、また“意味だけの声”が落ちてきた。


【みないで】

【でも みて】


──どっちだよ!?


背中に氷みたいな冷気。

心臓はバクバク。

でも、もう分かっていた。

ここまで来たら、逃げても無駄だ。

いや、そもそも出口がふさがってる。


「……わかったよ」

俺は小さくつぶやいた。

「見るからな」


ゆっくりと振り返る。



そこに、いた。


髪は肩から垂れ下がり、顔の半分を覆っている。

肌は紙のように白い。

唇は笑っているのに、目は泣いていた。


水野静香。

十年前に消えた女子生徒。

日記に綴られていたその名が、今、目の前で息をしていた。


いや、息をしているのかも怪しい。

ただ立って、俺を見ている。

笑いながら、泣きながら。


「……」

声が出なかった。

怖いとかそういうレベルを超えていた。

存在そのものが“異物”すぎて、言葉が喉で止まった。


背中の三人が一斉に悲鳴を上げた。

「ひぃっ!」

「いやあああああ!!」

「ふふ……すごいね」

……三人目、テンションおかしいだろ。


水野静香の口が、ゆっくり動いた。

声は出ていない。

でも意味だけが頭に響く。


【みつけて】


次の瞬間。

ノートのページが勝手にめくれた。

最後の白紙ページに、鉛筆で線が刻まれていく。


【たすけて】


俺は思わず口を開いた。

「……お前、助けてほしいのか?」


黒板に、チョークで新しい文字が刻まれる。


【でも わらった】


「……」

いや、なにその矛盾。

助けてほしいのに、恨んでもいる。

被害者であり加害者で、望んでいるのに拒んでいる。


──めんどくさい!


俺は心の中で全力で叫んだ。

「いや人間関係のこじれかよ! 生き霊になってまで厄介なメッセージ送ってくんな!」


でも。

背中に貼り付くような冷気が、少しだけ和らいだ気がした。

もしかしたら、このツッコミを“聞いて”いたのかもしれない。



梓が叫ぶ。

「どうすればいいの!? ねえ悠真、あんたが言ってよ!」


いやいやいや、なんで俺が責任者みたいになってんの!?

俺、幽霊管理職じゃないんですけど!?


でも“水野静香”は、俺だけを見ていた。

笑いながら、泣きながら。

その視線に突き動かされて、俺は口を開いた。


「……お前を、見つけてやる」


その瞬間、静香の姿がふっと消えた。

冷気も薄れ、地下室の空気が一気に軽くなった。


……が。

黒板に残された文字だけは、最後まで消えなかった。


【また くる】



旧校舎を出る頃、空はもう夜だった。

三人娘は青ざめて無言。

俺だけが、背中にまだ残っている“視線”を感じていた。


──これから先、もっとヤバいことになる。

そう確信していた。


でも同時に思った。


──いやこれ、完全に俺が主人公にされてるじゃん!?

ホラーの主人公ポジとかマジで割に合わねぇんだけど!?

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