ex1 番外編 白鼬の剣士と陽光の神官

「こ、こいつ死んでます~~~~~~っ!!」

「ちっ」


 礼拝堂の地下。


「失礼ですね。死んでませんよ。今はまだ」

「ひっ……、しゃべったああああ!」

「うるさい」


 蝋のように白い肌は文字通り屍蝋と化し始めている。

 琥珀の瞳も濁って光はないが、音は聞こえているようだった。


「何があったのよ」

「運命が訪れただけのこと」

「は? そういうのいらない」


 三人分の影がある。

 ひとりはアゴタ。うずくまっている。刻一刻と亡んでいく体を横たえて。

 残りの二人は剣士と神官。どちらも見た目は若い女だ。


 剣士はマノリアと違い白髪だった。獣人族なのは同じだが丸耳で、金属の鎧を身に着けている。白鼬しろいたちの氏族。小柄でどこか落ち着きがなく、口調にトゲはあるがあどけなく少女らしい印象が強い。

 神官は高い帽子で紫紺色の髪を押さえつけ、眼鏡をかけている。それと大仰な杖を持っており、身につけている聖印は太陽神――この礼拝堂に祀られている神と同じだ。


「ど、どういうことなんですかこれぇ……。私たちの仕事だったはずじゃあ……」

 神官は恐る恐るといった風にアゴタの様子をうかがう。しかし視線そのものは驚くほど無神経だった。

 人ならざる怪物を見るときの嫌悪感を隠さない。


「ふん」

 白髪の剣士がファルシオンを鞘に納めた。剣の刃先に重心がある扱いにくい片刃の剣だが、獣人族の膂力ならその細腕でも扱えるのだろう。


「行くわよ」

 剣士が一声だけかけて踵を返した。立ち去ろうとする。

「ま、待ってくださいよロアちゃん! こいつちゃんと始末しないと!」

「クォンがやればいいでしょ」

「ひえっ……、私は可愛い可愛い神官なんですよぉ! 自分の手を汚したくないんですぅ!」

「どうせそのうち死ぬわよ」

 ロアと呼ばれた剣士はそれだけ言い残して本当に立ち去ってしまう。


「それは私にもわかりますけどぉ……。そうは言ってもぉ……」

 片割れの神官――クォンはもう一度恐る恐るアゴタを見る。歩み寄る。


「あのぉ……病気とか持ってます?」

「呪いが残っていたら、あなたひとりくらいなら持っていけたのに」

「ひぃ……。ばっちいのでやめてくださいぃ……」


「太陽神様、ちょっと照らしてもらって……」

 クォンが簡単に願うだけで礼拝堂に光が満ちる。神の奇跡を扱う神官としての力は本物だった。


 アゴタと一定の距離を保ちながら、クォンは現場の状態を観察する。力と力がぶつかった痕跡。

 祝福の力と呪いの力。いや、どちらも根本は同じだ。信仰の力であることはかわりない。


 アゴタの呪いのほうが力と容量は大きいが、速さと鋭さで貫かれている。


「神官がいて……? それから剣士も……? あ、これ私たちと同じような感じのバッディーですね?」

 誰にともなくつぶやいて祝福の残滓を検める。――勝利し、貫いたほうの祝福の力にも呪いが混ざっているような。気のせいだろうか。


「まあ、良かっ……たぁ~、かな……? これ別の神だけど……ま、無視していいでしょ。内輪から横取りされたわけじゃないしぃ……」


 得心したように頷いて、クォンはゆっくりと後ずさる。最後まで一応油断はせずに。

「……楽な仕事で助かりましたよぉ。いえ、ほんと! ほんとありがとうございました!!」


 ――陽光の奇跡は去り、地下は再び静謐に包まれた。


 街の様子は普段と何ら変わりなく、平和そのものだ。

 通りを歩く白髪の剣士に、紫紺の髪と眼鏡の神官が追いつく。

「なんかあのままで大丈夫そうでした!」

「あっそ。で、どうすんのよ」

「どうって……。このまま私たちが依頼を達成したことでいいんじゃないですか?」

「……ちっ」

「え、え、だって……ほら……。一応アゴタ司教が死体になってくところは確認したわけですし……。やったのは同業者じゃなさそうだから問題はありませ――」


 ロアが立ち止まる。明らかに苛立ちながら。

「誰がやったのか知りたくないわけ?」

「そ……それは……。あはは、その……? 知る必要ありますぅ……?」


 もう一度舌打ちしてからロアは踵を返した。いたちの氏族は短気で知られている。

「あんたと組むのはこれっきりね」

「ロアちゃあん、そんなこと言わないでぇ」


 早足で歩くロアと、追いかけるクォン。二人は繁華街を通り抜け、二階建ての宿を通り過ぎ、昼間から酒場へと入っていく。


「いいですね~~。依頼の報酬もたんまりもらえそうですし」

「ついてこないでよ」

「まあまあ、そう言わず」

 遠慮のない注文。エールと肉の串焼きが山盛り運ばれてくる。店にとっては上客に違いない。

 ……管を巻いて長居しなければ。


 二時間も経って二人は完全に出来上がっている。 

「私の奇跡はなんでも防ぐ盾だし、ロアちゃんの剣はなんでも貫く矛じゃないですかぁ」

「そうね」

「どっちが強いかな~、矛盾してるかな~……そんなの考える必要あります?」

「んー……」

「二人そろえば無敵なんだからいいじゃないですくわぁ!」

「ふん……。エールがなくなったわ」

「すみませーん! 店員さーん!」


 店員のひとりは、つい先日、別の獣人族の剣士と神官のペアがその席に座っていたことを思い出していた。だがあのときは話すきっかけはなかったし、静かな客で特に思うことはなかった。

 今座っているペアは酔っ払い具合がひどい、特に神官のほうが。なんとなく対比して考えながら、いつ追い出すべきかを見計らう。

 ――少しだけ苛立つ。今までは酔客を見ても気持ちが荒れたことはなかったのだが。


 他の客も、うるさい女の二人組を見て苛立ちを募らせ始めていた。


 屈強な男が二人立ち上がる。


 街はアゴタの呪い――祝福から解放された。

 だからそう、今日はが悪い。

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