第二話 エロフェッショナル・修子

「ところで、お二人のハンドルネームを聞いてもいいですか?」

 入学式の式館に向かう途中で、コインちゃんが唐突に聞いてきた。ハンドルネームって、ネットやゲームで使う名前のことだよね。なぜにハンドルネームを聞いてくるの?

「入学生の名簿用です。この学園では皆さん、ハンドルネームで呼び合うようになっているんですよ」

 コインちゃんは左腕に付けている機械をパカっと開くと、モニターとキーボードが見えた。それ、小型のノートパソコンだったんだ。

「本名でもいいですけど、ここはネット世界なので」

 パソコンを開くと電源が入り、右手でカシャカシャとキーボードを叩き始める。

 そこに間髪入れずに、

「アタシのハンネは『ノーパン仮面』だ」

 と修子が答えた。

「……それで、いいんですか?」

「うん、いい」

「ダメでしょーー!」

 なにそのハンドルネーム。穿いてないの? ねえ、パンツ穿いてないの?

「それじゃあ、『エロフェッショナル修子』でいい」

「……本当に、いいんですか?」

「うん、いい」

「それもダメーー!」

 エロフェッショナルって何? エロを極めたプロってこと? どうしてエロばっかりなの!?

「じゃあ、仮面修子(かめん しゅうこ)でいい」

「あ、それならいいですね~。キツネさんのお面を付けてるし、カワイイですね、それ」

 コインちゃんはキーボードを叩いて修子の登録を始めた。

 てか「仮面修子」って本名だけど、いいのかな。読み方変えてるだけだよね。まあ世の中に仮面修子(かりめんしゅうこ)っていう名前の人は珍しいから、本名だと気づく人はいないか。

 しかし、修子は少し納得いかない顔をしていた。エロちっくな名前が却下されたのが気に入らなかったのかな。

「そちらの方はどうしますか?」

 修子のハンドルネームが決まって、次は僕のネームを決める番だけど……僕は無理やり連れてこられただけで、入学するつもりはないんだよね。

「あの……僕は付き添いで来ただけなので、入学はいいです。コイツの入学式を見たら帰りますから」

 そもそも、この学校が何を学ぶ場所なのかも知らないいわけだし。修子には悪いけど、今さら勉強をしたいなんて思ってないからさ、僕は。

「え? この仮想世界は、学園を卒業しないと帰れませんよ?」

 と、コインちゃんは「何言ってるんですか?」みたいな目で僕を見てきた。

「入学案内に書いてありましたよね?」

 と、コインちゃんは「まさか読んでないんですか?」っていう感じに首を傾げた。

「ええ!? そうなの!?」

 そんな話はもちろん聞いてないし、入学案内があったことすら知らない。僕は慌てて修子を睨みつける。

「アタシも知らないぞ」

「ウソでしょっ!?」

 さすが修子、細かいことは気にしない。そんな性格なのは今に始まったことではないけれど。

 ガックリとうなだれる僕に、コインちゃんが苦笑いを浮かべている。

「仕方ないな、イツキ。アタシと一緒に卒業しよう。この学校でエロの道を極めるんだ」

「どうしてエロなの!? そういう学校じゃないでしょ」

 そうやって修子は、すぐに自分の世界に引き込もうとする。どこの世界に「エロ」を教える学校があるんだっての。

 ねえ、ナビゲーターさん?

「まあ、そういう科目もありますけどね」

「あるの!?」

 ここは一体、何の学校なんだ……。いい加減に教えて欲しいよ。

「ということなので、そろそろハンドルネームを決めていただかないと……」

 コインちゃんに連れられてきた僕たちは『白雪学園入学式』と書かれた式館の前まで来ていた。式が始まるまでにハンドルネームを登録しないと入学ができず、そうすると卒業もできないわけで、つまり帰ることもできないという三重苦で人生が詰んでしまう。

「……モ、モモシロイツキでいいです」

 僕は仕方なく、本名をカタカナで登録することにした。修子も本名みたなものだから僕もこれでいいか――という安易な考えだった。

「モモイロイツキさんですね。……はい、登録しました!」

 コインちゃんがパチンとエンターキーを叩く音が聞こえた。これで僕も新入生の仲間入りを果たしてしまったのだ。

 この時僕は、コインちゃんの間違いに気付くべきだった。ここまでの急展開と超展開で頭が混乱して、つい見落としてしまったんだ。

 このちょっとしたミスのせいで、これから僕が過ごす学園生活が『エロ色』に染まってしまうなんて、この時はまったく思っていなかった。

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