第28話 セレスティアの剣

 朝の陽が昇り始める頃――

 リオンたちは深淵黒竜アビスモーンの封印地へと向かっていた。

 合同討伐作戦に参加する冒険者たちは総勢100名を超える。久方ぶりの大規模作戦だ。

 その中で、リオンはさっきの出来事を思い返していた。


(セレスティアさんとの再会……)


 憧れの人との対話。あの時感じた緊張と喜び。

 今度こそ、セレスティアさんに認めてもらいたい。心の底からそう思う。


「リオン、大丈夫か?」


 隣を歩くエルザが心配そうに声をかけてくる。


「はい、問題ありません」


「緊張しているのか?」


「……少し」


 リオンは正直に答えた。

 国家級の任務、そして元ギルドの仲間たちとの再会。緊張しないはずがない。


「当然だ。私たちも同じだ」


 エルザが力強く頷く。


「だが、大丈夫だ。お前の実力は私が保証する。いつもの実力を見せてやれ」


「はい!」


 ニヤリと笑うエルザに、リオンは頷きを返した。

 その時――

 前方から緊張した声が響いた。


「影ドラゴンの群れを発見! 全員、戦闘態勢を取れ!」


 斥候からの報告だ。リオンの胸がドクンと大きく跳ねた。

 ――ついに、本格的な戦いが始まるのだ。

 目に映った光景に、リオンは息を呑んだ。

 平原を徘徊する五体の巨大な影ドラゴン。その黒い鱗は朝日を吸い込むように暗く、口からは禍々しい黒炎がちらちらと漏れている。


「あれが……影ドラゴン?」


 リナが震え声でつぶやく。

 大きさはドラゴンの幼体くらい――全長3メートルくらいだろうか。

 それほど大きくはないので巨大なトカゲという感じもしないではないが、明らかにそれに収まらない『種』の圧を感じてしまう。

 まるで絶望そのものが形を成したかのような、見る者の心を萎縮させる存在感。


(こんなものが大量にいるなんて――)


 リオンの背筋に冷たいものが走る。

 本体はいったいどれほどの脅威なのだろうか。


「全員、聞け」


 ヴィクターが指揮官として前に出る。


「影ドラゴンはアビスモーンの眷属だ。熟練冒険者が束になって、ようやく1体を狩れるかどうかだ」


 冒険者たちの顔に緊張が走る。


「諸君らに任せて実力を図りたいところだが……まあ、解散前の初戦だ――ここは華々しい戦果で指揮の高揚をはかろう」


 そして、続けた。


「――セレスティア」


「わかった」


 最強の剣姫が前に進み出る。誰もが噂に聞く、最強の存在――クラン『蒼き翼』の切り札。

 その動きに、すべての冒険者の視線が集中した。


「皆、下がっていてくれ」


 全員が息を呑む。

 あんな危険なモンスター5体に、たった1人で突っ込むのか!?

 危険だ、と口にするものはいなかった。

 セレスティアであれば、それは不可能でないと思えたから。いや、むしろ、その光景を見たいとすら思う。


 ――瞬間移動かと思うほどの速さだった。


 セレスティアが猛然とした速度で影ドラゴンたちに突っ込んでいく。

 影ドラゴンたちが反応した。

 五体が一斉にセレスティアに向かって黒炎を吐く。先遣隊を全滅に追いやった、途方もない威力のものを。

 だが、セレスティアは躊躇うことなく、黒炎に突っ込んだ。


「――!?」


 リオンは思わず目を見開く。


(なんで!?)


 答えはすぐに出た。真っ黒い炎を剣で断ち割り、セレスティアが飛び出したからだ。


(――剣で、炎を!?)


 とんでもないことだ。斬撃にどれほどの剣圧があれば、そんなことが可能なのか。自然の理すら捻じ曲げる、圧倒的な強さ。

 展開は、またたきすら許さない。

 あっという間だった。

 炎を断ち割ってセレスティアが現れた直後、影ドラゴンの首が宙を舞った。血しぶきが黒い弧を描く。

 セレスティアの横薙ぎが、野太い首を切り落としたのだ。


(そんな、あっさりと!?)


 リザード系のモンスターの鱗の硬さはリオンだって知っている。あれは天然のアーマーであり、そう簡単に断ち割れるものではない。

 おまけに、あれはドラゴンなのだ。

 それをこうもあっさりと――

 2体目の影ドラゴンが怒りの咆哮を上げて爪を振り下ろすも、次の瞬間、手首から先が宙を舞った。間髪入れず、刃が心臓を刺し貫く。

 3体目、4体目も、あっという間だった。

 セレスティアが動いたと思った瞬間、その刃が命を刈り取っている。


「速い……」


 横に立つエルザが呟く。


「あれほどの速度を……人間が出せるものなのか?」


 5体目のドラゴンは反撃の余地すらなかった。4体目の死体を蹴って飛び上がったセレスティアが剣を振り下ろし、その頭を真っ二つにしたからだ。

 誰も、すぐに言葉を口にできなかった。

 目の前の惨劇は、思考の限界を超えている。

 熟練冒険者ですら手を焼く影ドラゴンたちが――わずか30秒で屠られたのだから。

「……信じられない」


 ようやく誰かがつぶやいた言葉が、その場の全員の心境を代弁していた。


「さすがセレスティアさん……」


「あんなのが人間の動きか?」


「まさに最強の名にふさわしい……」


 冒険者たちから感嘆の声が上がる。


「くっはっはっはっは!」


 ヴィクターの哄笑が平原に響き渡った。


「見たか!? これが『蒼き翼』の力! セレスティアの力だ! 記憶に刻み、我らの名を高らかに伝えるがいい!」


 そして、大げさにため息を吐く。


「景気付けにするつもりが、圧倒されて言葉すら失うか! 頼りない連中だ!」


「そういう言葉遣いはやめなさい」


 戻ってきたセレスティアがヴィクターの背中を叩く。不満げなヴィクターの視線を無視して、部隊の中へと消えた。

 バツが悪そうにヴィクターが舌打ちをする。


「……まあ、お前たちも理解しただろう。我々にはセレスティアがいる。アビスモーンまでの道を切り拓けば、勝利は確定だ。簡単だろう? せいぜい励むことだ!」


 そして、宣言した。


「では、これより戦力を分散する。各部隊は事前に指定したルートを通過し、影ドラゴンを撃破するように」


 さらに、ニヤリと笑って続ける。


「そうそう、競争の件は忘れていないから。1位はもう我々『蒼き翼』だと納得していると思うが――最下位は嘲笑の対象だ。誇りをかけて臨めよ?」


 リオンは仲間たちを見回した。

 エルザは決意に満ちた表情。リナは緊張しているが、やる気に燃えている。ミアは心配そうだが、リオンを信頼してくれている。


「それでは君たちの武勲に期待する。解散!」


 集まっていた冒険者たちが動き始める。


「行くぞ、リオン、リナ!」


「「はい!」」


 エルザの言葉に、二人は返事を返す。

 ヴィクターが、リオンを笑いものにしようと考えていることくらい、わかる――


(最下位になんてなるか! お前の思い通りにはならないぞ!) 


 こんなところで止まっている暇はないのだ。

 あの圧倒的な、セレスティアという太陽に近づくためには!


(やり遂げよう、必ず)


 胸の奥で燃え上がる決意のまま、リオンは戦意を昂らせる。

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