第16話 万能職と酔っ払い

「……あの、どうしちゃいましたか? 謝る必要なんてないですよ?」


「嘘ですううう……」


「嘘じゃないです!」


「だって、だって、リオンさんの冒険者として頑張りたい気持ちに、私は気づけなかったんですからああああ……うううう……」


 新しく来たジョッキを、グビッ! と一気に半分ほど飲む。


「え、どういうことですか?」 

「カールさんから聞いたんれすよ、リオンさん、一人で森に狩りに向かって、その帰りに盗賊を倒したって!」


 確かに、盗賊を討伐する前の動きも帰り際の雑談でカールにしていた。


「あれでずよね……私が……私が……冒険者とは関係ない雑用ばかり押し付けるから、嫌になって一人で森にいっちゃったんですよね?」


「あ、ああー……」


 なんとなく理解できてきた。

 ミアは大きな思い違いをしている。


「ええと、確かに僕は一人で森に向かいましたけど、その……ミアさんの方針が嫌でそうしたわけじゃないんです」


「本当れすかあ……?」


 微妙に涙で滲んだ瞳で上目遣いに見てくる。


「本当です。でも、その……なんていうか――そう、おやつです」


「……おやつ?」


「はい。美味しくて健康にいいご飯を食べていて、それに満足していても、こう、お菓子を食べたくなるじゃないですか」


「なりますねぇ」


「それと同じで、ミアさんの方針に僕は満足しているんですけど、それとは別に自分を試したい気持ちもあって――そういうことです」


「じゃあ、怒ってはいないんれすか?」


「怒っていないです」


「うううう、よかっだああああああ!」


 感極まった衝動なのか、ジョッキの残り半分を飲み干し、「おかわり!」と叫ぶ。

(そ、そんなに飲んじゃって大丈夫?) 

 リオンはハラハラしてしまう。

 さらに酔いが回ったのか、とろんとした目つきでミアが見つめてくる。


「もう、私のこと、いらないのかと思っりゃいましたああああ!」


「そんなことありません。これからもよろしくお願いします」


「よがっだですううう……リオンさんの気持ちをもっと汲み取れるように、私も頑張りますがら、今後ともよろしくお願いじまず……」


 そんなやりとりを傍で見ていたカールが小さく笑う。


「なかなか、ミアさんはリオンにご執心なんだな」


「はい、そうれすよ!」


 びっくりしたことに、レオンの左腕に腕を回し、ミアが体を密着させてくる。

 その温かさと柔らかさに、レオンは思わずどきりとした。


「リオンさんはですね、すごい人なんれすから〜! お支えするのが、私の幸せなんれす!」


「はっはっは、よかったな、リオン。気に入られて」


「それはありがたいんですけど――」


 純朴なリオンは、気に入られての部分を、どう解釈すればいいのかわからず、困り果ててしまう。

 そんなリオンの気持ちなど知らず、酔っ払ったミアはリオンから体を離すと、お代わりのジョッキをグビグビと飲んだ。


「もう誤解は解けたから、そんなに飲まなくていいんじゃないですか?」


「これは、嬉しいかられすよ〜。嬉しいので、飲んじゃうんれす〜」


 そう言って、お開きになるまで、すごい勢いでミアは飲みまくった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ――その結果、終わる頃にはミアはぐでぐでに酔ってしまった。

「うえええええい、もう飲めましぇええん……歩けましぇえええええん……」


「飲み過ぎですよ、ミアさん」


「らってぇ……リオンさんに合わせる顔がなかったし、誤解が解けた後は嬉しかったし……仕方ないじゃないれすかあ……」


 お開きになった今、ヘロヘロのミアの処遇をどうするかだったが、カールがあっさりと決めた。


「リオン、お前が連れて帰ってやれ!」


「え、僕がですか!?」


「あれだけ気に入られてるんだ――それにお世話になっているんだろ?」


「それは、そうですけど」


「じゃ、よろしく。いずれ仕事の話もする予定だから、そのときは頼むぞ」


 宴は解散となった。

 夜風が心地よい中、リオンは千鳥足のミアに肩を貸しながら、ゆっくりと歩いていく。幸い、ミアはまだ意識を残していて、帰宅する方向は右や左やと指示してくれる。――信じるに足る情報なのか、はなはだ不明だったが。

(最悪、どこかの公園のベンチでもいいか……)


 もちろん、夜明けまでのナイトはリオンの役目だ。


「リオンさん〜」


「はい?」


「今日はとっても楽しかったです〜」


 ミアが嬉しそうに笑う。


「リオンさんが、あれだけの人に認められているの、すごく誇らしいれすぅ」


「ありがとうございます」


「でもね〜、まだまだ始まりれすからねぇ。リオンさんの可能性は、まだまだこんなものじゃないれすから」


 そして、夢見心地のような声色で続ける。


「いつれも相談してください! こんな私れすけど、リオンさんのお役に立ちたいという気持ちはすごいんですから!」


 リオンは足を止め、ミアに目を向ける。

 これだけの気持ちを向けてくれたのだから、自分の感謝も伝えたい――

「ミアさん、僕を大切に思ってくれているのと同じくらい、僕もミアさんのことを大切に思っています。だから、今日みたいに不安に思わないでください」


「……本当れすか?」


「はい。ミアさんのおかげで、今の僕がありますから。出会えていなければ、僕はまだ――泥の中を這いずっていたかもしれない。本当に感謝しています」


「嬉しい、嬉しいれす……」


 にっこりとミアが笑みを浮かべる。


「一緒に、頑張りましょう」 

「はい、ミアさんと一緒に――駆け上ります」


「えっへっへ、楽しいことを言ってくれますね――ウグッ」


 語尾に奇妙な、くぐもった音が鳴り響いた。


「……ミアさん?」


 ミアの両頬がハムスターのように膨らんでいる。ミアは真っ青な表情で口を両手で塞ぎ、そのまま路地にフラフラと歩いていき――

 盛大に吐いた。


「ぐえええええ! ぐええええええええ!」



「大丈夫ですか、ミアさん!?」


 リオンがミアの背中を撫でる。


「ぶえええ……ず、ずみません……いい話の途中だったのに……おええええええ!」


「い、いえ、大丈夫ですから、ええ。ゆっくり休んでください」


 とんでもない締めくくりだったが、いい1日だったな、とリオンは思った。

 なぜなら、ミアの思いがけない側面が見えたから。

 テキパキと仕事をこなす完璧なミア、それは彼女の一面でしかない。リオンとの意思疎通がうまくいっていないとオロオロしたり、うっかり酒を飲みすぎたりする、そんな人間味があるのだ。


「こんな醜態を……ごめんなざい……おえええええええ」


「大丈夫ですから、気にしないでください」


 ミアの背中を撫でながら、これからも頑張ろうと思うリオンだった。


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