天霊戦騎エインヘリアル ~The Road to Ragnarok~

九澄アキラ

第1話 転生、全ての始まり

「母さん、いってきまーす」


 ドタドタと足音を響かせ、双剣をかついだ少年ソラリス・スキールニルは玄関へ向かう。

 今日は戦士団の訓練の日なのだ。

 

「あ、待ちなさいソラ」


 靴の紐を結んでいると、母がくしで髪をかしてくる。

 ギシギシの金髪が櫛に引っ張られ、少し痛い。


「ソラ、15歳の誕生日おめでとう。お父さんも喜んでるわ」

「うん」

「そのお花、持っていってね」

「うん、いってきます」

 

 玄関にある花を取り、家を出る。


「姉ちゃん、いってきまーす」

「ソラ。今日、巨人登きょじんのぼりなんでしょ?誕生日なんだから、怪我せずに帰ってくるんだよ」

「心配すんなって。俺、あれ得意だから!じゃあね!」

 

 家を駆け出したソラはある場所へ向かった。

 村を見渡せる丘にある父の墓標ぼひょうだ。


「父さん、俺……15になったよ」


 花をえ、1つ歳を重ねたことを報告する。


 16年前、父は巨人と戦って死んだ。

 村を襲った巨人にたった1人で立ち向かい、相討あいうちになったそうだ。

 以来、父は勇者として語り継がれている。

 村の入口に置かれた巨人の頭蓋骨ずがいこつが、父の偉業いぎょうの証明だ。


「俺も父さんみたいに、みんなを守れる戦士になりたい」

 

 父が死んだ時、母は自分を身籠みごもっていた。

 だから、父と会ったことはない。

 物心ついた時から自分は「勇者の息子」だった。

 父がどんな人物でどんな人生だったか、家族や周りから何度も聞かされた。

 それをうとましく思う時もあるが、父への尊敬そんけいの念が揺らぐわけではない。

 ただ……。


「でも……俺は死ぬためには戦わない」


 生きていて欲しかった。

 

「また来るよ」


 湿っぽくなった気持ちを切り替え、ソラは坂道を駆け下りた。


「おりゃあっ!」

「てりゃっ!」

 

 村の外れにある訓練所に着くと、既に何人も自主練じしゅれんを始めていた。


「集まれ!」


 ほどなくして団長が現れ、団員が整列する。

 総勢そうぜい20人。

 団長や隊長クラスを除き、みなソラと同じ世代の若者だ。


「今日は巨人登きょじんのぼりの日だ!お前たちの日頃の成果を見せろ!」


 団長のげきが飛ぶ。

 今日は戦士団の訓練の中でも、特別な日なのだ。

 

「よし、持って来い!」

 

 大勢に押され、車輪の付いた巨大な像が運ばれてくる。

 のこされた巨人の骨を参考に、木で見立てられたものだ。

 高さはゆうに10mはある。

 足を大の字に開いて腰を落とし、上から睨みつけてくるような体勢だ。


 あれから16年間、巨人は現れていない。

 しかし、時折ときおり巨人の噂は流れてくる。

 またいつ襲い来るかわからない。

 脅威を忘れないため、戦士団は訓練を続けている。


「この巨人像を駆け上がり、頭に見立てたあの袋を斬れれば合格だ!それでは始め!」

「そーれっ!」


 像の両側から交互に縄が引かれ、腕を振るように上半身が動き出す。

 あの腕をかいくぐり、頭に到達しなければならないのだ。

 当然ながら怪我人が続出する訓練だ。

 ソラの前に挑戦した団員たちが次々と失敗していく。


「次!」


 ソラの番だ。

 軽く飛びリラックス、呼吸を整える。

 両手に剣を構え、腰を落とし、像へ駆け出す。

 腕の動きの反復を見切り、右の膝に脚をかけ飛び上がる。

 襲い来る左腕に足を合わせ、反動を利用しさらに跳ぶ。

 ちゅうで身をひるがえし、剣を振る。


 ザン――。

 袋が斬り裂かれ、中身のおがくずが飛び散る。


「ふぅ……」

「おぉー!」


 像に手を掛け、地面に降りたソラを歓声かんせいむかえる。

 

「これをやらせたらソラが1番だな」

「さすが勇者の息子」

「あいつの親父さんも、ああやって巨人を倒したんだとさ」


 達成感はありつつも、ソラは涼しい顔をしていた。

 これは腕の振りと速度と見切って蹴り上がるだけ、ただの反復はんぷく練習だ。

 実戦でどこまで通用するかはわからない。

 もっと複雑な動きができればいいのにと、ソラは失敗者が続出する傍らで思った。



 ――――


 

「今日はこれまで、解散!」

 

 訓練が終わった後も、ソラは残った団員と木剣ぼっけんで自主練を続ける。


「今日も絶好調だったなソラ。お前なら、本当に巨人を倒せるんじゃないか?」

「あんな像をいくら斬っても、本物には到底とうていおよばないだろ」

「さすが勇者の息子は言うことが違うな。あー、俺も巨人を倒して女神様に選ばれてえなぁ」


 女神――。

 父の話には続きがある。

 巨人と相討ちになった父の遺体いたいを、女神が天に運んでいったというのだ。

 それ以来、勇敢ゆうかんに戦い死んだ人間は女神に導かれ、天上の世界ヴァルハラ永久とわに安らかな死後をすごせるという信仰がこの村に根付いた。


「……俺は、死ぬためには戦わない」

「おいおい怖気づいたのか?俺は勇者になれるなら死んだって……」

「死んだらどうにもならないだろっ!」


 ソラは思わず声を上げ、辺りが静まり返る。


「なに真剣になってるんだよ、冗談だって。俺も死にたくねえよ。じゃあ俺、帰るから」


 団員が立ち去り、1人立ちすくむソラ。

  

「また親父さんのことか?」

「クラウス……」


 そこに声を掛ける1人の少年。

 クラウス・アベル。

 ソラの親友だ。

 

「勇者の息子さんは大変だな」

「会ったこともない父親と比べられる面倒くささは、お前にはわからないさ」

「はいはい、俺はどうせパン屋の息子だよ」


 親友だから言える軽口を叩きつつ、剣を打ち合わせる。


「なぁ、お前知ってるか?巨人と戦う騎士の噂」

「なんだそれ?」

行商ぎょうしょうの人から聞いたんだ。どこかの村が巨人に襲われた時、天から巨大な騎士が現れて巨人を皆殺しにしたんだってよ」

「本当かよ」


 ソラは半信半疑で聞く。

 女神がいるのだから、そういう存在もいるのかも知れないが。


「天の神様が巨人と戦ってるんだとさ」

「じゃあ巨人が襲ってきたら、その神様の騎士が助けに来てくれるのか?」

「さぁ、どうだろうな」

「おーい、クラウス。晩飯の時間だぞ」

「父さん。じゃあな、ソラ」

「おう」


 父親に呼ばれ、去るクラウス。

 その背中を見て、ソラはいない父親への寂しさを感じた。

 勇者になるより、生きていてほしかった……と。


「ソラー」


 後ろから呼びかける声。

 振り向くと、赤毛あかげの女の子が手を振っていた。

 ソラの家の隣に住む、幼馴染のミーナだ。


「ソラ、今日誕生日でしょ?これ、プレゼント」


 帰路の途中、ミーナから紐で編まれたブレスレットが手渡される。


「なにこれ、腕輪?」

「お守りだよ。ほら、おそろい」


 ソラがブレスレットを付けると、ミーナも同じものを見せてくる。

 

「ふーん、ありがと」

「それにしても、15になっても私より小さいんだね」

「ミーナがデカすぎなんだよ」


 ミーナは互いの背を比べるようにソラの頭に手を置く。

 ソラが小柄なわけではないのだが、ミーナはより背が高い。

 歳は1つしか違わないのに、この身長差はいつまで経っても埋まらない。


「あ、ソラ帰ってきたよー」


 家が見えてくると、姉が出迎えた。


「ミーナちゃんも一緒?」

「はい。お姉さん、今日の夕食ご一緒していいですか?」

「ソラの誕生日だもんね。いいよ」

「よかったぁ。じゃあ、ソラ。後で行くからね」

「ほーい」

 

 その後ミーナを交え、ソラは家族みんなと夕食を味わった。

 ミーナが持ってきた煮込み料理は、味付けが好みで母が作ったものより美味しかった。

 


 ――――


 

 翌日――。


「大変だぁー!」


 ソラとミーナが畑仕事をしていると、男が慌ただしく馬を走らせ、村の方へ向かっていった。


「巨人が来るぞぉー!」

「巨人……!?」


 巨人が来る――。

 その言葉にソラとミーナは急いで男を追う。

 村に着いた頃には既に人だかりが出来ていた。

 

「いったいどうしたんだ?」

「西の村が巨人に襲われて、全滅した……」

「なんだと!?」

「ひでぇ有り様だった。みんな踏み潰されて……。でも、変なんだ。息のあったやつが最期にこう言ったんだ。”巨人が空から降ってきた”って……」

「空から……?」

「どういうことだ?」

「わからん。ともかく備えをしよう」

「そうだな。監視を増やそう」



 ――――


 

「どこにいる……」


 監視役になったソラが小高い丘から周辺を見回す。

 父が守ったこの村を、誰にも壊させやしない。

 既に剣を担ぎ、臨戦態勢りんせんたいせいだ。


「巨人、本当に来るのかな……」


 付き添うミーナが不安を漏らす。

 

「わからない。でも、絶対に村は守ってみせる」


 ソラは先の男の言葉が気になっていた。

 巨人が空から降ってきた――。

 その意味は未だにわからないが、言葉にしたがい空にも目を向ける。


「……なんだ、あれ?」

「どうしたの?」


 遠くの空に黒い点のような物が見えた。

 それはだんだんと大きくなり、形が見えてくる。

 

「……船?」


 それは宙に浮く帆船はんせんだった。

 巨大な船が村の上空に現れ、静止する。

 

 まさか……とソラが危機感を覚えた瞬間、船から縄梯子なわばしごが垂れ、巨大な影が飛び降りてきた。


「きょ……きょ、巨人だぁーっ!」


 村の中心に次々と巨人が降り立つ。

 その数10体。


「ミーナ、家に戻ってみんなと避難しろ!」

「ソラ!絶対に、戻ってきてね……」

「……約束する!」


 ソラは村へ駆け出し、ミーナは不安げにその背中を見送った。


「ウゥ……」


 巨人のリーダー格が村の入口にある遺骨を手に取り、目を細らせる。

  

「ウガアアアアァッ!」


 そして怒ったように号令を出すと、巨人たちは村を破壊し始めた。

 無差別に家を壊し、人を踏み潰していく。


「やめろおおおおっ!」

「ソラ!」

「クラウス!」


 村に着いたソラにクラウスが合流する。

 

「やるぞソラ!」

「おうっ!」

 

 ソラとクラウスが併走し、巨人へ駆ける。

 巨人は家を壊すのに気を取られてこちらに気づいていない。

 

 落ち着け。

 訓練通りにやるんだ。

 

「くらえぇっ!」

「グガァァァッ!」


 2人は見事に巨人の身体を駆け上がり、喉元をき斬った。

 巨人が血を吹き出してもがき、倒れる。


「や、やった……」

「できた……」


 巨人を倒せた。

 父が遺した戦い方は、確かに巨人に効いた。


「よし……このままいくぞ!」

「あぁ!」

 

 1体、2体、3体。

 巨人は甲冑を纏っているが、ソラとクラウスは仲間と連係し、剥き出しの顔面や首元、関節を狙い次々と巨人を仕留めていく。

 人間の予想外の抵抗に、リーダー格の巨人が自ら前に出て2人を待ち構える。

 その体躯たいくは他の巨人よりひと回り大きい。


「俺が注意をらす!」

「頼んだ!」


 クラウスがスライディングで巨人の足元に滑り込み、足首と膝裏を斬りつける。


「もらった!」

 

 たまらず膝をつく巨人。

 身体を駆け上がり、頭に飛びついたソラは巨人の右目を剣でえぐった。

 

「アギャアアアッ!」

 

 巨人が苦悶くもんの声を上げる。

 ソラが勝利を確信したのも束の間、巨人はソラの身体を掴み、強く握り締めた。

 

「がはっ!」

「ソラーッ!」

 

 全身の骨が砕ける音がした。

 ショックで朦朧とする意識に、クラウスの叫びが聞こえる。

 放り投げられ、地に転がるソラに巨人は怒りの形相で近づいてゆく。

 片目を奪ったうらみ、人としての形すら残さないという意思を示すかのように、巨大な棍棒こんぼうを振り上げる。

 逃げたくとも身体はピクリとも動かない。


「ガアッ!?」

 

 その時、巨人の行く手を遮るように天から虹色の光が降り注いだ。


「でやぁぁっ!」


 光の中から放たれた斬撃がリーダー格の巨人を両断する。

 そして、現れる巨大な騎士。

 鋭利えいりとがった漆黒しっこくの甲冑、竜の翼のようなマント。

 緑色に光る鋭い眼光は、ひと目で巨人とは別の存在だとソラにわからせた。

 天から舞い降り、巨大な戦斧で巨人を次々と屠り去る姿はまさに神の戦士。

 漆黒の騎士に続くように、姿の違う騎士が光から次々と現れ、巨人を容赦なく蹂躙じゅうりんしていく。


(本当にいたんだ……)

 

 身体の感覚がない。

 視界がぼやけていく。

 きっと自分はこのまま死ぬのだろう。

 

(ごめんミーナ、約束を守れなかった……)

 

 だけど彼らが来てくれたことで村も、母も、姉も、ミーナも救われた。

 安堵あんどし、ソラは自らの意識を手放す。

 意識が消える直前、髪の長い女性が自分の前に立った。

 ような気がした……。



 ――――

 

 

「目覚めなさい……」

 

 誰かが呼ぶ声がする。

 ソラが重いまぶたを開けると、視界の全てが金色に包まれた。

 目に映るは荘厳そうごん彫刻ちょうこくほどこされた黄金の空間。

 階層かいそうに分かれた、円形の空間が塔のように高くまで続いている。

 

(どこだ、ここ……?)

 

 自分は死んだはず。

 となると、ここは天国ヴァルハラなのか?

  

「目覚めましたか。新たなエインヘリアル、カナリアよ」

 

 寝ぼけまなこのソラに、再び呼びかける者がいた。

 見ると、2人の女性が立っている。

 双方とも赤みがかった頭髪に、きらびやかな装飾品そうしょくひんが輝く服を着ている。

 顔も背丈も似ていて、違うのは髪の長さくらいだ。

 

「私は女神のフレイ。こっちは妹の……」

「フレイヤよ」

「女神……?」

 

 本当にいたのか。

 確かにその美しい風体は、女神の名に相応しいものだ。

 

 だけど、その姿はとても小さい。

 

 随分ずいぶんと遠くにいるのか。

 もしくは小人なのかと錯覚する程だ。


 それにエインヘリアルとはなんだ?

 カナリアとは誰のことだ?


 彼女たちは明らかに自分を指して言っている。

 状況を飲み込めないソラが身体を起こすと、すぐに違和感に気付いた。

 

「え……?」

 

 なめらかな、白い甲冑かっちゅうを纏った己のあし

 爪先は鳥のように3つに分かれ、大きな爪が生えている。

 腕も同様に甲冑で覆われ、掌は黒く、鋭利な爪が生えている。

 明らかに自分の、人間ひとのものではない。

 

「なんだ、これ……?」

 

 困惑し、辺りを見渡すと鏡を見つける。

 ガシンガシン――。

 聞き慣れない、金属のれるような足音を響かせながらそれに駆け寄っていく。

 

「なっ……!?」

 

 鏡に映し出された自身の姿に、ソラは驚愕した。

 全身を包む、所々に金の装飾が施されている純白じゅんぱくの甲冑。

 顔は人間のそれではなく、大きな鶏冠とさかに緑色の眼、ついばむような形の口に変わっていた。

 夢かと思い、顔に触れる。

 触った感触と触られた感触の両方が同時にくる。

 間違いなく自分の身体だ。

 何よりも大きな変化は、背中と腰につばさが生えていることだった。

 

「えっ?えぇっ?」

 

 翼を先端を掴み、目の前に引っ張る。

 どう見ても羽毛うもうだ。

 びっしりと生えている。

 

「はぁ!?」

 

 次の衝撃は、鏡のすみに映り込んだ女神たちを見た時だった。

 彼女たちが小さかったり遠くにいるのではない。

 自分が人間より遥かに大きいのだ。

 

「落ち着いてカナリア」

「ど……どういうことだ!?俺に何をした!?それに俺の名前はソラだ!カナリアじゃない!」

「あ……あなた、人間の記憶があるの!?」

 

 自分の身に何が起こったのかわからず、ソラは羽毛を逆立て女神たちに詰め寄る。

 

「落ち着け!」

「……!?」

 

 女神たちとは違う低い声が轟き、ズシンと何かが落ちる。

 いや、降り立った振動が背後から響く。

 肩を掴まれ振り向かされると、そこにいたのは――あの漆黒の騎士だった。

 

「あ……」

 

 死に際に見た騎士は自分より遥か巨大だった。

 だが、今は頭2つ分ほどの差しかない。

 その姿を見て、ソラはようやく状況を理解した。


 自分も彼らと同じ存在エインヘリアルになったのだと……。

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