牙と正義 ―狼とオメガの捜査録―
一条珠綾
第1話
「ガングルフは休み?」
ここは、ヴォールク国の首都シンジュクにある中央警察署にある刑事課室だ。
灰色のデスクが並んだ無機質な部屋に、日本人とウルフルフの捜査官が名簿上は二十名ほど働いている。
もっとも大半の捜査官は現場に出向いていることが常で、今部屋にいるのはいるのは五名ほどだ。部屋の中にいる五名は全員黒髪なので、日本人だと分かる。
今この部屋にはいないウルフルフは、灰色の毛と鋭い牙を持つ狼獣人だ。彼らの背丈は日本人より頭一つ分は高く、服の上からでも肩幅や足腰の頑強さが分かる。優れた五感と体力で犯罪捜査を行う。犯罪者からすれば恐怖の対象だが、同じ捜査官としては頼もしい存在だ。
今は朝八時三十分。満員電車に乗り出勤してきたら、目当ての人物はデスクにいなかった。いや、むしろ検挙率ナンバーワンのあいつがデスクにいることの方が少ないのだが。
しかし、昨日あれほど強く「事件があったら、俺に一旦連絡しろ」と言っておいたのだから、さすがに俺をおいて現場に向かうことはないだろう。だとすると、今日は休暇を取ることにしたのだろうか。
そう思い、席に座る日本人の同僚に声をかけると、隣のデスクに座っていたココロが、教えてくれた。
「ソウ。ガングルフなら、さっき入ってきたコロシの捜査に行ったぞ」
「……あのやろう」
心の声をボソリと呟いて、ココロからガングルフが向かった現場を教えてもらうことにした。
※
「第一発見者はどこだ?」
「ガングルフ警視。別の倉庫で待機してもらっています」
「おい」
「ありがとう。ここへ呼んできてくれ」
「了解です」
「……おいってば。ガングルフ! 」
向かったのは港にある倉庫地帯だった。倉庫地帯は、真夜中になると滅多に人が来ない。犯罪の現場になりやすいとも言える。
一帯に張り巡らされたキープアウトのテープを潜り抜けて、お目当ての人を見つけた俺は駆け寄ったものの、その人物からはまるっと無視された。尚も呼びかけると、うるさそうに尻尾を一振りされる。
先に到着していたガングルフは、動きやすい黒いTシャツと迷彩柄のズボン、黒いタクティカルブーツを履いている。上半身には拳銃が2丁差し込める黒い帯状のガンホルダーも身につけており、鈍く光る拳銃が銀色にも見える灰色の毛並みに妙に合っている。
ちなみに、俺は白いTシャツに同じズボンとブーツを履いている。ズボンとブーツは支給品だから、捜査官全員がお揃いなのだが。獲物は拳銃ではなくナイフなので、腰にナイフホルダーをつけている。
「昨日あれほど捜査に行く時はメッセージ入れろって言っただろ」
ガングルフに文句を言いながら、現場をぐるりと見渡すと、床に血だまりがあり、その中に倒れている肉塊のようなものも見える。しかし、遺体の損傷が激しく、わずかに手のような箇所が残っている程度で、日本人なのかウルフルフなのかは判別できない。
「今から聞き取りだ。お前は署に戻れ」
頭上から聞こえたのは、ガングルフの声だった。見上げると、彼の視線は俺ではなく遺体の方に向けられていた。その態度から頑としてバディとして認めないという意思が伝わってくる。しかし、こちらはそういう態度に半年も付き合っているのだ。もう慣れた。
「ガングルフが書いた調書を直してるの誰だと思ってるんだよ。パソコン使うの下手くそか」
「……うるさい。お前は捜査に必要ない」
調書の誤りを指摘されて一瞬耳をペしょっとさせたのが見えた。俺のバディのガングルフは生粋のウルフルフだ。
身長は二メートルにいくかいかないかなので、百七十二センチの俺より約三十センチも高いことになる。瞳の色はウルフルフには珍しい金色で、見つめられると心の中まで見透かされたように感じることがある。
この国の刑事捜査は、捜査の公平さを図るためにウルフルフと日本人が二人一組バディになって行うという決まりだ。確かに、身体能力だけで言えばウルフルフのみで捜査した方が早いかもしれない。
しかし、同じ種族で犯罪捜査をさせると、同胞の悪事を見逃したいという気持ちになり、結果として悪事が横行してしまう可能性もある。
そのため、特別な事情がない限り、捜査は日本人とウルフワムの両者で行われなければならないことになっているのだ。
しかし、ウルフルズは体力や嗅覚にも優れており、バディを組んでも日本人は役立たずになることもある。そのため、刑事課に配属される日本人は、体力試験を受けて合格したもののみがなることができる。身体能力に優れたもののみが、この刑事課に配属されているという仕組みだ。
その中でも俺は、身体能力試験では一位の成績を収めた。その結果、オメガであるにも関わらず、ある事情により長年空席だったガングルフのバディに就くことになったのだ。
「被害者は?」
「チッ……。 鑑識が衣服のポケットの中からこれを見つけた」
俺が引くつもりがないと悟ったのか、ガングルフは小さく舌打ちをして質問に応じて、一枚の紙片を手渡してきた。それを受け取り、読む。
「シールド加工株式会社代表取締役、ジュンイチ・キサキ……。シールド加工って、業界大手じゃんか」
シールド加工は、魚介類の加工・冷凍食品販売を専門とする業界の大手企業だ。名前からすると日本人のようだ。しかし、遺体は肉の塊と化しており、性別すらわからない状態だ。
「遺体の周辺に薬きょうが転がっていた。銃で動けなくした、もしくは殺した後、何らかの棒状の機械で遺体を潰したというところだな」
「……グロいなー」
中央警察署には凶悪事件が集まってくるが、その中でも殺し方についてはトップレベルのグロさだった。
「おい」
「何?」
「お前にうろちょろされると気が散る。帰れ」
口を開けば「帰れ」「邪魔するな」しか言わないバディに堪忍袋の尾が切れた。
「……だからさ、何度も言ってるけど、俺も警官なんだよ。脳みそ犬ころ並みか」
「何だと」
「やんのか」
戦いのリングが高らかに鳴り、俺はファイティングポーズをとった。やるなら、先手必勝だ。
「あのー、第一発見者の方が待ってますけど」
俺達の緊迫した空気に怯えたように、鑑識のおじさんが声をかけてくる。
ご覧の通り、バディ仲は最悪だ。
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