第37話 方針を決めました

  ◇◆◇



 ……その頃、ある森では。


「ぐっ……!」

 腹から血を噴き出しながら崩れ落ちる少年。自らの血で作られた海に沈み、その命が潰える。彼の周囲には、同じパーティの少年少女が倒れていた。

「……これで、今日の分は終わり」

 彼を仕留めたのは、亜麻色の髪が特徴的な少女だ。小柄な胴体を隠すほどに伸びた髪を返り血に濡らしながら、手にした片手剣を振るって血糊を落とす。その顔には一切の表情が浮かんでおらず、まるで能面のようだった。

「お疲れ」

 そんな少女に声を掛けるのは、線の細い少年だった。粗末な槍を片手に、傍らに生えた木に寄りかかっている。

「……私ばかり働かせないで」

「そうは言うがな。俺の特性は七天王の権能を超越してしまうんだぞ? 俺では人間には勝てん」

 少女の苦情に、少年は空いている手をヒラヒラさせながらそう返した。

「……むぅ」

「人間の相手はお前、それ以外の相手は俺。俺たちはそういうコンビだ。違うか、ウルスラ?」

「……違わないけど、バアルも働いて欲しい」

 少女は無表情ながら、どこか不満げな雰囲気を漂わせていた。少年に全ての役割を押し付けられたことが余程気に食わないと見える。

「働けと言われてもな……ん?」

 すると、少年の前の茂みから何かが飛び出してきた。それは小型のイノシシだった。タックルボアと呼ばれる魔物で、小さいが強力な突進で冒険者を葬り去る凶悪さで有名だった。そんなイノシシが、少女に向かって突進する。

「―――ガ・ジルファ」

 そのイノシシを視認するより早く、少年は名前を呼んで槍を振るった。その名前は、とある神話に登場する槍の名前。ある英雄が巨大なイノシシを打倒した際に用いた武具の名だ。

「……わぁ」

 抑揚のない声を上げる少女。その直後、彼女に衝突しようとしていたイノシシの姿が溶けて消えた。少年の槍によって致命傷を負い、消滅したのだ。

「言っただろう? 俺は人間以外の相手をする。だからお前は人間を狩れ」

「……分かった」

 自身の主張を実演で論破されて、少女は渋々頷くのだった。



  ◇◆◇



「疲れた~……」

 クエストを終えて、俺たちは王都に戻ってきた。クエスト自体は無事に完了したが、思ったより手間取ったことでかなり疲労が溜まっている。

「結構苦戦したな……」

「動きが素早かったからね……」

 クエストで手間取った原因は、アッシュファングがやたらと俊敏な魔物だったことだ。俺とベルゼは紙装甲の前衛なので、素早い連中との戦いは生きた心地がしなかった。一撃でも貰うと致命傷なのに、回避が困難な相手というのは、戦っていると神経を擦り減らしてしまう。ホブゴブリンより少し強いくらいという情報は何だったのか。

「動きは早いけど、ダメージは入りやすいから、むしろ楽な方じゃない?」

「お前は幸太郎の後ろで銃撃ってるだけだからだろ……」

 アスモは大して疲れていないようだが、こいつは安全圏から遠距離攻撃してるだけなので参考にならない。

「何よ、私の援護が要らないって言うの?」

「んなこと言ってないだろ?」

「そういう風に聞こえるんだけど?」

 だが、アスモは俺の言い方が気に入らなかったらしくて、突っ掛かって来る。

「まあまあ、その辺にしようぜ」

「……ふん」

 けれど、幸太郎が仲裁してくれたので、アスモは大人しく引き下がった。……こいつが幸太郎の言うことを素直に聞くとは、珍しいこともあるもんだな。パーティの中では一番距離が遠い二人だと思っていたんだが。

「結局どうするの? これからもアッシュファング討伐をやるの?」

「それなんだよな……」

 真由美の言葉に俺は唸った。アッシュファング討伐を受けたのは、ホブゴブリン討伐と大差ない労力で報酬が高いという話だったからだ。その前提が崩れた以上、無理して受け続ける必要はない。とはいえ、ホブゴブリン討伐では実入りが心許ないのも事実だ。

「それより、早くお金貰ってご飯にしよーよ」

 だが、悩む俺にベルゼがそんなことを言ってくる。頭の中は夕食のことでいっぱいらしい。

「まあ、とにかく報酬を受け取るか」

 何はともあれ、本日の成果を手に入れてからだろう。今後の方針は飯でも食いながら話し合えばいい。俺たちはギルドへと向かうのだった。



  ◇



 ……一か月後。


「ユニオンクエストの参加依頼?」

 いつものように冒険者ギルドに顔を出すと、いつもの受付嬢がそんなことを言い出した。

 あれから俺たちはホブゴブリン討伐とアッシュファング討伐を交互に受けていて、裕福とはいかないがそこそこ余裕がある財政状況だった。そんな時に受けたのがこの話だ。

「はい。最近各地の冒険者がめっきり減ってしまって……特に魔物の国が近い城塞都市で人手不足が深刻化しているんです。それで、城塞都市への応援を募集している訳でして」

「城塞都市に移って、近辺の魔物を狩るユニオンクエスト、か」

 打点されたのは、先日話を聞いたユニオンクエスト。王都を出る必要はあるが、報酬とは別に食事や寝床の支給があるみたいなので、生活をするだけなら悪くない条件だった。期間は一ヶ月程とかなり長期だが、その分生活保障が長くて報酬も多い。

「締め切りはまだ少し余裕がありますから、パーティの皆さんで話し合った上でご参加ください」

 受付嬢はユニオンクエストの要綱を纏めた書類を渡してくれた。期間や報酬、細かい規則などが網羅されていて分かりやすい。

「って訳だが……どうするよ?」

 そんなことがあって、今俺たちはギルドの談話スペースで話し合いをしている。勧められたユニオンクエストを受けるかどうか、パーティの今後を左右する重要な内容である。

「どうするも何も、ユニオンクエストは受けないって言ってなかった?」

 開幕早々、アスモが以前の方針を持ち出してくる。確かに、前にユニオンクエストの話をされた時には受けないという結論を出していた。

「それはそうだが、さすがにこの条件は破格だぞ? 討伐対象の魔物はアッシュファングやホブゴブリンもいるし、今までとやることはそこまで変わらない。俺たちの稼ぎは大半が生活費に消えていく以上、食料や寝床の提供を受けられるってことは、実質的に報酬が上乗せされてるようなもんだ」

 テーブルの上に貰った書類を乗せながら、俺は意見を述べた。報酬の支払いはクエスト期間終了後だが、それまでの生活は保障される。更には弾薬やポーションのような消耗品も支給されるらしいので、クエスト終了後に報酬を受け取ればかなりの利益になるのだ。

「うーん……私はどっちでもいいかなー。ご飯が食べられるならそれでいいし」

 ベルゼは賛成も反対もしない。こいつは食うことしか頭にないようだ。

「悪くはないと思うけど……他のパーティの人たちとうまくやれるかな? 前にいた町でも揉めたし」

「それなんだよなぁ……」

 真由美の懸念を聞いて、以前滞在していた町での揉め事を思い出した。

 あれは確か、町が消える直前、交易都市への配達クエストを受けるきっかけになった事件だ。町一番のパーティ、そのリーダーがアスモに粘着して、手を上げたことがあった。あの後は交易都市の消滅のどさくさに紛れて町を出たので、あのパーティリーダーとは縁が切れている。けれど、また同じようなことが起こると面倒だ。ただでさえ、俺たち兄妹は実力不足と目立つ外見という厄介な要素を抱えているし。

「けど、このクエストが美味しいってのも事実なんだろ? 受けるのも手じゃないのか?」

 一方、幸太郎は受けるのに賛成らしい。

「他のパーティと組むのは確かに不安だけど、ここで大きく稼いで余裕を作った方がいいと思うんだよな」

「その心は?」

「だって、俺たちって毎日クエスト受けてるだろ? 休むとその日の生活費がなくなるから。けど、一度大きく稼いでおけば休む余裕も作れると思うんだよ。……もしも誰かが怪我したり、体調が悪い時でも、無理にクエストに出なくてもよくなるだろ?」

 彼の意見は正論だった。今の俺たちには休日を設ける余裕はない。このままだと、不測の事態に陥った時に休むという選択肢が取れなくなる。そのための余裕を作るというのは理に適っている。

「まあ、そうだな……俺も、このユニオンクエストは受けるべきだと思う」

 幸太郎の意見を聞いて、俺も賛成の意を表明する。ただその日暮らしを続けていても、やがてどこかで破綻するかもしれない。そうならないようにするためにも、ここで稼いで貯金を作るに越したことはないと思う。不安は残るが、それも取るべきリスクだろう。

「確かに、お金は大事だものね……」

「うん……私も頑張る」

 すると、アスモと真由美も賛同してきた。これでユニオンクエストを受けることで全員合意することになったな。

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