第32話 近況報告しました

「ここだよー」

「ここって……ただの木じゃないか」

 ベルゼに案内されてやって来たのは、大きな木だった。背が高くて幹が太くて立派な木。葉は少ないが、枯れているという程でもない、何の変哲もない大木だった。

「この木の枝に座って寝てるの」

「……お前、よくそんなところで寝てられるな」

 どうやらベルゼは木登りしながら寝ているらしい。野宿するにしたって、もうちょっとマシな場所があるだろうに。

「だって、森には魔物がいるし、人気がある場所で寝るのは怖いもん」

「だったら宿に泊ればいいじゃない」

「宿はお金掛かるし……あんまり稼ぎが良くないから、ちょっとでも節約しないと」

 ベルゼはソロで活動しているせいでかなり金欠らしい。俺たちは二人だったからネズミ狩りで日銭を稼げていたが、あれを一人でこなすのは難易度が高いだろうな。

「どうやって登るのよ、これ」

「しょーがねぇな……よっと」

「きゃっ……! ちょ、どこ触ってんのよ……!」

 木登りは不得意なアスモのため、俺は彼女を担いで木に登る。適当な枝にアスモを乗せると、俺も別の枝に腰かけた。結構丈夫なようだから、人一人くらいなら余裕で支えられるだろう。

「え、これほんとに登るの……?」

「しょーがないな……ステージシールド」

 幸太郎が盾を掲げると、彼らの足元から半透明な塊が迫り出してきて二人を持ち上げる。そのお陰で俺たちと同じくらいの高さまでやって来た。……アスモを担いだりせず、幸太郎に頼めば良かったか。

「わぁ、凄ーい」

 幸太郎の力に感心しながら、ベルゼがすいすいっと木を登って来る。こいつマジで身軽だな。

「それで、二人は今までどうしてたの?」

「それなんだがな……」

 安全が確保できたところで、俺はベルゼに今までのことを話した。転生直後にアスモと冒険者活動をしていたこと、真由美たちがパーティに加わったこと、七天王との遭遇、宗近との出会いと修行、七天王討伐……話しながら思ったが、この世界に来てから色んなことがあったな。

「大変だったんだねー」

「そう言うお前はどうだったんだよ? 一人なんだろ?」

「んー、別に大したことはなかったよ? 気が付いたら王都にいて、冒険者になって……パーティが組めなかったし、魔物の討伐もしんどかったから、採集クエストでお金を稼いで、って感じ」

 やはりベルゼは色々苦労していたらしい。俺やアスモと同じく女神の加護は貰っていないようで、魔物との戦いでは劣勢を強いられるのだ。そんな足手纏いと組んでくれる優しい冒険者は王都にいなかったみたいで、そのせいでクエストも捗らず、野宿をする羽目になったのだろう。

「そういや、やっぱ他には誰もいないのか? 年齢的にサタンは転生しててもおかしくないと思うんだが……」

「見てないよ。レヴィもベルフェもサタンも、だーれも」

「そうか……となると、転生してたのは俺たち三人だけか」

 他の兄弟が転生していないか尋ねてみたが、案の定いないようだった。そう考えると、ベルゼと合流出来ただけでも幸運だったな。

「え、え……? もしかして、ルシフル君たちってまだ兄弟いるの……?」

「何人兄妹なんだよ……?」

「六人よ」

「八人かなー?」

「「どっち???」」

 困惑する真由美たちを、アスモとベルゼが更に混乱させた。返答が食い違ったらそうなるのも当然だ。

「ったく……正確に言うと八人だよ。けど、下の二人は別々に暮らして育ったから、実質的には六人ってことだ」

 俺たち兄弟は大所帯だ。俺の上には長男と長女、俺の下には弟一人と妹二人(アスモとベルゼ)。それとは別に、離れて暮らしていた末の弟妹が一人ずつ。一緒に暮らしていたのは六人、別居組も合わせれば八人。アスモたちの返答が違ったのはそれが原因だ。

「や、ややこしい……」

「複雑な家庭事情なんだな……」

 俺の説明に、真由美たちは若干引いている。まあ、我が家は普通じゃないからな。無理もない。

「俺の上は二十代だったから転生してないだろうけど、弟は可能性があったんだがな……いないならそれはそれでいいか」

「そうね。ちゃんと死ねたのなら、それでいいわ」

「だよねー。うっかり死に損ねて困ったもん」

 再会が叶わなかった兄弟のことを寂しく思い、それでも余分な延長戦を挟むことなく死ぬことが出来た彼らを祝い、俺たちは笑い合う。ベルゼと再会できたのは嬉しい。他の兄弟とは会えなくて寂しい。でも、他の兄弟がちゃんと死ねたのは嬉しいし羨ましい。そんな矛盾した感情を、三人で飲み込む。

「「この兄弟、こっわ……」」

 まあ、真由美と幸太郎がなんか言っていたが、気にしないでおこう。



「んじゃあ、俺たちは王都に戻るわ」

 ベルゼと話し込んでそれなりに時間が経過した。故に俺たちは引き上げることにしたのだ。

「泊っていかないの?」

「木登りしながら寝られるのはお前だけなんだよ」

 ベルゼには泊るように言われたが、俺たちはこいつみたいに器用じゃない。枝に座りながら寝れば地面に真っ逆さまだ。

「金に余裕があれば、お前を宿に泊められるんだがな……」

「甲斐性なし」

「お前も似たようなもんだろ」

 ベルゼを王都に引っ張ろうにも、こいつを養う余裕はなかった。今は自分たちの分だけで手一杯だ。

「また明日、ギルドに顔を出す。そしたらパーティ組んでクエストを受けようぜ」

「うーん……でも、魔物討伐のクエストは受けたことないし」

「俺たちと受ければいいだろ。俺もまたベルゼと一緒にいたいし」

「……うん。分かった」

 一緒にパーティを組む約束を交わし、俺たちは王都へと戻るのだった。



  ◇◆◇



 ……その頃、別の場所では。


「ふむ、ウィッチか」

「あら、ドクター。研究室から出てくるなんて珍しいわね」

 円卓のある部屋にて。席に着くリーフに声を掛けてきたのは、年老いた眼鏡の男性。小太りで背が低く、白髪交じりの茶髪の男だ。眼鏡の奥には、分厚い瞼で歪んだ銀色の瞳が佇んでいる。

「出てくるつもりはなかったが……顔合わせもしていない同僚が死んだとあれば、弔うくらいはする」

「あなたにも弔いという概念があったのね。……それとも、あの子たちだからかしら?」

「ふむ?」

「……違うようね」

 リーフの推測も、老人の言動を見るに外れていた模様。気を取り直して、リーフは話を続ける。

「弔うも何も、彼らの死体は氷漬けになってるけど……もしかして、現地まで赴くつもり?」

「まさか。ここで祈れば十分だろう」

 老人はそう言うと、円卓に着いて手を組み、黙祷を捧げた。……彼には信ずるべき神がいるのか、それとも形式的に祈っているだけか。数十秒程度の黙祷を終えて、老人は顔を上げる。

「それはそうと、彼らが退場したということは、次の段階に進むのかね?」

「そうね。今すぐに、という訳ではないけれど。エクソシストの二人に動いて貰う予定よ」

「となると、彼らもやられたら、私の出番という訳か」

「そうなるわね」

 老人とリーフが話すのは今後のこと。自分たちの役目の話だ。

「なら、それまでは研究が出来るということだな」

「あなた、本当に研究大好きね……」

「当たり前だろう? 資金の心配をせずに自由に研究が出来るんだ、まるで天国のようじゃないか。……まあ、研究の成果を後世に残すことが出来ないのは残念だがね。所詮は数合わせだ、気軽にやらせて貰うさ」

 老人はそう言い残して、部屋を出て行った。残されたのはリーフ一人だ。

「数合わせ……まあ、そうよね。ここを守る意味はない訳だし。七天王に非戦闘員が二人もいる時点でハリボテだもの」

 誰もいない部屋で、リーフは独り言を漏らす。誰に聞かせるでもなく―――或いは、誰が聞いているのか分かった上で。

「ほんと、我らが魔王様は趣味が悪いわね」

 上司への陰口を叩く。それが本人の耳に入っているだろうことも承知の上で。それは彼女なりの細やかな抵抗なのか、それともただの軽口なのか。

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