第24話 葛藤しました

  ◇◆◇



「……馬っ鹿みたい」

 山の中にある掘っ立て小屋にて。私―――アスモは、一人で吐き捨てるように漏らしていた。

「君は型というものを知らない。とはいえ、今から型を教えるのは現実的じゃないからね。僕から教えるのは、型を問わない基礎と、対人戦闘の心得くらいさ」

「まあ、それが限界か……」

 小屋の壁の向こうから、ルシフルが話す声が聞こえてくる。あいつが話しているのは宗近とかいう男。あの男から剣術を習っているらしい。

「ほんと、馬鹿……」

 ルシフルは渋っていたけれど。あいつが剣を習っているのは、七天王とかいう連中と戦うためだ。何だかんだ言って、あいつは絶対あの連中と戦おうとするはずだ。限界まで渋って、可能な限り逃げ回って、それでも最終的には立ち向かうことを選ぶだろう。

 どうしてそんなことをするのか。理由は分かりきってる。私がいるからだ。アスモを抱えている以上、あいつはそれを守ろうとする。見捨てるという選択肢が存在しない。それがどんなに分が悪い賭けでも、割に合わない戦いでも、私を見捨てて自分だけ逃げるという選択肢は取れないし取らない。

「馬鹿……」

 こんな可愛げがなくて生意気な妹のために命を張るあいつは馬鹿だ。けれど、そんなあいつに甘えたままの私はもっと馬鹿だ。……私はどうすればいいんだろうか? このまま妹という立場に甘えて、全部あいつに戦わせるなんて言語道断だ。そもそも、あいつ一人であの連中を倒すなんて無理な話だし、私も協力しないといけない。でも、私に何が出来る? 幻影と銃撃で敵の気を引く以上のことが出来ない私がいても、足手纏いにしかならない気がする。

「おや、妹君じゃないか。こんなところでどうしたんだい?」

「……」

 すると、小屋に宗近が帰ってきた。……ここの家主ではあるんだけど、私はこいつが気に入らない。というか、そもそも私は家族以外の人間が嫌いだ。真由美はまあ例外、幸太郎もパーティ組むくらいは認めてもいいけど、この男は許容出来ない。だから、私はこいつの言葉を無視して無反応を貫いた。

「ふむ。ルシフル君と違ってシャイなんだね。まあ、女の子なら男相手に警戒してしまうのも仕方ないか」

 そんな私を気に留めず、宗近は小屋の奥へ入っていく。奥に置いてある木箱の中を漁ると、何かを持ってこちらに戻ってくる。

「それで妹君。君はそうやって、お兄さんが修行している間も怠けているつもりかい?」

「……喧嘩売ってるの?」

 私の隣に立った宗近に煽られて、私は思わず反応してしまった。我ながら煽り耐性が低い。

「別に、そんなつもりはないよ。でも、君はそれでいいのかなと思っただけさ」

「……」

 この宗近という男は、一々私の感情を逆撫でしてくる。そもそもの喋り方からして、町にいた時に絡んできたクソ野郎を思い出してムカついてしまう。

「僕の専門は剣術だから、銃を使う君に教えられることは少ない。けれど、多少のアドバイスくらいは出来ると思うよ」

「……胡散臭いわね」

 それでも、こいつの言うことにどうしても食いついてしまう。……ああ、何故なのか分かった。こいつを見てると、彼のことを思い出してしまうからだ。ルシフルとは別の、私の兄。私たち兄弟の長男に、こいつは似ているのだ。

「僕は剣士だけど、剣士というのは対人戦のエキスパートでもあるからね。そういう観点でなら、君の役にも立てると思うんだ」

 私たちの長兄は二十歳は超えていたから、この世界には転生していないはずだ。つまり、もう絶対に会えない相手。そんな彼のことを、こいつは思い出させる。だから私はこいつを無視し切れない。こうやって上から目線で講釈を垂れるところなんかはそっくりだ。

「例えば、君が使う銃は遠距離攻撃用の武器だ。故に、懐に入られると厳しい。察するに、ルシフル君が前衛で君を守りつつ、君が彼を援護していたのだろうね」

 宗近は、私たち兄妹の戦闘スタイルをあっさりと言い当てた。ルシフルと手合わせしたことであいつのことを理解したと宣ってるし、私のこともついでのように理解したとでも言うのか。大して関係が深くない相手に自分を理解されているというのは気持ち悪さしか感じない。鳥肌が立ちそう。

「でも、それは彼にとって負担が大きい。……この世界において、銃は必殺の武器にならない。生前の世界なら安全圏から銃弾を撃ち込めば終わる戦闘も、ここでは援護以上の力を発揮しない。そうなれば、前衛の重要度は増してしまう訳さ」

 宗近の言うように、私の扱う銃はこの世界で大した優位性がない。この世界に来た直後から今に至るまで、ルシフルにはかなりの負担を掛けている。しかも、敵が強くなるほど私に出来る援護も減っていく。幸太郎の加入によって前衛の負担は多少減ったけど、火力面での貢献も出来ない私は、パーティで一番の足手纏いだった。

「だから、君が近接戦を出来るようになれば、ルシフル君の負担も減らせるはずだよ」

「近接戦って……無茶言わないでくれる?」

 宗近の言い分はあまりにも滅茶苦茶だった。銃で近接戦なんて、そんなの知らない。勿論、やむを得ず近接戦をしたことならなくはないけど、それだって仕方なくだ。最初から近接戦を想定して訓練しろだなんて……。

「別におかしくはないさ。確かに、相手が懐に入って来たら銃は使いにくいだろう。けれど、銃というのは金属の塊だよ? だったら、鈍器として運用するのは難しくないはずだ」

「それは……」

 けれど、こいつの言われて思わず納得しそうになった。確かに銃は重い。これで殴ればそれなりの威力にはなるだろう。けれど、銃を鈍器にするという発想を聞いて、私はそれを受け入れたくなかった。

 私は今まで、銃を遠距離攻撃用の武器としてしか運用して来なかったんだ。射撃訓練を重ねてかなりの命中精度を出せるようになったし、狙った射線を通すことも容易になった。そんな私にとって、銃は最早体の一部となっていた。だからこそ、通常とは違う使い方を提案されて、生理的嫌悪すら抱いてしまう。感覚としては、鼻から麺を食べろと言われたような感じだ。

「別に近接戦闘を完璧にこなせとまでは言わないよ。けれど、一時的にでも自分の身を守れるようになって、君を常時守る必要がなくなれば、ルシフル君はもっと戦いやすくなる。……勿論、君が彼に甘えて、負担を強いても心が痛まないというなら、そのままでもいいと思うけれども」

 宗近はまたしても私を煽って来る。……正論だ。この男は正論で相手を徹底的に嬲ってくる。やはり、あいつと似てるだなんて気のせいかもしれない。

「僕は剣士だが、一応徒手空拳での戦い方も心得ているから、それを教えることも出来るよ。僕はルシフル君をメインで指導するから常時見ていることは出来ないが、君たちのパーティにいる前衛職の……幸太郎君、だったか。彼に相手を頼めばいい。お兄さんの訓練の間、暇してるよりはずっと有意義で健全で建設的だろう。まあ、その気になったらいつでも声を掛けてくれればいいさ」

「……はぁ」

 そう言い残して宗近は小屋を出て行った。あいつが去って、私は思わず溜息漏らす。

「……やるしかないわね」

 そして、気持ちを切り替えて立ち上がった。あの男に従うのはとても癪だけど、このまま燻っていても意味はない。私は私が出来ることをしよう。……まあ、銃で近接戦を仕掛けるというのは気が進まないけど、そこは我慢しよう。

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