援交相手も女の子だった。
ありせ
第1話 錯綜の中で
滴るよりかは打ちつける。
奏でるよりかは響かせる。
今年の梅雨入りは例年より早かった。
大粒の雨が軋ませるそれは、
私の鼓動を加速させる。
そうして湧き上がる感情を抑え込むように、息を呑んだ。
強張った手を開き、見つめる。
再び力んで、息を吸って。
スマホの液晶を睨む。
「援助交際…ね」
部屋の輪郭すら浮かばない暗闇で、スマホの光を辿る。
ネットの裏側は腐っていて、今の私には都合が良かった。
その手のサイトは精査しなくても入れる。
そこでは家出少女だとかパパ活だとか、その類を募っているヤツらが表示される。
利回りが良くて、尚且つ近場で探したら、直ぐにヒットした。
後は連絡するだけだ。
なのに
チャットを開始する前に、私の手が固まった。
己が滑稽だとでも言うように、薄ら笑いが溢れる。
中学に上がってすぐ、父が蒸発した。
母は罪悪感か、初めの内は私の世話をしてくれた。
それも家庭環境のストレスに直ぐに潰される。
薬漬けになった母は私に当たるようになって。
それでも学校に通えている内は、母に何も言えないのだ。
大学に行きたい。
そんな事を言えば、
高校も中退になりそうだ。
それでも、私は大学に行きたい。
今は、それだけでマシな職に就けるし、何より私は。
私は
学生らしい事なんて、今まで一度も出来なかった。
こんな環境だからこそ、クソみたいな日常の中で希望を抱いてしまったのだ。
その為だったら
今の自分なんて捨てていい。そう思った。
だから
私は一度拳を握って。
スマホの画面、取引先とのチャット画面を開く。
HRさん。相手のユーザーネーム。
この人の要件は、半日家で共に過ごしたり、共に買い物に行ったり。その代わりにお金を払う。単純な援交。
どう過ごすのかは考えものだが、
それくらいの覚悟はしている。
トントンと、スマホを叩いて
「お願いしたいのですが」
軽く切り出す。
相手の返答が表示されるのは早かった。
『こちらが住所です。待ち合わせは近場のバス停で。』
手っ取り早いメッセージだ。
相手のイメージは全く付かないが、話が早いに越したことはない。どうせ、そういう事をする人間の時点でゴミだ。だったらせめて話が通じる奴が良いと思っていた。
さっさと家を抜け出して、バス停に着いた。
やっぱり多少は緊張しているようで、雨が降っていた事を忘れてここへ来ていた。早めに出たから、バス停には私以外いない。
濡れた髪をまとめて、ベンチに座る。
処女だとか。初めてだとか。
そんな事を過ぎらせれば癪なだけで、だから何も考えず、拳を固めてそれを待つ。
多少の時間が過ぎた後で、
俯く目線に影が落ちた。
『傘、差して来なかったの?』
それを翳して私を見下すのは。
私と一回りも違わない、女の子だった。
「えっと」
『なに?』
「HRさん…なんですか?」
『そうだけど』
「えっと、あの、女の子…ですよね」
『そうだけど』
「え、援交…の?」
『そうだけど』
「そうだけどしか言ってなくない?」
『全部そうなのだから、仕方無いでしょ』
『あぁでもね。別に同性愛者って訳ではないよ』
一瞬、頭に過った事が否定される。
「じゃあ、なんで?」
『まあ』
『暇だから。かな』
「…………はぁ?」
あまりにも現実味の無い会話に呆けている内に、彼女の家に着いた。
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