第八話 あなたを知りたい
「本当にごめんなさい!」
アンナは頭を地面につけるような勢いで頭を下げた。
「私の勝手な行動のせいであなたを危険に巻き込んでしまって…。」
「分かったならもういいんだ。世の中には善人ばかりじゃない。優しい心に付け込んで悪さをしてくる人も大勢いるんだってことと綺麗ごとばかりじゃないってことが分かっただけ良いじゃないか。」
ミゲルは優しくアンナに声を掛ける。
「お前は甘いな。アンナのせいであんな目に遭ったようなものなのに。」
カイが厳しく言うと、アンナは再び頭を下げる。
ミゲルは慌てて止めると、カイを睨んだ。
「そんな言い方はないだろう。あれはオレが上手く対処できなかったのが原因なんだから、アンナは責められる筋合いはない。それに…、ああいうことをされるのは慣れている。今更、どうてことない。」
「慣れている…?」
アンナは首を傾げる。
ミゲルは慌てて自身の口を押えるが、今の発言はここにいる人全員の耳にしっかりと届いてしまっているようだった。
「駄目だ…。昨日から余計なことばかり口走ってしまう…。」
皆頭を抱えるミゲルを見て、これ以上聞くのはまずいかと考え、口を噤んだ。
「それにしてもまさか、本当にその子のお母さんだなんて…。」
アンナは話題を変えようとミゲルの腕に抱かれ、すやすやと寝息を立てているソニアを見て驚きの声を上げる。
「本当にびっくりだよな。」
レオもアンナに同調する。
アンリは事態がうまく飲み込めていないのか、一言も発さずに固まってしまっている。
そんなカイ、レオ、アンリ、アンナはミゲルに襲い掛かった男たちをまたアモル王城に引き渡した後、カルシダの屋敷で休憩を取っていたのだ。
ちなみに、カルシダは家事に追われていて、この場にはいない。
「でも、よくそんな産後すぐの女性の入団を許可しましたね。私だったら止めますよ。」
「俺だって入団してからこのことを聞かされた。もちろん止めた。産後すぐの状態で乳飲み子を抱えながらなんて無理だと。でも、ソヨルに説得された。」
「ソヨルが無理やり入団を許可させたってことか?」
皆が一斉にソヨルの方を見る。その視線に慌ててソヨルは首を振る。
「僕も軍にミゲルさんをスカウトしたときには、お子さんを産んだばかりということは知りませんでした。僕ももちろん止めました。でも、熱意に押されてしまって…。僕がなるべくミゲルさんの負担を減らすからということで、入団を許可してもらったんです。」
「無理やり入団を許可させたのはオレの方なんだ。」
ミゲルはそう言うと、悪戯っぽい表情を浮かべた。
ソヨルは少し困ったような表情をしている。
固まっていたアンリはようやく話が飲み込めたのか、とある疑問を口にした。
「アウルス国王やアマンド様はこのことを知っているの?」
「アウルス国王には素性のことは一切話していない。そもそもあまり顔を合わせることも少ないし、こちらにも事情があってな。アマンド様にはオレが女だということは、入団の際に打ち明けた。正直、そう言えば団長は任されないと思った。でも、実力は本物だということで結局彼の希望通り団長に任命されてしまったが…。あと、ソニアのことも話した…。というよりも、今までのオレの全てを…。そのときはアマンド様は泣いていたように見えた。だが、アマンド様はちゃんと受け止めてくれた。」
「今までの全て…。それは、ソヨルとカイも知っているのか?」
レオが問いただす。
「ソヨルには全て話した。カイには一部だけ。」
「それって私たちには教えて下さらないのですか?」
アンナの問いかけにミゲルは静かに頷く。
アンナは分かりやすく肩を落とすが、レオは諦めきれないのか、真っ直ぐにミゲルを見つめた。
「ミゲル、俺はお前のこと大切な仲間だって思いたいんだ。もちろん仲間だからって全て話す必要はないと思う。でも、ソヨルやカイには話してくれて俺たちには話してくれないっていうのは正直寂しい。俺たちのことももっと信用してくれないか?」
「信用していないわけじゃない。でも、正直、話すのが怖いんだ。受け止めきれないで重荷にさせてしまうのが怖い。」
ミゲルは声を震わせながら俯く。そんなミゲルを見かねてカイが口を開く。
「団長の言う通りだ。正直、人の過去の話なんて、受け止めきれるものじゃない。一部しか聞かされていない俺だってこの話は結構こたえた。それでも聞きたいのなら、それなりの覚悟をしろ。」
「ああ、分かってるよ。俺は大丈夫だ。」
何の根拠もなくそう言い切るレオにミゲルは少し腹が立った。
ならば少しだけ話してやろうか、ミゲルは意地の悪い笑みを浮かべた。
「昨日オレを襲っていた男、あいつはオレを商品として至る所に売り出していたんだ。大人に従うことしかできない無力な子どもだったオレを。」
ミゲルはそう言い切ると、皆静まり返った。
(ほら、話すと碌なことがないだろう?)
ミゲルは自嘲すると、カルシダの家事を手伝いに行こうと席を立った。
すると、袖が引っ張られた。
ミゲルは目線を移すと、その先には涙を浮かべているアンリがいた。
「どうしたんだよ…。」
「分かってる。僕たちなんかじゃ受け止めきれないって、でも、僕は知りたい。あんたの抱える悲しみを知りたい。それじゃダメかな…。」
アンリは涙ながらに訴える。
(ばかだなあ、そんな思いしてまで聞くような話じゃないのに…。)
「分かった。話は長くなるからお茶でも飲みながら話そう。」
ミゲルがそう言うと、ソヨルは茶の準備を始めた。紅茶の温かな湯気が辺りをそっと包み込んだ。
ミゲルは自身に注がれた仲間たちの視線を受け、そっと目を閉じた。
「これから話すのはオレ…、いや、私が“ミゲル”になる前の話だ。」
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