第二章
第一話 極秘任務
軍の団員たちは編成が正式に決まってからというもの、しばらくは訓練に明け暮れていた。
しかし、そんな中、アウルス国王からとある指示が下された。
「アモルの貧民街の取り締まり?」
レオは怪訝な表情をして聞き返す。
その場にいたアンリとアンナも同じような表情をしている。
「アモルの貧民街ではかなり昔から人身売買が行われているとの噂が流れている。その取り締まりの為に我々を派遣し治安の回復に努めたいとのことだそうだ。」
ミゲルはアウルス国王から受け取った書類を淡々と読み上げるが、隣にいたソヨルとカイは不安そうな表情をしている。
「これは軍を結成して初めての大仕事だが、相当危険な仕事になると思う。だから、参加は強制しない。とはいっても、アウルス国王はそれほど大々的な取り締まりにはしたくないらしく、俺たち軍の中心メンバーのみの任務になるため、なるべく参加してほしいというのが本音ではあるが。」
カイは説明を付け加えると、アンリが手を挙げた。
「治安の回復に努めたいのに、取り締まりを小人数で行うのはどうしてだ?」
「それは、人身売買が行われているというのはあくまで噂に過ぎないため、表面上は調査ということにしたいからでしょうね。それに、突然貧民街に大勢の軍人がやってきたら余計な混乱を生みそうですしね。だから、この取り締まりは極秘任務ということでお願いします。」
ソヨルは口元に人差し指を当てる仕草をする。
アウルス国王は自分の国に誇りを持っている人物であるが、それと同時にかなり頑固な一面があると言われている。
アウルス国王は自国で人身売買という行為が行われているということを認めたくないのであろう。
「俺は言っても良いけどよ。アンナみたいな女子を貧民街に行かせるのはちょっと危険じゃねえか?」
「そうだな。確かに今回の任務はアンナには危険かもしれない。」
カイはアンナに忠告するが、アンナはおずおずと手を挙げた。
「わ、私は行きたいです。もし本当に人身売買といった卑劣な行為が行われているのであれば、到底見過ごすことはできませんから。」
「そうか…、では参加しても構わないが、決して俺たちの元を離れるなよ。」
「ありがとうございます!」
「そうと決まれば、さっそく明日出発だな!」
レオはそう宣言すると力強く拳を上げた。皆気合が入っているようだが、ソヨルは表情を曇らせている。
(大丈夫でしょうか…。かなり嫌な予感がします…。)
翌日、一行はアモルの貧民街に向けて出発した。
「ミゲルさん、これ念の為に身に着けてください。」
ソヨルはそう言ってミゲルにフード付きのケープを手渡した。
「なんだ?これは。」
「ミゲルさんの髪色は珍しいですから、髪を売ろうとする人が狙ってやってくるかもしれません。危ないので髪は隠してください。」
「髪を売る?それはすごいな…。」
ソヨルの説明を聞いてレオはぎょっとした。
確かにミゲルの白に近い美しい銀の髪は珍しい。
とはいえ、売り物になるというのは衝撃だった。
貧民街ではその日を生きることに必死な者がほとんどだ。
金になるものはたとえ人の物であろうがお構いなしに何でも売ろうとする輩も多い。
レオたちは改めてこれから行く場所は危険な場所であるのだということを実感した。
「それでは、行こうか。」
ミゲルの号令に合わせて一行はまた歩き始める。
一歩一歩貧民街に近づくにつれて、団員の緊張感も高まってくる。
もうすぐで、貧民街に到着するといったところで、アンナが足を止めた。
服の裾を何者かに引っ張られたのだ。思わず振り向くと小さな薄汚れた少年が立っていた。
「ねえ、何か食べ物ちょうだい。」
「え…?食べ物ですか?」
食べ物は持っていないが、少しの食べ物を買うことができるだけの金は持ち合わせている。
痩せた少年を不憫に思ったアンナが金を渡すため携帯していたポーチを取り出そうとすると、カイが急いで制止した。
「悪いな、お姉ちゃんたちは仕事中でお金を持っていないんだ。他をあたってくれるか?」
「なんだよ。アテにならないな。」
少年は駆け足で貧民街の方へ行ってしまった。
その背中を呆然と見ているアンナをカイが鋭く睨みつけた。
「バカ!物乞いに食べ物ならまだしも金を渡そうとするんじゃない!」
「ど、どうしてですか?嘘までついて、ちょっとかわいそうじゃないですか!?」
「あいつがもし他の大人にお前が金を持っていることを教えたらどうなると思う?最悪金を奪うために殺されるかもしれないんだぞ。特にそういう輩はお前みたいな女性を狙っているんだ。くれぐれも余計なことはするなよ。」
レオは厳しく怒られているアンナを哀れに思ったのか、間に割って入る。
「まあまあ。カイ、危険なのはわかるけど、そんなに厳しく言わなくても。アンナは優しいからあの子を放っておけなかったんだろ?その気持ちは大切じゃないか。」
「いや、優しい以前にアンナは世間知らず過ぎる。そんな甘っちょろい考えは捨てなければ、この世の中を生きていくことは無理だ。」
カイは吐き捨てるように言うと、さっさと先へ進んでしまう。
アンナは自分の考えが否定されたことがショックだったのか、涙ぐんでいる。
アンナはどうしてもカイの言うことが納得できないらしい。
レオを含めた団員たちもカイに正論を言われてしまい、どんな言葉をかけたらいいのか分からない。
重苦しい空気の中、いつの間にか空には暗雲が垂れ込めていた。
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