第11話 イビツとユガミ
「父兄以外の異性の送り迎えは禁止だそうです」
復学初日の午後、在智は自動車で妻を迎えに行った。シルクハットの紳士として以前から女学生たちの噂の的になっていた美青年が校門に車をつけているとあって、それはもう大変な大騒ぎとなった。
美弦は学長に呼び出されて、注意をされたのだった。
「風紀を乱すと言われてもなあ。僕は君の夫だよ」在智は車を走らせながらぼやく。「僕はこっそり裏門の方へ行ったというのに」
「明日からまた市電で通うことにしますね」
「いや、うちの周りは坂道が多い。そんなところを毎日歩かせるなんて」
「子どもじゃないんですから、良い運動になりますわ」
「コドモ?」
「コドモ?」
突然、後部座席で童子の声がした。
「あ、こら、おまえたち。勝手に車に乗るなといっただろう」
美弦が助手席から振り返ると、後ろに小さな男児と小さな女児がちょこんと腰掛けている。
「あらまあ。弟さんと妹さんですか」
「違う違う。ほら、お前たち、出てきたんだったら挨拶くらいしろ」
二人は座ったままちょこんと頭を下げる。
「拙ハ、イビツ」
「わっちハ、ユガミ」
小さな髷を結っている男児がイビツ、おかっぱ頭の女児がユガミと名乗った。
「こいつらは、飼い慣らしたあやかしだ」
「……人語を解するのは神級妖魔では」
「いやいや、見ての通り小者だよ。言葉は、教えてみたら覚えた。人型をとれるから人語の発声が比較的容易なんだろう。あまり複雑な話は理解できないようだ」
「ミツル、オクサン?」
ユガミは興味津々で、ミツルに顔を寄せて話しかけた。
「ええ、いちおうね。ユガミちゃん、イビツちゃん、よろしくね」
「美弦さん、こいつらにあまりなじまない方がいい。あやかしはあやかしだ。人間とは違う」
「そうでしょうか……。とても友好的ですよ」
「人間のふるまいの真似をしているだけだ。あやかしの本質はどうしたって混沌だよ」
「なぜ、手なづけたのでしょうか」
「番犬というか、炭鉱のカナリアというか。あやかしの気配を察知するのはあやかしの方が早い。ふだんは小石川の家にいて、何かあったら僕に知らせるように躾けてある」
「そういえば、前から聞いてみたかったのですけれど、名主の滝で大蝦蟇に出くわした時のようなことは、よくあるのでしょうか」
「普通は、ないよ。君の御母上がおっしゃった通り、当世の都市であやかしが人間を襲うことなんて、そうあることではない。あやかしはひっそりと潜んでいる」
「それなのに番犬として?」
「残念ながら、僕の命を狙う者がいるということさ」
在智は物騒なことを言って、口をつぐんだ。
しばらく無言のまま車を走らせていた在智は、前方の人だかりを見つけて声を上げる。
「おや。あれは何だ」
歩道の一角に通行人が滞留している。誰かが何かを大声で周知しているようだが、はっきりと聞き取れない。
在智は車を一時停止して、少しドアを開けた。
「ごうがーい! 号外! 内親王殿下ご誕生!」
新聞売りが号外を配っているのだった。
「おめでたいですね」
「そういえば兄らは警護のために呼び出されていたなあ」
「今はもう、呪術士がお産に立ち会うことはないと聞きましたが」
「ああ、産屋に立ち入るのは医師と産婆だけになっているね。でも相変わらず産屋の周りに安産祈願の祈祷師の群れはいるし、銃や刀で対応できないあやかしを祓うために
「やっぱり、癒しはお医者様の領分になったのですよね……。昔は帝室のお産といえば、
美弦はため息をついた。
かつて、この東京が江戸と呼ばれた時代に、非力な女性があやかしから身を護るために、複雑な髷の中に護りのまじないを込めて油で固める
そんなわけで、玖巳家の結髪の技術は帝室の女性には必要とされなかった。その代わり、男性の髷を結うこと、そして癒しと護りのまじないを必要とされて帝室に侍っていた。
ところが、文明改花に伴って男性が髪を切り、西洋の発達した医学が流入したことによって、帝室と玖巳家のつながりは急速に細くなってしまったのだった。
「軍服の
嘆息する美弦に、在智はなぐさめの言葉をかけた。
「ありがとうございます」
美弦は力なく微笑んだ。
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