第34話 パーティー


 盃都はいど松子しょうこ柳田燕大やなぎだやすひろの家にきていた。正しく言うと、松子は清鳳きよたかと共に、盃都は同級生たちと共に来ていた。


「ねえ、清鳳、貴方たちっていつもこうしてパーティー開いてるの?もしかして貴方の家もこうなの?」

「まあ、そうだな。俺のうちもたまにやってるけど、あれはほとんど親族が集まるやつだからな──業界の人間呼んでもどうせ身内だらけだし。でも燕大のお父さんが開くパーティーはこうして色んな人が集まるからね。俺もゲストの一人として家の人間とは別で呼ばれるくらいだ。燕大のよしみでだけど」

「ふーん……政治資金パーティーみたいな?」

「そういうのはちゃんと収支を記載できるように、ホテルの会場でスタッフも雇ってやってる。今日のはもっと身近な人たちを呼んで親近感を持ってもらったり、住民の声を聞くために燕大のお父さんが全部自腹でやってるやつ」


 松子が燕大の家のリビングに集まる人を見回す。目に入ってくるのは結婚式に参列するような服装をしてる人たち。その人たちを片っ端から紹介してくれる清鳳。年齢問わずこの場にいる人間ほとんどを把握している。幼い頃から社交界にいるのであろうことがうかがえた。清鳳のおかげで松子は誰に声をかけるべきなのかはすぐにわかった。何故なら、今、松子と盃都が目をつけている人物が目の前にいるからだ。


 松子はその人物の元へ自然と清鳳を誘導して歩み寄り、ターゲットに背を向けて、清鳳と話をしながらその人物にぶつかる。


「あ、ごめんなさい」

「──いえ、お怪我はありませんか?」

「はい、大丈夫です。私の不注意で、すみません」


 秋林宗佑あきばやしそうすけに接触することに成功した松子。ぶつかった後はどんな言葉を交わせばいいのか。ぶつかってから考えようとしていた松子はしばし迷っていた。だが社交の場に慣れている清鳳が勝手に動く。嬉しい誤算だ。


「秋林さん。お久しぶりです。いつも祖父と母がお世話になっております」

「清鳳くんかい?随分大人になって〜!いや〜久しぶりだね!私こそ、君のご家族にいつもお世話になっているよ!」


 秋林はが片手を差し出し、清鳳はそれに応えて固い握手をしている。二人が軽く近況を話していると、秋林は清鳳の横にいた松子に目を向けた。


「こちらのお嬢さんは、清鳳くんの彼女かい?」


 あらぬ疑いをかけられた松子は笑顔で訂正する。

 

「いえ、同級生です。斎藤美緒さいとうみおと申します」

「初めまして。親御さんは何やってる人?」

「普通の会社員です。ここにいる皆さん、素敵な装いで。私だけ場違いかなって思ってたところです…」

「そんなことはない。私は燕大くんのお父さんの後援会の代表をやってる秋林です。今日はラフなパーティーだから、もっと気を楽にしてくれていいんだよ」

「ありがとうございます」

「今後気が向いたら、柳田議員の後援会にも参加してくれるとありがたいね」


 秋林はそう言って二人のもとを離れて別の人の挨拶へと向かった。松子は清鳳に尋ねる。


「後援会って、何?清鳳も会員?」

「まあ、一応な。何かイベントがあったり、選挙があれば俺は燕大のお父さんのため選挙区を駆けずり回ってるよ」

「ふーん……大変だね」

「まあどのみち、燕大が立候補する時は俺か菜月なつきが、今度は燕大の後援会を立ち上げると思うけどな…だから今はその予行練習ってわけ」

「……清鳳、アンタ意外といい奴なのね」

「どういう意味?」


 意外と仲間思いの清鳳。同窓会の時はワックスで遊んでいた茶髪の頭も、今日はおとなしい。服や礼儀もきちっとしている。それでもSNSから見えてくる遊び好きであろう清鳳からは想像できない姿である。


 集団をまとめる役目は怠くて逃げそうだな──と思っていた松子は予想を裏切られる。だが同時に思い出した。インスタで見た洞牡丹が出てくる前までの清鳳を。真面目な優等生が撮ったようなつまらない写真ばかりだった。その中には生徒会の写真であろうものが数枚あった。中学生の時に生徒会長として入学式や卒業式で祝辞や答辞を述べていたであろう写真、高校の文化祭の活動写真や部活動で全体をまとめているであろう写真もあった。責任感を持って集団を取りまとめ、運営指揮して下の者の面倒をみる能力は生まれながらに持っているのだろう。


「ねえ、清鳳は高校の時も生徒会長だったっけ?」

「いや、俺は副会長。会長は燕大。だから、後援会の会長になっても、多分高校の時の副会長の時みたいなノリでやるんだろうな──」

「ていうかさ、燕大って、政治家になるの?」

「今更何言ってんだ?」

「だって、別に親と同じ仕事したいわけじゃないでしょ?燕大とかお父さんの雰囲気とは違うというか、政治家っぽくないっていうか……まあ、それでも意思があれば別なんだろうけど」

「仮に燕大が政治家以外の道を夢見ていたとして、俺たちに自由に将来を選ぶ権利なんてあると思ってんの?」


 当然とでもいうような言い方をする清鳳。自我を持つことを諦めているのか、自分も親と同じ道を進むことを疑いもしないのか。清鳳が女遊びが激しいのは人生に自由度がない反動か?──とも思った松子。


 だが今はそんなことは気にしていられない。秋林ともう一度コンタクトを取って霜月紅葉と関連があるのか調べるか、窓際でおそらく父親の柳田雨竜であろう人物と共にいる柳田燕大に接触をするか。今日の松子には清鳳に構っている暇などない。どちらかと言えば、松子は自分の印象を残さないためにも清鳳を使って容疑者たちと接触する機会を作る方向に持っていきたい。


 松子が次は誰に声をかけようか迷っていた時、柳田雨竜の元へどこかで見たことがあるような女性が近づいていく。その女性は柳田雨竜へ一礼して、二人は二階の部屋へ向かう階段を登っていく。この家のリビングは広く、ニ階への階段がリビングの中にある。先ほどから柳田はスーツを着た男性や着飾った女性と二階へ行ったり来たりしていた。二階に応接室か書斎でもあるのだろうか。松子は清鳳に尋ねる。


「ねえ、ニ階って何があるの?」

「商談とか、個人で内密に話を進めるときに自由に使っていいって言われてる部屋がある。俺たちもたまに二階にある燕大の部屋で休憩してるけどね──。あとはトイレとか?燕大の家広いからな」


 二階にもトイレがある家。そういう規模の大きい家だ。きっとそれ以外にも部屋はあるだろうが、燕大が一階から離れない様子を見ると、今、招待客が行き来できるのはその応接室だということだろう。

 

「じゃあ今、燕大のお父さんと一緒に歩いてる人って誰?今日初めて見た気がする」

「ああ……、確か霜月さんっていう警察官だっけ?」


 またもやターゲットのうちの一人を目撃することになった松子。あの二人がどんな会話をしているのか気になってしょうがない。だが今、清鳳を置いて行動するのは不自然すぎる。なんとか霜月と柳田議員の関係性を知らなければならない。

 

「政治家が警察官と二人で何を話すって言うの?」

「──なんでそんなことが気になるんだ?」

「だって、警察官ってなかなか知り合えないし。見た感じ女性の警察官は年齢若そうだし。どんな関係なのかなーって思って」

「……確かに。そもそもどうやって知り合ったんだ?見た目的に俺らの方が年齢近いよな──燕大経由?いや、だったら俺らも知ってるはず……。そう言えば、霜月さんは気づいたら後援会にいたんだよな」

「気づいたら?いつ?」

「確か高校生の頃に後援会に行った時に初めて見て、さっきの秋林さんに聞いたんだ。秋林さんは霜月さんと知り合いって感じだったな。秋林さんに聞いたらわかるかもな、関係性は」


 どうやら清鳳は霜月の存在は認識しているが、議員や秋林との関係性は知らないようだ。清鳳はこのまま秋林のところへ行き霜月について聞いてきそうな勢いさえある。しかし松子は2階に行った二人の会話をどうにか盗み聞きしたい衝動に駆られる。あることを思いついた松子は清鳳にトイレに行くと伝えて離れ、ちょうど一階のトイレだろう場所の横に立っている盃都にすれ違いざまに声をかけ、トイレに並んでいるふりをして壁にもたれかかり盃都と会話をする。


「議員と霜月紅葉が二階の応接室で何か話してるみたい」

「え?」

「二人の会話を聞いてきて」

「いや、俺が行ったら不自然でしょう。初めて来た他人の家の二階に行くとか。案内されたわけでもないですし」


 盃都の意見は真っ当だ。この広いリビングから見える位置にある階段を登れば、このフロアにいるすべての人の注目を浴びる。トイレとはいえ、知らない人間が家主に案内されずに一人で二階に行く様子は異様に映るだろう。

 

「そっか──じゃあ私が行く。さっき清鳳にトイレが二階にもあるって聞いたから、一階が満室だったって言えば大丈夫でしょ」

「一人で大丈夫なんですか?」

「二人一緒にいるところを見られるよりマシ。それより清鳳が秋林に議員と霜月の関係性を聞くかもしれないから、アンタは清鳳と秋林の会話が聞こえる場所で盗み聞きして」

「わかりました……松子さん、何かあったら知らせてください」

「私が連絡するまで絶対に上がってこないでよ」


 松子は盃都の言葉に頷いてそう言うと、清鳳の元へ寄ってから二階へと向かった。清鳳はすぐに秋林の元へと向かう。それを見た盃都は清鳳の近くにある軽食が並んであるテーブルの近くへ行き、メニューを選んでいるふりをして立ち聞きする。


「秋林さん、ちょっと聞いていいですか?」

「清鳳くんか。なんだい?」

「霜月さんって、燕大のお父さんとはどういう関係なんですか?」

「──いきなりどうしたんだい?」

「いや、警察官とどうやって知り合ったんだろうなって、ふと思っただけです。他に警察官が後援会に来てるのは見たことがなかったので」


 清鳳の質問に秋林の表情に一瞬焦りが浮かんだ。何かを隠している。盃都はそう思った。そして清鳳はそのことについて知らない。だから秋林は清鳳に聞かれて驚いたのだろう。秋林はニコニコとした穏やかな表情をキープしてはいるが、口元がわずかに左右非対称に引き吊っている。


「霜月さんは私の知り合いだよ──彼女、議員の支持者だったから、私が後援会に誘ったんだ」

「秋林さんのご紹介でしたか。なるほど。いや〜燕大も俺も知らなかったので、議員が一介の警察官とどうやって知り合ったんだろうって不思議でした。燕大が警察のお世話になるようなことなんてしないですし」

「そうだね……」

「まさか秋林さんが警察にお世話になったわけではないでしょうし、どういったお知り合いですか?」

「いや、まあ──飲み屋で偶然会ってね、それから話すようになったんだよ……」

「へ〜警察官行きつけの飲み屋とかあるんですか?ぜひ教えていただきたいです」

「君は昨日成人式を迎えたからね、今度君も誘うよ」

「楽しみにしてます」


 秋林は会話中、二階を横目で見ていた。会話に登場した議員と霜月が二階にいるからだろうか。何かが知られる可能性に焦っているのだろうか。今、知られてはならないことが二階で起こっているのだろうか。盃都はそう思うと松子の身に危険が迫っているような気がして心配になる。だが二階には来るなと釘を刺されているため、根拠もなく禁止された行動をするわけにはいかない。秋林が離れたのを確認して盃都は軽く息を吐いて決意するとテーブルを超えて清鳳の元へと向かう。


「初めまして。今日はご招待いただき、ありがとうございます」


 盃都はそう言って清鳳に片手を差し出した。その手と盃都の顔を交互に見る清鳳。それはそうだ。ホストでもないのに見ず知らずのゲストから招待をお礼を言われるなんて、ホストを知らない招かれざる客が来ていると思われて当然だ。清鳳は一瞬眉間に皺を寄せるも、すぐに営業スマイルになって盃都が差し出した手を取って握手をした。


「どうも……えーっと、俺は燕大ではないですけど、柳田家を支持する者としてお礼を。で、どちら様?同級生くらい──ですよね?」


 盃都は咄嗟に勘違いしたふりをする。


「あ、そうでしたか。すみません、てっきり、政治家のような気品があったので、貴方が議員のご子息かと。僕は議員のご子息と同級生の佐藤大輝さとうだいきと申します」


 清鳳は佐藤大輝という名前にピンと来ていない様子だ。つまり、昨日の夜、松子に脅しをかけた菜月が言っていた“佐藤大輝と斎藤美緒が事件を嗅ぎ回っている”というタレコミがあったというのは、清鳳からではないということだ。斎藤美緒のことは菜月と話したかもしれないが、佐藤大輝のことは話していないことがわかる。そもそも佐藤大輝という人間を知らないのだから。


 盃都は偽のプロフィールを自己紹介する。


「初めまして、ですね。僕は高校3年間ほとんど不登校だったので……知らない人が多いのは当然なんです」

「ああ……だから。俺は貴方と同じく議員のご子息と同級生の桐生清鳳です。不登校だったのなら、こうして声をかけるのも勇気がいったでしょ?」

「お恥ずかしながら……でも、貴方に声をかけて正解でした。無碍にせず取り合っていただけて。今日はこれだけで十分です。ありがとうございます」

「堅っ苦しいのはやめよう。初対面でも同級生ってことには変わりないんだから。もともとどこのクラス?俺、自分のクラスは不登校の人でも全員知ってるから」

「ああ──、ええっと、1年から3年までF組」

「Fってことは理数科?頭いいんだね、大輝くん。俺はずっと文系科目メインだったよ。今もそうだけど」

「そうなんだ──、何学部?」

「教育」

「じゃあ、将来は先生か。うん、君ならどんな生徒でも導けそう。こうやって僕にも親切にしてくれるんだから」


 盃都は一か八かで声をかけた清鳳が思いの外、愛想がいいことに驚いた。その愛想の良さを利用して松子が二階に消えて時間が経っていることを清鳳に悟られないために盃都は清鳳との会話を必死に繋いだ。

 

 

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