この素晴らしき世界よ

スドウ ナア

プロローグ

 ナルドグレーのアウディが交差点を右折した。ずいぶんスピードが出ていた。派手なスキール音を鳴らしてスピンしてもおかしくない。危険な運転だった。

 実際のところ、音はしなかったし、スピンもしなかった。車両の制御技術が進歩している。ドライバーの無理な操作を受けとめるふところの深さが車の側にある。

 そのアウディが、たまたま僕の携帯の動画に映り込んでいた。ナンバーもしっかり読み取れた。


 「グレーのアウディがまったくもってひどいスピードで交差点を右折したんです」僕は慎重に言葉を選んで、交番でそのように伝えた。

 「何か証拠はある?」制服を着た警官が言った。面倒そうだった。


 「はい。あります。確かな証拠が」ごく控えめな調子で言った。あふれる自信のせいで尊大な態度にならないように注意して。

 ポケットからGoogleピクセル取り出し、画面を警官に向け、再生ボタンを押した。6.1インチの画面の中で、グレーのアウディが猛スピードで交差点を右折した。警官は動画をじっと見ていた。

 3回ほど動画が繰り返したところで僕は聞いた。「どうです?」

 警官は目線を上げて言った。「最新型のRS3」

 「え、なんです?」

 「アール、エス、スリー。時速0kmから時速100kmまで3.8秒で加速する。ニュルブルクリンクを7分33秒で走る。ちょっと前のポルシェGT3より速いタイムだ。化け物だよ。お手上げさ」警官はおおげさに両手をあげた。


 僕の中の自信が真夏のジェラートの速さで形を失っていく。「僕にできることはありますか? グレーのアウディは、ものすごいスピードで交差点を右折したんです。ナンバーも映ってる」


 警官はじっと僕を見つめて言った。「しかし君ね、こいつはただのアウディじゃないんだ。上品な奥様の買い物車じゃない。正真正銘のスポーツカーさ。最新型のRS3なんだ」


 それだけ言うと、警官は僕の手にGoogleピクセルを置いた。Googleピクセルは、ワタシは決してあきらめないという感じで動画を再生し続けていた。アウディは交差点を右折し続けていた。

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