第2話

第二章 正しさだけじゃ生きられない


午後の図書館は、しんと静まり返っていた。

窓から差し込む光が机の上のノートを白く照らし、鉛筆の走る音だけが響いている。

誰もが「未来のため」に勉強しているように見えた。


翔もまた、教科書を開いていた。

だが、ふと隣の机に目をやり、息を止める。


小さな紙切れ。そこに並んだ答えの数字。

それをノートへ写している同級生の姿。


翔の胸が熱くなる。

正しくない。

間違っている。

その衝動に突き動かされ、彼は思わず立ち上がった。


「そんなの、ずるいだろ!」


図書館の空気が一瞬で凍りついた。

周囲の視線が集まり、答えを書いていた学生は顔を真っ赤にする。

場の静けさを壊した翔の声は、正義感にあふれていたが、重たく響いた。


その腕を、璃音が慌てて引いた。

「やめて。今ここで言わなくてもいいでしょ」


「でも、正しいことは正しいって言わなきゃ!」

翔の声は震えていた。


璃音はしばらく彼を見つめ、静かに言った。

「……その言葉で、誰かがもっと傷つくかもしれないよ。

 あなたの正しさが、誰かを追い詰めることもあるんだよ」


翔は言葉を失った。

自分の正しさが、璃音を悲しませている――その事実に気づいた瞬間、胸の奥で何かが崩れ落ちた。


図書館の静寂が戻る。

鉛筆の音が再び響き始めた中、翔と璃音だけが沈黙を抱えたまま座っていた。


正しさだけじゃ、生きられない。

けれど、優しさだけじゃ答えにならない。

翔はその狭間で、ただ拳を握りしめていた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る