第12話 胃もたれ

 胃もたれをしている。四日前から、ずっと胃もたれしている。水を飲んでも胃の上あたりで詰まったような感覚がある。食べ物を飲み込む時は、水と一緒じゃなければ飲み込めない。


 シェーグレンは唾液の量が減るが、胃液の量も減るらしい。そして萎縮性胃炎になりがちだという。


 もしかしてそれかなぁと、考えている。明日明後日まで胸のつかえが取れなければ、病院に行ってみようと思う。


 そして話は変わるが、ちょっと暇つぶしにでも聞いてほしい。

 我が家は母子家庭で、私は病弱で、貧困家庭だった。今もギリギリ生活をしている。

 子供に貧困を感じさせたくなくて、子供が欲しいものはある程度買い与えてきた。飢えさせたこともない。その分、私は自分に対して罰のように、お金をかけてこなかった。


 美容室は一年に一度、680円の激安美容室へ。洋服は姉のお下がり。ブラジャーは考えてみたら15年ほど買っていなかった。

 自分にかけるお金は病院代くらいで、化粧品はダイソーで買い揃えていた。日焼け止めも塗らず、美容にも趣味にもお金をかけなかった。


 この前肝臓がんかも知れないという、最悪のパターンを考えることがあったが、それからちょっと気持ちが変わってきた。

 生活に昔よりはゆとりが出てきたこともあるが、久しぶりにブラジャーを買った。あと靴下。

 私は私を満たして死にたいと思った。子供たちが健康に生きてこられただけで、一番の願いは満たされているが、もっと人間が人間でいるためのこと、自分を大切にすること、それをしていこうと思った。


 私は運が良いというか、周りに恵まれたんだと思う。お金がなくて子どもたちにバレないようにプロテインだけを飲んでいた時は、友人がお米を送ってきてくれた。別の友人からは調味料なども送ってもらったことがある。人に頼らない、甘えない生き方をしていた私に、友人が「ゴミ箱をあさってでも生きたほうがいい」といい、それを聞いてから少し人にも頼るようになった。


 ゴミ箱をあさってでも生きろ、という言葉は、早く死にたいと思っていた私の後頭部を撃ち抜いた。言った本人はそんなつもりはないと思うんだが、私にとっては人生を変える一言になった。


 あれから数年経って、病気になって、今、また考えが変わろうとしている。

 私はもう少し、自分を大切にしたい。子供や友人にしてきたように、自分のことも愛したい。自分のためにお金を使うことを許したい。他人を愛するように、自分も愛さなければならなかった。


 それでも今私がそう思えるのは、30代の私が精いっぱい生きてきたからだろう。全身全霊で生きてきたからこそ、自分を許せて、大切にしようと思えているんだろう。


 昔、小学生の頃に大切にしていた蛙の置物があった。2センチほどの陶器の小さな置物だ。

 ある日、母に捨てられてしまい、ずっと悲しかった。

 昨日、メルカリで似たものを探し出し、購入した。私は、私を癒そうとしている。


 普通の人が、普通に自分を愛するように。

 私はこれから、それを手に入れていきたい。そして本当に死ぬときには、満たされて死にたいのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る