第5話「束の間の平穏」
荒野に吹き荒れた嵐のような激闘から三日。移動要塞「ヴェールライト」は、灰域を離れ、緑がわずかに残る平原をゆっくりと進んでいた。原始高龍との戦いで、ノーヴァの「フル・ダブルバーストコア」は原始高龍を打ち倒すも、彼女の能力は一時的に失われた。その代償は、彼女のAIとしての機能の大部分を停止させるほどに重いものだった。
ヴェールライトの艦橋に、いつもの賑やかな声はなかった。アイリスはぼんやりと窓の外を眺め、カノンも静かに隣に立つ。
「うへ〜、なんだか、世界が灰色に見えちゃうよ〜」
アイリスが気の抜けた声で呟く。
「ノーヴァがいないと、こんなにも静かなのか……」
カノンも寂しそうに付け加えた。
そんな二人の様子に、アズールは静かにため息をついた。
「騒がしかった方がマシだったか……」
「まぁ、多少はな」
リコが笑いながら二刀の手入れをしている。
「しかし、ノーヴァの能力が戻るには時間がかかる。その間、どうする?」
ゼロックが冷静に問いかける。
「……創造主の言葉を信じるなら、俺たちは『永遠の庭園』を目指すしかないよ」
シグナスは静かに答える。彼の隣には、心配そうに彼を見つめるシオンがいた。
「わ、妾も一緒なのじゃ!シグナスが辛い時は、妾が支えてあげるのじゃ!」
シオンは胸を張って言ったが、足がもつれてよろめき、シグナスが慌てて支える。
「頼もしいけど、無理はしないでくれ、シオン」
その様子を微笑ましく見守るメンバー。いつものように、彼らの間に穏やかな空気が流れる。
だが、ヴァーチェは一人、端末の解析結果を見つめていた。
「祭司が言っていた『名も無き光の神』……その存在は、古き預言に記されていました。しかし、それ以上に重要なのは――」
ヴァーチェは、吸っていた煙草を灰皿に押し付ける。
「この世界には、まだ我々の知らない領域があるということです。そして、それは『始まり』ではなく『終わり』に繋がる道です」
その言葉に、一瞬で場の空気が張り詰めた。
「どういうことだよ、ヴァーチェ」
カノンが顔を険しくする。
「…『名も無き光の神』と対峙するには、『テルミナス』と呼ばれるアーティファクトが必要不可欠です。それは、創造主が世界を創造した時に生み出されたものであり、同時に世界を滅ぼす力を持っています」
ヴァーチェは淡々と語る。
「世界樹に必須、か……。そんなものが、どこに?」
シグナスが問いかける。
「…古き文献によれば、このアーティファクトは、二度と使われないように世界の最深部に沈められたそうです。その場所は、かつての『神々の戦場』……」
その言葉に、一同の顔に緊張が走る。
「…創造主は、我々に『テルミナス』を回収させようとしている。だが、その目的は……」
ゼロックが言葉を続ける。
「……奴は、我々がその力を使って、神を滅ぼすのを望んでいるんじゃないか?」
シグナスが静かに言った。
「……そして、その先にあるのが、我々の記憶と世界の真実、ということか……」
アズールの言葉に、皆が頷く。
「……しかし、その先にあるのは、本当に真実だけなのだろうか」
ヴァーチェの不吉な予言めいた言葉に、再び沈黙が落ちる。
その日の夜、シグナスは医療区画で、眠るノーヴァの隣に座っていた。
「……お前がいないと、静かすぎるよ」
そっと手を握る。ノーヴァの体は冷たく、AIとしての活動はほとんど停止していた。
「…この旅は、お前を危険な目に遭わせる。俺たちの記憶を取り戻すために、お前を壊してしまうかもしれない。それでも、俺は……」
シグナスは、言葉を続けることができなかった。
その時、ノーヴァの瞳が僅かに光り、小さな声が聞こえた。
「……私は、あなたの……光……」
それは、ノーヴァが過去の記憶の中で、誰かに言われた言葉だったのかもしれない。
シグナスは、ノーヴァの手を強く握りしめた。
「そうだ。お前は俺たちの光だ。だから、必ず戻ってきてくれ」
ヴェールライトは、やがて太古の神々の戦場跡へと向かって進み始める。そこには、テルミナスの力が眠る場所、そして、彼らの運命を大きく左右する新たな試練が待ち受けているのだった。
食堂 ― ささやかな晩餐夜。
ヴェールライトの食堂には、かすかな灯りと温かな香りが漂っていた。
ラシューシャが大皿を抱えて現れる。
「はいは〜い、今日のご飯は特製シチューだよ〜! お肉はちょっと固かったけど、まぁ愛情でカバー!」
「……それ、ほぼ毎回言ってるよな」
カノンが苦笑しながらスプーンを取る。
「愛情って万能だからねっ」
ラシューシャは胸を張り、鍋を机に置いた拍子にスープを少しこぼす。
「あ、熱っ! だ、大丈夫だよぉ!」
「……全然大丈夫そうじゃないのじゃ」
シオンがすかさず突っ込みを入れる。
「うへ〜、なんか平和だねぇ〜。こうして食べてると、戦いのこととか全部夢だったみたい〜」
アイリスは眠そうにシチューをすくいながら、椅子の背もたれにだらんともたれる。
「お前は夢の中で食ってるんじゃないか?」
リコが笑いながら二刀を机に置き、豪快に食べ始める。
「食い方が戦闘狂すぎるんだよ……」
ゼロックが端末を操作しつつ呆れた声を漏らす。
アズールは黙って口をつけ、すぐにスプーンを置いた。
「……味が濃い」
「うっ、やっぱり〜!? いやいや、でも心はこもってるからっ」
ラシューシャは慌てて言い訳する。
ヴァーチェは煙草をくゆらせて肩をすくめる。
「……まぁ、焦げ臭くなければ上出来でしょう」
小さなやり取りが続く。
そこには確かに、戦場では得られない“日常”の温度があった。
小さな誓い
食後、甲板に出たシグナスとシオン。
満天の星が広がり、ヴェールライトの進む轍を照らしている。
「……なぁ、シオン」
「どうしたのじゃ、シグナス」
「……俺は、この先どうなるのか分からない。テルミナスを手にしても……神を殺せる保証なんてない」
シグナスの声は夜風にかき消されそうに弱い。
シオンはそっと彼の袖を握りしめた。
「妾は、シグナスと一緒におるだけでよいのじゃ。どんな結末でも……妾は支えるのじゃ」
その言葉に、シグナスはわずかに笑みを浮かべる。
「……ありがとう。俺も、お前を必ず守る」
二人の影が、夜の風に溶けていった。
同じころ。
医療区画で眠るノーヴァの体から、ごく微かなノイズが走っていた。
「……ノーヴァ?」
異常を察知したゼロックが端末を確認する。
モニターに、未知のコードが浮かぶ。
《接続要求――許可せよ》
だがその文字はすぐにノイズにかき消され、消えてしまった。
ゼロックは眉をひそめ、端末を閉じる。
「……束の間の平穏、か。どうやら長くは続かないらしいね」
翌朝
ヴェールライトは、かつて「神々の戦場」と呼ばれた大地の境界に到達した。
荒れ果てた大地に、黒い塔の残骸が幾重にも突き立ち、空は不吉な光に満ちている。
その先に――テルミナスが眠る。
仲間たちは互いに視線を交わし、言葉なく武器を手にした。
安寧は終わり、再び試練の時が来る。
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