12-告白

 この細い身体にこんなにも多くの血液が入っているのかと思うほど御城の周りは血の海となっていた。それでもまだ御城から血が流れ続けている。

 すでに呼吸が浅くなっている御城の体温は氷のように冷たくなっていた。


 「カエデ...カエデェ!!」


 ヴァニタスは騎士服を脱ぎ、御城にできたその大きな爪痕に当て、必死に止血を行う。御城の状態にすでにヴァニタスは冷静さを失っていた。


 「だい...第五班はいないのか?」


 第五班は所謂医療班のことである。

 討伐遠征にはその危険さから必ず一人から二人の聖属性の魔法を行使できる者が同行する決まりになっている。

 しかし今回の討伐に関しては、聖属性魔法を行使できる御城が参加する予定となっていたため、御城以外の第五班を連れてきていない。


 「団長、これを!」


 御城の元へ三人の騎士、ルカ、リュウ、サイラスが大量の包帯を抱えて走って来た。御城の乗っていた馬車に積まれていた包帯だ。

 それを確認してヴァニタスはなるべく傷口に触れないように御城の服を脱がしていく。ルカ、リュウ、サイラスの三人の騎士は素早く包帯を巻いていく。


 「急いで王都に戻るぞ!」


 そのヴァニタスの言葉に一人の騎士は冷静に回答する。


 「...団長。間に合いませんよ。」


 それを聞いてヴァニタスはその騎士の胸ぐらをつかむ。


 「なわけねぇだろ!

 間に合わないじゃない!間に合わせるんだよ!」


 「...ゴジョー様が馬を回復させてもここまで来るのに三日間もかかってるんですよ?

 すでに呼吸の浅いゴジョー様が三日間を耐えることはほぼ...不可能です。」


 その言葉に苛立ち、ヴァニタスはその騎士をつき飛ばす。


 「包帯しか無かったのか?

 ポーションでもなんでもいい、包帯以外も積んであっただろ?」


 それに対しルカが言いづらそうにしながら答える。


 「それが...包帯以外には止血に使えるモノはなく...

 他には魔力回復薬や湿布薬しかなく...ポーションが積まれていなかったんです。」


 「...は?」


 討伐遠征にポーションを持って行かないことは自殺をしに行くようなものだ。

 ポーションは聖属性魔法と同じように自己治癒力を向上、促進させるものであるが聖属性魔法を直接施すよりかは性能が低い。しかし聖属性魔法は行使できる者が限られている。

 さらに言えば聖属性魔法を行使するためには魔力を消費する。魔力量は人によって異なるが、無限ではない。

 つまり、魔力を回復させない限りは魔法を行使できる回数には限りがある。

 そこで使用するのがポーションである。

 医療班を休ませるためにも討伐遠征にポーションを持っていくことは必須である。


 「積まれてないってどういうことだ?」


 「...わかりません。」


 その時ヴァニタスはあることを思い出す。

 先ほどつき飛ばした騎士の元へ向かい、もう一度胸ぐらをつかんで無理やり立たせる。


 「ルーク、お前...お前がやったのか...?」


 「...なんの話ですか?」


 「討伐時の物資補給担当はお前だったよな?

 なぜポーションが積まれてない?」


 「...」


 「追加で聞こう。

 なぜお前はカエデに街に行こうと誘ったんだ?

 カエデのピアスを引きちぎったあの日、なぜ俺を止めたんだ?」


 「......」


 ヴァニタスの問いかけに、ルークは無言を貫いていた。

 次の瞬間、ヴァニタスはルークを殴り飛ばした。

 その光景に周りの騎士たちは理解が追いつかないでいた。


 「サイラス、馬車をここまで運んで来い。

 オスカーはこいつを土魔法で拘束しろ。」


 「ど、どういうことで「早くしろ!」」


 オスカーは状況を理解するためにヴァニタスへ質問しようとするが遮られた。その怒号にサイラスは馬車へと走り、オスカーは土魔法でルークを拘束する。ルークは土魔法によって生成された鉄に匹敵する強度の手錠と足枷をつけられた。

 ヴァニタスは包帯を巻かれてもなお出血の止まらない御城を大事に抱えて必死に怒りを抑えているようだが、その目はゴミを見るような目をしており、その視線の先にはルークがいた。


 「団長...どういうことですか?

 そろそろ説明してもらっても...」


 「...まだわからないのか?

 こいつだよ。カエデが召喚者であり聖人であることを街中にばらした犯人。」


 「え?」


 オスカーは開いた口が塞がらなかった。

 それは他の騎士も同じらしく、「何かの間違いじゃないですか?」と声を上げる騎士もいたが、弁明することも無く無言を貫くルークを見て、誰も何も言わなくなった。


 「団長!馬車です!」


 サイラスが馬車を近くまで運んで来たらしく、ヴァニタスは御城を抱えたまま乗り込む。


 「お前たちも王都に戻れ!

 ...そいつには聞かないといけないことがたくさんある。

 必ず生きて連れて帰ってこい。」


 そう言うとヴァニタスは馬車の扉を閉め、サイラスに馬車を出すように指示を出す。

 来るときにオスカー率いる第四部隊が道の整備をしながら進んでいたからか、戻るときの方が早い。

 しかしそんなものも微々たるものだ。

 いくら急いでも時間が無い。

 ヴァニタスは冷え切った御城の身体を自身の体温と火魔法で温めながら祈ることしかできなかった。

 このままでは御城が死ぬ。

 それだけは避けたい。


 「サイラス、近くに村はないか?」


 「...ありません。」


 「商人や行商人も近くにいないか?

 少しでいい、ポーションだけでも...」


 「...サラマンダー出没に伴い、この辺一帯の避難は完了しております。

 ここら一帯はもぬけの殻です。」


 「くそっ...。」


 また御城に怪我をさせてしまったことを悔やむ。

 しかも今回はヴァニタスをかばっての怪我だ。

 サラマンダーは三体である旨報告を受けていたにもかかわらず、二体目を倒して油断したこと。ルークに物資補給をすべて任せており、ポーションなど御城を助けるために必要な薬が無いこと。すべてヴァニタスの責任である。

 わかっている。

 わかっているからこそ、自分が憎い。


 「...サイラス、氷属性の魔道具を持っているか?」


 「腕輪があります。

 何に使う気ですか?」


 「今からカエデを焼く。」


 「は?何言ってるんですか?」


 「違う。サイラスが思ってるような事じゃない。

 カエデの血が止まらない。

 だから、傷口を焼いて強制的に止血をする。」


 「......かなり危険ですよ。」


 「わかってる。

 でも今俺にできるのはこのくらいだ。」


 「...分かりました。」


 そういうとサイラスは腕輪の魔道具を使い、馬車内に氷を生成した。

 それを確認したヴァニタスは血でぐちゃぐちゃになった包帯を御城からゆっくりと剥ぎ取り、痛々しいなんてもんじゃない御城の傷跡に手をかざし、火魔法を発動させる。

 人が焼けるにおいというのは、人を不快にさせるにおいだ。

 悪臭。この一言に尽きる。

 焦げた腐敗臭のような、何とも形容しがたいにおいだ。

 それと同時に虫の息であった御城があまりの激痛に叫びだす。おそらくこれは完全なる無意識化で出ている叫び声であり、御城は何度も気を失い、何度も焼かれる激痛に起こされ叫んだ。


 「カエデ...ごめん。カエデ。」


 ヴァニタスは大粒の涙を流しながら、御城を抱きかかえ謝罪を繰り返す。

 その姿にサイラスも涙を我慢できなかった。


 御城の大きな傷は、すさまじいやけどに変わり、やっと止血することができた。

 しかし問題はここからだ。

 馬の脚で三日間かかったこの道のりを御城は耐え抜かなければならない。馬にも休息が必要なわけで、一日中走り続けることはできない。昼食時や夕食から翌朝の朝食時までは人間に合わせて馬も休息を取っている。

 ただ今回に関しては違っていた。

 御城の聖属性魔法をかけてもらっていた馬たちはその恩を返すためなのか、休むことなく走り続けた。馬が走り続け一日と半日が経過した。


 「団長、王都が見えてきます!」


 「ほんとか!」


 ヴァニタスは馬車から身を乗り出し、現在地を確認する。

 確認を終えたヴァニタスは空に向けて火球を何発か放つ。それは緊急事態を示す信号であった。

 その信号に気づいたのか、ヴァドル率いる魔法研究所の皆が隊を成して近づいてきた。


 「ヴァドル!」


 「にぃさん!どうしたの?」


 「カエデが...」


 そのとき御城が息をしていないことにヴァニタスは気が付いた。


 「...嘘だろ?」


 ヴァニタスは自身の感情が崩壊し、涙が止まらない。




 間に合わなかった。

 カエデを助けられなかった。

 あの時守ると心に誓ったのに、守られたのは俺だった。

 何も返せないまま。

 カエデが...




 「にぃさんが諦めんな!」


 状況を察したヴァドルはヴァニタスを殴り飛ばす。


 「人工呼吸と心臓マッサージして!

 そのまま王宮へ急いで!

 サイラスさん、馬車のまま王宮へ進んでください!」


 ヴァドルはそういうと風魔法を使い、自身の声を国内全体に聞こえるようにし叫ぶ。

 

 「僕はウェルドニア王国第二王子、ヴァドル・フォン・ウェルドニアである。

 現在、この国を救うために召喚された聖人様であるゴジョー様が魔物との戦闘で負傷して帰って来た。その怪我は深く、現在息をしていない。

 そこで全国民に告ぐ。

 国中のポーションをかき集め、王宮に届けて欲しい。

 合わせて、この国で聖属性魔法を行使できる者は同じく王宮に来てほしい。

 それ相応の報酬を支払う。


 ...そして、聖人であるゴジョー様は第一王子であるヴァニタス・フォン・ウェルドニアの婚約者である。

 その婚約者を救ったとあれば、生涯英雄として称えられるだろう。


 だから...協力してほしい。

 よろしくお願いします。


 繰り返します...」


 ヴァドルの演説は国中に衝撃を与えた。

 すでに街中には召喚儀式のこと。そしてその召喚に応じた聖人様がいることは周知の事実であった。また以前の討伐遠征時にヴァニタスからその聖人様にキスをしたこともまた周知の事実。しかしそれがヴァニタスの婚約者である事実は広まっていなかった。



ーヴァニタスに婚約者?


ーそんなことより聖人様が息をしてないって、まずくねーか?


ーポーションって家にある常備薬とかでもいいのか?


ー国内放送で呼びかけなんて...相当じゃないか?


ー申し訳ないが今日の病院受付はここまでだ!俺は王宮に行ってくる。


ー街中のポーションをかき集めろ!この荷台に積め!王宮に持っていくぞ!



 王宮へ向かう御城を乗せた馬車は、凄まじいスピードで王都を駆ける。そんな異常事態にもかかわらず国民は道を譲る。何人かの国民はその馬車に並走して、直接ポーションをヴァニタスに渡す姿すら見えた。


 「少しでもいいですから、これ使ってください!」


 「...ありがとう」


 「王子!私を乗せてください!

 街医者をしているエストと申します。一刻でも早く聖属性魔法を!」


 「頼んだ...」


 走る馬車から手を伸ばし、ヴァニタスはエストを馬車に乗せる。

 馬車に乗り込んだエストが見た光景は目を覆いたくなる光景であった。

 馬車のソファに横たわる御城は確かに胸が動いておらず、息をしていないことがわかる。加えて人を焼いたときに出る独特の死臭。思わずエストは口元を手で覆う。


 「たのむ...カエデを...助けてくれ...」


 その言葉にエストは両頬を思いっきり叩いた。

 泣きすぎて、すでに涙が枯れているヴァニタスの目は大きく腫れあがっている。今のヴァニタスには冷静な判断なんてできないのだろう。だから街医者という言葉だけを聞いてエストを馬車に乗せたし、ポーションという言葉だけで国民からビンを受け取った。

 普段のヴァニタスであれば警戒を行い、ポーションを受け取ったり、街医者を馬車に乗せたりしないだろう。

 今のヴァニタスには神頼みしかできない、すべてが藁にもすがる思いなのだ。

 それだけでエストは目の前にいる聖人様を助けたいと思った。


 「いきます」


 エストは御城に対して手をかざす。

 そして光り輝く聖属性魔法を行使する。

 それに合わせるようにヴァニタスは必死になって先ほど受け取ったポーションを御城にかける。


 御城の再生が遅い。

 というよりかは、ほぼ再生をしていない。


 これは御城の自己治癒力の向上がこれ以上できないことを意味していた。

 しかしそんなことはどうでもいい。

 1%でも、いやそれ以下の数値で構わない。0で無い限り、今のヴァニタスは諦めるわけにはいかない。


 「にぃさん!ゴジョー様を抱えて!

 治療室に運ぶよ!」


 いつの間にか王宮に着いており、ヴァドルの言葉を聞いてヴァニタスは大事に御城を抱え治療室へと走る。エストも聖属性魔法を行使し続けながらヴァニタスとともに治療室へと向かう。

 治療室にはあの日とは比べ物にならないくらいの医師とポーションが積まれていた。


 「ヴァニタス!ゴジョー様をここへ!」


 ヴァルアはすでに契約精霊を召喚し、魔法を行使する準備をしていた。


 「ヴァニタス様!治療は我々がします。

 ですので、ヴァニタス様は聖人様の名前を呼び続けてください!」


 「呼びかけ続けることで助かる可能性はあがります!」


 ヴァニタスは周囲を見渡す。

 ヴァドルやヴァルア、医師たちは皆頷いていた。

 御城の手を取り、枯れきった涙を流しながらヴァニタスは御城の名前を叫び続けた。


 「この国をあげて、召喚者カエデ ゴジョーを救うよ!」


 ヴァルアの掛け声を合図に、医師たちは聖属性魔法と、ヴァドルや王宮に仕えるメイドはポーションを御城にかけ始めた。



■ ■ ■ ■ ■



 あの日から2ヶ月が経過しようとしていた。

 国一丸となったからか、御城は奇跡的に息を吹き返した。

 しかしこの2ヶ月の間、御城が意識を取り戻すことはなかった。


 「カエデ、今日は雨が降っているよ。

 傷が痛んだりしてないか?」


 ヴァニタスは御城に声をかけながら、今日も御城の身体のマッサージをする。

 寝て切りの御城がいつ目を覚ましてもいいように、毎日身体を拭くついでにマッサージを行っている。

 雨が雪に変わりそうなほど寒くなったこの季節は、毛布を被るだけではその寒さをしのぐことはできない。そのためヴァニタスは自身の火魔法を使い、部屋全体を温めていた。

 そんな部屋にノック音が響く。


 「ヴァニタス様、本日の治療のお時間です。

 入ってもよろしいでしょうか?」


 「エストか。

 あぁ、よろしく頼む。」


 エストはあの日以降、王宮への出入りを許可されるようになった。

 寝たきりである御城は食事を取ることができないため、何人もの聖属性魔法を行使できる者が交代で毎日御城に魔法を使っている。

 その一人にエストも含まれているということだ。


 「今日は冷えるらしいので、雨は雪に変わるかもしれないとのことでした。

 ヴァニタス様も暖かくされてくださいね。」


 「あぁ,,,ありがとう。」


 「いえ...

 今日も国民の皆さんから、果物とポーションが届いております。

 こちらに置いておきますね。

 ヴァニタスさまも休まれてくださいね。」


 「...そうだな。

 カエデに湯浴みをさせてあげたいのだが、いいか?」


 「そうですね。

 ゴジョー様の傷跡を見せていただいてもよろしいですか?」


 「あぁ。」


 ヴァニタスはそう呟くと、ゆっくりと御城の負担にならないように服をめくる。

 そこには背中の傷同様、完全には治っていない傷があった。エストはその傷にゆっくりと触れる。

 はじめ見たときのぐちょぐちょしたような質感ではなく硬いかさぶたのようになっていた。


 「...あまり長居しなければ問題ないと思います。

 傷口に湯をかけすぎないよう注意して下さい。」


 「浸かっても問題ないか?」


 「足元だけであれば良いと思いますが、全身はまだ避けた方がいいですね。

 是中から湯をかけてあげるくらいでお願いできればと。」


 「わかった。ありがとう。」


 「いえ、それでは失礼します。」


 エストが部屋から出ていったことを確認してから、ヴァニタスはまた御城に声をかける。


 「魔法で温まるのもいいけど、湯でも温まろうか。

 今から担ぐよ。ゆっくり抱えるから安心しねて。」


 御城を抱きかかえ、浴場へと歩く。

 浴場に着くと、ヴァニタスは慣れた手つきで御城の和服を脱がしていく。


 「カエデがずっと寝てるから、俺、ワフクのキツケができるようになったよ。

 すごいだろ?

 でも、俺自身にキツケをするのはまだ難しいんだよ。

 だからさ、カエデがしてくれると嬉しいな。」


 返事がないのは分かっている。

 それでも声をかけ続けることに意味があると信じている。

 だからヴァニタスはいつも御城に声をかけ続ける。


 「熱くはないか?

 今日は髪も身体もさっぱりさせような。

 雨が雪に変わるらしいぞ。

 寒くならないように、芯から温まろうな。」


 髪を泡立てて、いい香りが充満したところで負担をかけないように洗い流す。

 次はスポンジで泡立て、全員を泡で包み込む。背中の広い部分から足の指の間に至るまで大事に洗う。それをまた時間をかけて洗い流す。

 御城の体温が温まったことを確認して、ヴァニタスは全身の水分を拭きとり、和服を着せる。また御城を抱きかかえ、御城のために用意した部屋へと移動した。


 「本当に寒くなってきたな。

 せっかく温まったのにこれでは意味がなくなってしまうな。

 俺も今日はここで眠ろう。

 もうカエデに怪我なんてさせないからな...」


 ヴァニタスはベッドに入ると御城を抱きかかえ、自身の体温でも御城を温めながら眠りにつく。



■ ■ ■ ■ ■



 時は1ヶ月ほど前にまで遡る。

 御城の治療がひと段落つき、御城が奇跡的に呼吸をできるようになってから1ヶ月がたった。

 ヴァニタスはこの日、御城をヴァドルに任せて街外れの拘置所へと向かった。

 ルークと話をするためだ。

 エリザベートの刑が執行されてからもう来ることは無いと思っていたが、まさかこんな短期間で再度足を運ぶことになるとはヴァニタス自身思っていなかった。


 「ルーク」


 「......まだ名前で呼んでくれるんですね。団長。」


 「単刀直入に聞こう。

 お前は、カエデを殺すつもりだったのか?」


 「...」


 「答えられないのか?」


 「今さら殺すつもりはなかったなんて言って信じてもらえるんですか?」


 牢屋の中で地べたに座りながら、ルークはヴァニタスを見上げる。

 その目はすべてを諦めている人の目であった。


 「お前とは10年以上の付き合いだ。

 お前のことはそれなりに理解しているつもりだ。」


 「団長はなにも分かっちゃいないですよ。」


 「それはカエデを陥れようとしていることに気が付かなかったからか?」


 「...やっぱり分かってないですよ。

 団長はゴジョー様のどこに魅かれたんですか?」


 「なんだ急に...」


 「召喚者だから、聖人様だから好きになったんですか?

 おいしいごはん作れるから好きになったんですか?」


 ヴァニタスはなぜそんなことを今聞くのか理解ができず、即答できないでいた。

 学生時代からルークの事を知っているが、今までこんな話をされたことはない。


 「せめて女性であってほしかった。

 それなら俺も何も言わなかったし、何もしなかった!」


 「ルークおまえ...俺のこと...」


 「...ずっと想っておりました。」


 衝撃だった。

 学生時代から慕っていることは理解していた。

 しかしそれは王子としてそして騎士としてのヴァニタスを慕っているのだと思っていた。それが敬愛や尊敬ではなく、別の意味だったとは知らなかった。


 「ゴジョー様にあって、俺に無いものってなんですか?

 どうすれば俺を想ってくれますか?

 どうすれば俺を見てくれますか?

 どうすればあなたは振り向いてくれますか?」


 「...」


 「相手が女性なら諦められました。

 でも相手が男性なら、俺にもまだ希望があるって思えちゃうじゃないですか。」


 「カエデが邪魔だったということか...」


 「...でも団長が決めた相手を俺がどうこうできるわけはなかった。

 だから少し、ほんの少しだけ苦労すればいいと思った。

 街中にゴジョー様のことを漏らしたのは、行動範囲を制限させるためです。不便に思っていたでしょうよ。

 ...ポーションを持っていなかったのは、ゴジョー様に負担をかけるためでした。だからあなたを庇ってあんな大きな怪我をしたときは取り返しのつかないことをしたと悟りましたよ。だから逆に冷静でいられた。

 聞きましたよ。ゴジョー様命は助かったみたいですね。」


 「そんなことのために、お前の行動でどれだけカエデが苦しんだと思ってるんだ!」


 「俺だって苦しんでたんだ!」


 怒号に怒号がぶつかる。


 「...あの日、団長がゴジョー様のピアスを引きちぎった日。

 団長を止めたのは、ゴジョー様のところに行ってほしくなかったからです。

 ...俺を見てほしかった。

 俺はずっとゴジョー様に嫉妬してたんですよ。」


 ヴァニタスはルークのその言葉に何も言うことはできなかった。

 だんまりなヴァニタスにこれ以上話すことは無いと感じたルークは一言。


 「あなたを愛していました。」


 それを聞いたヴァニタスは何も口にすることの無いまま、地下牢から出ていく。

 そんな後ろ姿を眺めながらルークは声を出すことなく、涙を流した。



■ ■ ■ ■ ■



 1ヶ月しか経っていないのに、かなり昔のことのように思えたルークとの会話を夢に見た。寝たきりになっている御城の世話をはじめてからは一日一日が長く感じていたヴァニタスにとって1ヶ月も前のことは体感的には1年以上前のことのように思えた。

 それだけヴァニタスにとって御城の存在は大きいものだったのだと再実感する。


 眠い目をこすり、やはり朝は冷えるなと感じながら、御城を温めるために抱き寄せようとする。その時「うっ」と声が聞こえた。


 「え?」


 一瞬にして目が覚めた。

 聞き間違いかもしれない。

 しかし、ずっと聞きたいと思っていた声だ。

 小さなうめき声だとしても、聞き間違えるわけがない。


 「カ、エデ?」


 「この国は雪が降るんだね。きれいだ。」


 「カエデ!」


 「おはよ、ヴァニタス。

 また同じような感じになっちゃったね。」


 ヴァニタスは御城にハグをする。

 これまでの優しく抱きかかえる感じではなく、もう離さないと強く抱きしめる。そのままヴァニタスは御城の肩に顔を埋めて大声で泣き始めた。

 その大声に王宮内の使用人が慌てて御城の部屋に訪れる。


 「どうされまし...うそ...ゴジョー様...御目覚めに、御目覚めになられたんですね!」


 「早くお医者様を呼んで!」


 「私はお飲み物と毛布を持ってきます!」


 御城の目が覚めたことで王宮内は大パニックになった。

 事態を聞きつけたクーヴェルとヴァルア、ヴァドルが部屋に駆けつける。しかし状況は更にわちゃわちゃするだけであった。

 泣きじゃくるヴァニタスに、なんの役にも立たない王族、慌ただしくするだけで特に何もできていない使用人。御城が目覚めたと呼び出された医者のエストは状況を確認すると一言。


 「もううるさいので、聖人様とゴジョー様以外は部屋から出てください!」


 部屋から王族と使用人を放り出すと、エストは御城に自己紹介をする。


 「お初お目にかかります。聖人様。いえ、ゴジョー様。

 以前は街医者をしており、現在はゴジョー様の専属医をさせていただいておりますエストと申します。どうぞよろしくお願いいたします。

 御目覚めのところ申し訳ございませんが、ゴジョー様は二か月間もの間眠りについておりましたので、今から簡単な検査をさせていただければと思います。」


 「カエデ ゴジョーと申します。

 こちらこそよろしくお願いいたします。

 そうですか、俺は二ヶ月も眠っていたんですね。」


 「ええ、一時は呼吸さえ止まってしまうほどの状況でしたが、回復されまして...。

 むしろ二ヶ月だけで目を覚まされるのは奇跡ですよ。

 まずはお水を飲みましょうか。ゆっくりで大丈夫です。」


 エストからコップを受け取り、御城は二ヶ月ぶりにモノを口にする。

 久々に水を得た御城の身体はびっくりしたのか、咳き込んでしまった。


 「カエデ!大丈夫か?」


 「ゴホッ、だ、大丈夫。ありがとう。」


 「ゆっくりで大丈夫ですよ。

 今かなりの水分不足の状態なので、できるだけ多く水を摂取していただきたいです。

 いくつか問診をさせていただきますが、しんどくなりましたらすぐに止めますので、遠慮なさらずに申してください。」


 「わかりました。」


 「では、はじめに...」


 御城はヴァニタスに支えられながらも、エストの問診に端的に答えていく。

 数十問の問診の末、「今日はここまでにしましょうか」と終了を告げる。


 「水だけではなく、何か食べ物も胃に入れていただきたいです。

 スープかおかゆの用意をさせたいのですが、どちらなら食べられそうですか?」


 「ありがとうございます。

 スープでお願いできますか?」


 「かしこまりました。

 ヴァニタス様、今日は一日中ゴジョー様のそばにいてあげてください。

 外は冷えておりますので、暖の追加が必要であれば申しつけ下さいね。」


 そういうとエストは一礼し部屋から出ていった。

 二人っきりになった部屋でヴァニタスは御城に土下座をする。


 「ヴァ、ヴァニタス、やめてよ!」


 「俺のせいだ。俺のせいでカエデが大怪我を負った。

 俺のせいでカエデが死にかけた。」


 「...違うよ。ヴァニタス。

 俺がヴァニタスを助けるために動いたんだ。

 ヴァニタスのせいじゃない。俺が勝手にやってことだよ。」


 「俺が油断していなければ、こんなことにはならなかった。」


 「...俺は、ヴァニタスの役に立てなかった?」


 その言葉にヴァニタスは咄嗟に顔をあげてしまう。

 「そんなことはない!」と思わず出た声は予想よりも大きく、御城を驚かせてしまった。


 「カエデは役に立ってる。

 いや、そんな次元の話じゃない。

 俺はカエデに救われてるんだ。

 それは俺だけじゃない。この国の民全員が同じ気持ちだ。」


 「...どういう...こと?」

 

 「カエデがあの日発動したのは、間違いなく聖なる力だよ。

 それもあのサラマンダーにだけ発動したわけではないみたいなんだ。」


 「え?」


 「周辺の森すべてから魔物の姿が消えたんだよ。

 まだ油断はできない状況ではあるけど、魔物の脅威は明らかに遠ざけることに成功してるんだよ。」


 「ほ、ほんとに?」


 「こんな嘘をつくメリットはないだろ?」


 「...ない」


 「だろ?」


 ヴァニタスは微笑みながら御城に近づき、手を取る。


 「目覚めてすぐ言うことじゃないかもしれないが。

 カエデ。俺はこの二か月間生きた心地がしなかった。

 守ると誓ったのに守ってやれなかった。相当悔いたよ。

 俺はもうカエデなしでは生きていけないらしい。


 だから


 俺と 結婚 してくれませんか?」



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