第16話 藤の花の話
俺たちは食事を終えた後、星胡以外はまた病室に戻ってきた。しばらく俺はこっちの病室で暮らすことになるようだ。星胡はこれから見回りの仕事があるらしい。
別に体が痛いとか、どこかが動かしにくいとかはないんだけど、安静にしておくに越したことはないだろう。たぶん。
「……うーん」
クロっちはやはり、なにかが気になって仕方がないようだ。さっきのナッツ祭りで元気になったっぽく見えたけど、こっちに戻ってきてからはまた険しい顔をしている。
「どうしたんだ? なんかあるなら相談乗るけど」
「……いや、うーん? 表現がしづらいんだよな……アタイもいろいろ言いたいことはあるんだけど」
「ふーん?」
ミングルは椅子の上にふわっふわの座布団を敷いて、ボトル入りのジュースを飲んでいる。ガラスが黄緑色に着色されてるから中は見えないけど、ほんのり甘い香りがする。
クロっちはしばらく首を傾げた後、頭をぶんぶん振った。
「……藤の花が妙に気になるんだよな。……あー、あの白いやつがこう、剣を振ったときに藤の花びらが舞い散るようなエフェクトが? 発生したというか? それがなんでか気になる」
アタイは花に詳しくないから藤じゃないかもだけど、と付け加えるクロっち。
藤か……そういえば、俺も直近のどこかで藤を見たような。どこだっけな……。
くそ、マジでぼんやりしていて思い出せないぞ。夢の中で見ただけかもしれない。
「あれ、シュウマくんもなんだか思い当たることがあったみたいだね?」
「いや、まあたぶん関係ねえよ。夢かどっかで最近見たような気がするなーって」
「ふーん」
ミングルのボトル入りジュースは飲み干してしまったらしい。コルク栓を締め直してからポケットにしまい、新しいボトルを取り出した――いや飲みすぎだろ、マジで。
さらに二本取り出したが、こっちは俺たちにくれるらしい。
「いる? 炭酸抜きメロンソーダだよ、ボクの知り合いが
「ほーん炭酸抜きメロンソーダか……なんか微妙な響きだな。もらうけど」
普通にただのメロンジュースじゃねえかなそれ?
クロっちも一瓶貰って美味しそうに飲んでいる。まあ、炭酸抜いただけでそんな味が変わるわけでもなし、美味しいのはそりゃ当然か。ガラスボトル越しに伝わる冷たさもちょうどよさそうだ。
「ボクから一個聞きたいことがあるんだけどさ、シュウマくん、もしかしてさっき、ここで起きる前に見たんじゃない? その
「……確かに」
言われてみたら、そんな気がする。いや……そうだな。起きる直前に、あの巨人との戦いの場面がスライドショーみたいに巡って、その最後で見た。
俺の表情を見てクロっちはまた首を傾けるが、ミングルはしてやったりという感じだ。別にイタズラが成功したわけでもないだろ。
「ボクの
「……えー、じゃあ俺なんかまずい状態だったりする?」
遠隔でこう、実は操作されててとか。いきなり手が勝手に動いたりしたらマジで怖いよ?
まあ俺にできるのってせいぜい銃をガコンガコンするくらいか。いやこの銃も相当危険な代物だけど、ザンダーが起きてればすぐ制圧される……はず。起きてれば。
「ふふっ、たぶん大丈夫じゃないかな〜? ボクが見た感じ、なにかいろいろ変な効果を受けてるわけじゃなさそうだし」
「そうか」
それなら安心した。
「精神干渉……アタイと戦った時、別になんかされたような覚えはないけど……。あの魔道具――『
「ダメじゃん、ふふふっ」
うっかりでやらかしたっていうのを聞いて、ミングルは声を押し殺して笑いながらクロっちのツノをつんつんつつく。爪が当たるたびにこつこつ鳴っているから、見た目通りけっこう硬そうだ。
「割とそのうっかりが効果かもよ? 藤の花で攻撃した
「なんだその地味に嫌な能力。いや、戦闘中にうっかりは命取りなのは俺も分かるけどさ」
ミングルの顔を見ても、いつも通りの笑顔だからジョークかどうかもさっぱり分からん。
なんだろう、こいつだけ別の平和な童話の世界から飛び出してきたんじゃなかろうか? 周りに穏やかなお花のエフェクトが見えそうくらい、マジでのほほんとしてる。
「まっ、
「ああ、そうだな」
頭の体操ってのはよく分からないが……。
「暇だしボクがいくつか、基本的なおさらいをしてあげようかな〜。実は魔法についてとか、よく分かってないことも多いんじゃない? クロっち」
病室の壁に置いてあったフリップブックを掲げてみせるミングル。どうやら、魔法について俺たちに授業をしてくれるらしい。優しい!
そういえば、魔法についていろいろ聞いたことはなかったな。これまでもミングルが何もないところから道具を取り出したり、いきなり火をつけたりしてたけど。
いきなり指名されたクロっちは首を傾げる。
「アタイ? うーん、分からないことあるか?」
「じゃあ
フリップブックをめくるミングル。クレヨンで書かれたらしい、すごく子供っぽいイラスト――きちんと分かりやすい――込みのページには、『固有魔法ってなーんだ?』と書かれていた。
「一人ひとりが持ってる特有の魔法だろ」
「ちぇ、完璧な回答された」
……大丈夫か、ミングル。これくらいだったら俺もワードの雰囲気的に分かるぞ。
「一人一個とか、すごい特別な効果とか言ってきたらピンにしちゃおうって思ってたんだけどなあ。あ、ここ気をつけてね! 一人で十個の固有魔法持ってる人とか、ただ火を付けるだけの固有魔法の人もいるから」
ほー、なるほど。
……いや一人で十個!? お、多くね? もしかして俺が知らんだけで、ちょっとハイレベルな人たちの間だと平均で五個の固有魔法あったり……しないよな?
そして火を付けるだけの固有魔法、なんだか不憫だ……着火や水を出すくらいならミングルもクロっちも普通にできるみたいだし。
俺の驚愕が顔に出てたのか、ミングルは炭酸抜きメロンソーダを飲んでから笑顔を向けてきた。
「何にでもずば抜けてる人っているんだよ〜、ふふ。ボクは二個ね、固有魔法」
「二個なのか。多いのかそれって」
「まあ、
もしかしたら、IQが高いとかとおんなじような感じなのかもしれない。俺は平々凡々だけど、たまにIQが160とかの人の話も聞くし。……俺は平々凡々だけど。
今度は二ページ分をめくるミングル。
「固有じゃない基本的な魔法っていうのは、例えば火属性魔法とか、水属性魔法とかね。『
ぽよん、とした水の小さなボールがミングルの指先に現れる。アレだ、小学生の自由研究とかでよく見る、つかめる水に似てるな。
水球はミングルが指を動かすとそのまま入ったから、つかめる水ではないらしい。魔法パワーで形を保っていただけみたいだ。
「俺もそういうの使えるかな」
「逆に使えないのか」
怪訝な目を向けてくるクロっち。……はい、そりゃあマジで数日前にこの世界に来たばっかりの日本人だし……。
ミングルは嬉しそうにしながら「手を出してみて」と言った。
「はい」
「ふーむ、うん……。センスがないねえ」
「えっ」
マジかよ。
「ちょっと珍しい
ええ。
……ええええええええ!?
「ま、マジ? マジで魔法使えないの? マジ?」
「お、落ち着いてね? いやあのー、うん。ボクの見立てだと、
マジかよ。
あのう、けっこうショック……。だってアレじゃん、異世界って言ったら剣と魔法じゃん。剣は俺が諦めてるからいいとして、魔法使えないって結構ガックリくるな……。
すごい銃を持ってるだけ上々っちゃそうだけどな。
「えーっと、そんなにショックだった?」
「ああ……」
「あ、そうなの……なんかごめん?」
ミングルがめちゃくちゃ申し訳無さそうな顔だ。ショックが強かったせいか、なんだかミングルがこの顔をしていることが妙に面白く思えてきた。
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