第2話 あいぼう?

「――ぶぁばッ!」


 気が付くと俺は水の中にいた!


 え、いきなり何? 転移直後から水責めの刑でも喰らってんの……?


「……あー?」


 と思ったが、まあさすがにそんなことはなかったようだ。


 俺はなぜか、とても広い公園にあるひとつの噴水で溺れていたらしい。……なんで噴水? 転移場所ミス?


「いや……それにしても人がいねえな」


 ……人がいない。ぐるっと見回すと、不自然なくらいには人がいない。


 だってアレだぞ、まず真昼間だし、噴水は問題なく稼働してるし、観葉植物や建物なんかもメンテを怠った形跡もない。市街地から忽然と生き物だけ消え去ったような――マジで不気味だ。


 俺ってホラー苦手なんだけど。しかも手持ちは『路銀』のカフェオレと……なんかよく分からんノートしかないし。


 あれ、このノートってニルちゃんがくれたやつかな? 青い表紙のシンプルなノートだけど、俺はこんなの持ってなかった。


『――そのノートはぁッ!』


「うぉわああああーッ!?」


 突然頭の中に、尋常でない声量のボイスが響いた。こ、鼓膜破れるて……。


『……おう、すまん。マイクの音量調節間違えた』


 ニルちゃんだったらしい。ボイスの裏で、実際にマイクのゲージをいじっているのかカチカチというダイヤル音がする。テレパシーって一見魔法っぽいのに、随分メカメカしたシステムだな。


 あのね、マジで気をつけてください。マジで心臓止まるから。バカかな。


『誰にだってミスはあるだろ。ましてや今ニルはお食事中』


「あ、そう……」


 お食事中の片手間でショック死させられたら呪ってやるからな。いくら神だろうがニルちゃんだろうが呪うからな。


「……んで、このノートは?」


『おう、なにか一定以上の戦果とか、荒れ地を大規模に開拓したとか、そんなのを勝手に記録してくれる優れもんだ。魔道具な』


「へえ~」


『あとついでに、ニルが柊真にあげたもの目録も管理してくれる優れもんだ』


「へえ~」


 つまり、俺がニルちゃんにものを貰って、その対価に何を成し遂げたか、それを記録する冒険の書的な魔道具だな。パラパラめくってみると、今のところどのページも白紙だった。……壊れたわけじゃないよな?


 ……あ、そうだ。


「ここってどこ? なんで人がいないんだ?」


『シンセシア氷河国国立ハルマントン記念公園』


 いや固有名詞言われても分からんて。


『お前を転移させたのがシンセシア氷河国で、ハルマントン記念公園はその中心部にある公園だ。……けど、人がいねーのはニルにもわからん』


「ええ……」


 頼りにならない神様だな。


 さてどうすべきか……。


「すぅー……誰かいませんかぁーーーー!!!」


 ……返事がない。


「誰かーーーーー!!!」


 しかし誰も来なかった。


「誰ゴホッゲホッ……」


『喉痛めるぞ』


「煽ってんのかなニルちゃんそれは?」


『いやそんなつもりないが』


 ハァ……ん?


 少し遠くで、ガサッと足音がした。……方向はどっちだ? たぶん気のせいじゃないんだけど。


 あ、あれか。あの茂みかな。


「誰かいるならマジで出てきてくれると助かるんだけど……え、ジャンプスケアとかじゃねえよな?」


 ガサリ……ガサガサ。


「……」


 ガサッ――。


「ヴォフ……グルルル……」


「狼だ」


 狼だ。


 ……狼だ!??!


「ニルちゃんヘルプ!! 噛まれるて!!」


「バウウウッ!」


 俺が一瞬フリーズした隙をついて、現れた狼は涎を撒き散らしながら飛びかかってきた!


 うおわああああああ、普通に真っ赤な眼がギランギランしてやがる!


『おう、そうだな……ちょい待て』


「待てるかァー!!」


「ギャインッ!?」


 ……つ、通じた!


 とりあえず右ストレートを放ったんだが、ちょうどいい具合に狼の首にヒットした。まあ、それでも大した痛手にはならなかったみたいで、着地してから再度俺に狙いを定めてくる。


 けっこう毛皮硬かったしな……俺の素手じゃ勝てるビジョンが思い浮かばねえよ。


「グルル……」


 とはいえ、一発お見舞いしたのは事実だ。


 それなりの知能があるらしく、ヤツは俺の方を警戒しているらしい。ゆっくりと距離を変えないまま、円状に動いて隙を窺っている。


 怖えな、マジで……。


「ニルちゃんまだ?」


『剣と手斧は扱えるのか?』


「多分無理」


『おう、なら待て。いい感じのお助けアイテムを用意するのは、ニルにはちょい時間がかかりそうだ』


「おいマジかよ」


 チクショウ。多分俺が言ってたみたいな銃を調達しようとしてくれてんだろうが、ニルちゃんはどうも銃には疎いらしい。困ったな……なんか魔法でパーッと出来ねえのかな。


「グルゥ」


「チッ……おい、ワンコロ。もう一発ぶん殴ってやってもいいんだぜ」


 ――ガタンッ!


 脳内で何やら騒がしい音が響きわたる。ニルちゃんが何かしてんのかな……。


 今にも狼は俺に飛びかかって、噛み殺そうとしているらしい。このままにらみ合いで時間稼ぎは――


「グルルァアア!!」


「クソッタレがァッ!!」


 無理な話かっ!


 事前の足の動きから、本能的に体を横に大きくねじったおかげでスレッスレで回避できた!


 はぁ、クソ……! なるたけ躱すしかねえなこれ……。


 地面に着地した狼が、再び俺に狙いを定めてきた……その時だった。


『――おう、待ったか?』


「ニルちゃん……!!」


 ぼうっ――と、俺の手の中に一丁のハンドガンが出現する。それはどこか光り輝いているようで、なおかつ吸い込まれるような『黒』でもあり――。


 ――名前を呼べ。


 使い方は、分かる!


「魔銃――『轟響の夜明けレコ・ラ・ローヴ』ッッ!!」


 ――シュバァンッ!!


 引き金トリガーを引き、離れた漆黒の弾丸は――まっすぐ、敵の心臓を貫いたのだった!

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