存在感ゼロの私ですが、忍部で伝説作ります!
砂走羽(さばねう)
入学式をやろう!
「あたし、入学式に出てないんですよ」
大きなホワイトボードと最低限の机だけが置かれた簡素な部室で、影山しずくが切り出す。
立ち上がったついでに椅子を倒しながら、先輩の此花うららが言う。
「やろう!入学式!」
体育館の隅に椅子が4脚並ぶ。
しずくたちの前に、制服からスーツ姿に着替えたうららが颯爽と現れ、司会台の上に式次第をまとめた紙をパサリと置く。
「えー…この度はお集まり頂き、誠にありがとうございます。これより、 私立 千風谷高校(ちかぜだにこうこう)の入学式を執り行います。」
まだまだ時期は5月だが日差しは強く、体育館の中はバスケ部やバトミントン部が活動しているため結構暑い。
容赦無く飛んでくるバスケットボールを避けつつ、長いため息をつく。
どうして私は今、5人だけの入学式をしているのか。そう思った瞬間、しずくの脳内に“回想”のテロップが出た。
しずくはかなり地味で目立たない子だった。
これは、「でも楽しく立派に生きてきました、キャピ⭐︎」的な話の前振りでは無い。
本当に“地味"で“目立たない"子だったのだ。
学校でプリントが配布されれば自分の分が足りない、給食のプリンが自分の分だけ無い、などはまだマシな方。
席替えで自分の席が無くなる、校外学習のバスに置いていかれる、毎日登校していたのに不登校児として親と担任とで面談が行われる…。
つまり、極端に影が薄いのだ。
自分がおもしろおかしい人間で、常にみんなから慕われる人格者。容姿端麗才色兼備、歩く姿はゆりの花ーーでは無いことは理解している。
でも、ここまで存在が他人に認知されていないのはおかしい!何かの呪いなのでは無いかと思ったことも一度や二度ではない。
中学校の卒業パーティーに呼ばれなかった日の夜、しずくは一人枕を濡らしながら高校デビューを誓った。
高校に入学したら、絶対に友達100人作って、笑顔で語り合い、青春を謳歌し、彼氏なんかも作って、他人の記憶に残る人生を歩むんだ!
しかししずくの元に、入学式の案内は届かなかった。学校の総務がしずくのことを失念しており、案内を出していなかったのだ。
そしてしずくの母親も、今年から高校生になる娘がいたことを忘れていたのか一切疑問を持たず、しずく自身も、なんか長く休めるからいいやと家で寝ていたら、いつの間にか新学期が始まっていた。
「しずくちゃん!しずくちゃん!」
隣に立っていた城之内遥がしずくの肩を揺さぶる。
「今やばかったよ、しずくちゃんの姿、輪郭だけ残してスーって消えてってたよ!」
「嘘!?ありがとう、遥」
遥はしずくの同級生で、部活仲間。見た目も性格もとってもキラキラで明るい女の子だ。
「やっぱりね、しずくちゃんはもっと“自分磨き"をした方がいいと思う!この『人はまず内面を磨け』って本に、買うだけ自分から湧き出るオーラが10倍になる石が紹介されてるの!一緒に買ってみない!?」
そして遥は、重度の自己啓発&スピリチュアルマニアだ。最近のマイブームは買ったパワーストーンを断捨離することらしい。
「今、高校生に求められているのは三つの袋です!給料袋、お袋、池袋。これを胸に刻んでおいてください」
先ほどから10分以上、司会台に立って演説し続けているのは2年生の此花うらら先輩。
まだ一カ月程度の付き合いだが、うららが意味の通った日本語を話していた瞬間を見たことが無い。
「あー、バスケ部ってなんであんなにうるさいの。穴が開いた網にボール入れるって、猿の実験かよ」
遥の隣で、聞く人が聞けば頭にダンクシュートをお見舞いされるであろう発言をしているのは、2年生の花村結菜先輩。
名前も顔も可愛らしく、外見だけは校内トップテンに入るレベル。しかし性格が悪すぎて人が寄りつかない、薔薇みたいな見た目で中身は生ゴミという、見た人の理性を削る存在だ。
入学式の挨拶が佳境に入ったらしく、うららがコホンと咳払いをする。
「それでは改めまして、皆様、ようこそ“地獄の入り口"へ!」
入学初日から大きく出遅れたしずくは、なんとしでても友達100人を作るために、せめて部活だけはしっかり入ろうと決めていた。
クラスメイトに「ねぇ、野球部のマネージャーってまだ募集してるかな?」と尋ねた所、「え、あなた誰?」と返されたしずくは、早々に運動部入部を諦めた。
部活動紹介のチラシを一人で見ていると、紙の隅に消え入りそうな字で“忍部"というヘンテコな名前の部活紹介が掲載されていた。
“忍部は、今後社会に出ていく時に「自分の意見をしっかり言えるようになる」という自信をつける部活です。引っ込み思案のあなたも、目立つのが苦手なあなたも、ぜひ忍部で自信をつけて楽しいスクールライフをおくりましょう!"
部活の名前と活動方針が真逆だとは思ったが、しずくはこの“忍部"にこそ、自分が人生に求めていた全てがあると確信し、部室の門を叩いた。
だが蓋を開けてみると、この部活は奇人変人しかいない、まさに地獄の釜の中だった。
忍部の掲げている真の活動方針は“目立ってなんぼ。バズってなんぼ。今の時代、中身よりも話題性!"というものだった。
今、運動部がガッツリ練習に勤しむ体育館で、即席入学式をしているのは、生ゴミ先輩こと結菜の発案によるものである。
「運動部が活動してる真ん中で突然入学式はじめたら、すごく邪魔になってとっても目立つと思うの」
その発言にうららは、ツインテールの髪がぶっ飛んでしまうんじゃないかという速度で頷き、部活顧問にスーツを借りに行った。
そして今に至る。
時折飛んでくるバトミントンの羽が、結菜先輩の隣にいる“忍部"部長の3年生、真壁澄香にポコポコ当たっている。
澄香はグラビアアイドル顔負けのナイスバディ。顔も「AIで作画しました?」レベルで整っているのだが、しずく以上に存在感が無い。実はこの部活に所属しているメンバーで一番やばい人である。
以前クラスの集合写真に澄香が写った際、髪の長い女の霊が写ったと話題になり、学校に霊媒師が来たとの噂もある。
今もボールが胸に当たろうが、人が背中にぶつかろうが、ただ澄香が「あんっ!」「くふぅ!」とちょっとアレな声を出すだけで、誰一人謝罪に来るわけでも気にするでも無い、ただ壁がそこにあると思われている。
自己啓発マニア、虚言製造機、性格ドブ女、幽霊と一緒のスクールライフが始まるとは、流石にしずくも予想外だった。
「ちょっと誰?こんな邪魔になる場所に椅子置いたの!」
バトミントン部がしずくたちが並んでいるのも気にせず椅子を畳んで片付けてしまう。
うららが入学式を締める。
「どう!?しずくちゃん、入学式楽しかった!?」
「先輩、転校手続きってどうやるか知ってますか?」
しずくは自分の高校生活がすでに詰んでいることを確信し、目に涙を溜めて天を仰いだ。
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