第4話 回想――広島から大阪へ
裕平は広島県の片隅で生まれた。
川のせせらぎが聞こえる団地の一室で、母は小さな体を抱きしめて眠りにつかせ、父は仕事に追われ、幼い裕平に深く関わることは少なかった。
小学校五年生の時、父の仕事の都合で大阪へと転向することになった。転校初日の教室のざわめきは、裕平の耳には怒号のように響いた。机に座る手は汗で濡れ、鉛筆は何度も滑り落ちた。
裕平には重度のパーソナリティ障害と発達障害があった。だが、当時の時代背景では、彼を受け止める福祉も療育も乏しかった。学校側は「普通学級に馴染めばいい」と簡単に判断し、彼をその中へ放り込んだ。
結果は苛烈だった。発言のタイミングを誤れば笑われ、動作がぎこちないだけで「変なやつ」と囁かれた。教室の空気を読むことができず、休み時間の輪に入ることはなかった。
彼は黒板の前で立ち尽くし、自分の声が震えるたびに、クラス全体が遠ざかっていくように感じた。
家に帰れば、父は疲労を理由に無言で酒をあおり、母は心配そうに見守るばかりだったが、解決の手立てを持たなかった。
裕平はいつしか、窓の外に広がる曇天を眺めながら、「自分はどこに属すべきなのか」と問い続ける子どもになった。
その問いの答えは、結局どこにもなかった。
――だからこそ裕平は、ネットにしがみついたのだ。現実が拒絶した居場所を、電波の向こうに見出そうとしたのだ。
しかし今、その網も父の手で断ち切られた。
暗闇の中、裕平は思い出す。あの転校初日のざわめきも、黒板に映る自分の影も、母の無力な涙も。
すべてが彼を外へ押しやる力となり、今の彼を作り上げたのだと。
そして――その回想は、やがて現実と混じり合い、裕平の身体に、理解しがたい「変容」を予感させる疼きを刻み始めた。
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