第30話 拒絶


『さてぇ、一旦眠ってもらおうか』



周囲には誰もいないよな?……やるしかない。リスクはあるが――俺の切り札を。


「だか――」

『させねぇよ』


動きを察知された瞬間、顔面を地面へ叩きつけられる。

……分かっていたことだ。


結局、手の内は全部読まれている。

スペックでも、事前情報でも敗北している俺に勝てる道理なんてない。

逃げることさえ相手の掌の上。俺が即興で張った“対策”を、事前に美しいまでに潰されると――こうもあっさり負ける。



三節強風生成魔法エアガ


風が吹き荒れ、体重の軽い俺は簡単に吹き飛ばされる。


『悪いお嬢、遅れたわ』

「……遅い」

『悪い悪い。で、相手の能力は?』

「超パワー、理屈不明の氷生成。魔力付与飛び道具銃火器

『なるほど了解。あとこれ』


渡されたのは二つ。

イヤホンの片耳のようなものと、特殊構造のナイフ。


魔改造WAPSナイフ超音波とガスボンベ搭載のナイフと、あとはイヤホン。……って言えば通じるって新倉が』

「……ああ」


無茶苦茶だ。

この小ささでこの性能?ありえない。

あいつが渡す武器は、いつも物理法則を無視している。


ナイフの両面にはボタンが一つずつ。恐らく別の性質を持っている。


『銀っぽいのが超音波。黒光りしてるのがガスだとよ』

「分かった」


“そういう物”だと割り切って使いこなすしかない。


『で?お嬢はどうしたい?』

「あ?急に何だよ」

『いや何、案外お嬢も人間なんだなって』


こいつの眼の能力か、単に表情を読んだだけか。

サングラスの奥から、見透かされている気がした。


『今のお嬢、ひどい顔してるぜ?』

「……え?」


――銃声が響く


『タイミング良すぎだろ、アンタ』

『そりゃお互い様ってやつだ』


煙の中から男が姿を現す。


『要は今、お嬢は自分の“殺意”に疑問を持ってる。それは人として当たり前で悪くもない。だがな、その迷いは弱さだ。中途半端なまま刃を向ければ倒れるのはお嬢の方だ。だから今決めろ。これからどう生きたいのか』


躊躇っている……俺が?

なぜだ。……いや違う。答えはとっくに分かっている。


相手は“人”だ。

狂っているわけでもなく、正気のまま俺に刃を向けてくる。

さらに、まるで何かを伝えたいように、淡々と言葉を紡ぐ。


だからこそ――構えた腕が止まる。


俺はどうしたい……マハトと同じ轍を踏みたい人を殺すのか?

強ければ何でもできる――そう言ったのは俺自身だ。

その思想は今も正しいかは別として間違っているとは思わない。だが、現実として俺の戦闘力は低い。だが強さとは武力だけじゃない……


“戦闘不能”に追い込み、知っていることを全部吐かせる。


……殺すより難しい。

しかも相手は格上。


だが、弱点なら見えている――どうにかして勝つしかない。

そのために、俺とノアの命を賭ける。悪いが付き合ってくれ。。


『二対一……か。卑怯だね〜』

『野盗が騎士道を語るなよ!』


四節爆炎炸裂魔法フレアド


先ほどとは規模の違う戦闘が始まった。


蒸気を発した氷で滑走する男。

対してノアは無詠唱で次々と魔法を叩き込む。


地形が変わるほどの戦いに、柴田は手を出せずにいた。


四節風刃乱撃魔法エアド


遠距離は互角。差がつくのは――近接。

つまり押しているのは当然。


『駄目じゃないの〜?研究者が前線に出ちゃ〜』


魔法使いの彼に、超人体質の実戦経験者との格闘で勝てる道理は無い。


三節二重詠唱:豪火球風神魔法フレエアガ


竜巻を生成し、さらに燃え上がらせる。

衝撃で男が吹き飛ぶ。


『考える時間にも限りがあんだ。一旦走るぞ!』

「……ああ」


恐らく、ノアは俺に選択させてくれているのだろう。

今後の異世界人との付き合い方を


そう考えている間、突如イヤホンから音が流れる。


『あ”ー聞こえているかい!?』

「新……倉?」


イヤホン越しに新倉の声。


『状況は?こっちは問題ない。あと数分で戦線に復帰できるよ』


どうやら安全が確保できたらしく、少女はルベルトたちに任せ、新倉が援軍に来られるようだ。


「戦闘中」

『彼、まだ動けるのかい?正直瀕死にするつもりで撃ったんだが……』


焦ったが――よかった。

あと数分なら十分粘れる。

全員揃えば押し切れる。なら、余裕も生まれるよな?


「なあ新倉……相談なんだが……」

『何かな?』


“情報のため、生け捕りにしたい”

そう言おうとした瞬間、別の声が割り込む。


『勿論……殺すんですよね? あの悪名高き星の智慧派の構成員を生かす理由などありません』


聞き覚えのない高い声。少女だ。


押し負けちゃいけない。

立場が貴族でもなんでも、ここは意見を通す。


「差し出がましいですが!情報を出させた方が後々我々の――」

『……発言は認めません。あの男は私の従者を殺し、命まで狙いました。処刑する理由は十分です』


声が震え、少し鼻声も混じっていた。

死の恐怖もあるだろうが、それだけじゃない。


俺には赤の他人でも、彼女にとっては違う。

彼女は“あの近衛騎士や侍女”と共に生きてきたのだ。

さっきの少女のような風貌とは別。

今対面している彼女は、虚勢こそあれ中世の王女そのものだ。


だからこそ、現代日本を生きてきていた記憶が僅かにでもある柴田と価値観が違う。

人の死生観は人によって違う。当然の事だ。彼女が仇を討ちたいという考えも、一つの価値観だ。


が、人は変わる物である。



人を殺すとは――過去を否定する覚悟。俺は、その覚悟を実際に背負ったことがある。


...マハトを殺した時、吐き気が胸の奥から込み上げ体が拒絶するように震えた。

目の前で、一つの人生を――未来を――自分の手で潰したのだと、痛切に理解した。

あの感覚は、胸の奥に爪を立てるように残っている。こんなもの二度と味わいたくない。


価値観の相違。異世界人で上流階級に居た者と、現代日本を生きてきた人間が即時に価値観なぞ合う訳が無い。


「申し訳ありません。切ります」

『なっ!まだ話は終わって――』


そんな覚悟、もうしたくない。


「男が来ました。交戦を開始します」


正義ズラする気は無い。あくまで俺が人を殺したくないから、より利益があるから選ぶだけだ。


イヤホンをしまう。


『で?どうよ?』


いつもと同じ軽さなのに、不思議と重みがあった。


俺は――


「意見は変わらん...殺したくない。生け捕りを狙う、手伝え」


人でいたい。だからお前の命、賭けさせてもらう預かるぞ


『策はあんの?』

「ある」


新倉のスタンスは知らないが..人殺し大好きな考えでは無いのは人柄を見て分かる。それとノアに反対して貰えば...いける。


同時、巨大な氷柱が立つ。


「おいノア!」

『何だ?』

「無詠唱とか二節以上の詠唱ってどんな理屈でやってるんだ?」

『...無詠唱はイメージと言霊の使い方で...時間が足りねぇから最低限の情報を直接"送る"ぞ』


瞬間、脳に突然情報を押し込められる。酷く不快な感覚だった。


二節以上の詠唱


そもそも魔法の「一節」「二節」ってのは、単純な上下関係じゃない。

より複雑な処理ができるかどうか、その“工程の深さ”の差だ。


例えば、水をただ出すだけなら一節。

出す水の温度を変えられるなら二節。

さらに、生成する水を海水に変える……みたいに工程が増えれば三節ってわけだ。

要するに、工程が複雑になるほど節が上がる。これ以上詳しく解説すると長くなるから魔導所を見ろ。


無詠唱


通常の魔法は、言葉でイメージを明確にして精霊を呼び込む。

本来はこの“言葉”が魔法の動作そのものなんだが、

無詠唱の場合は、その言葉を省いた状態で正確なイメージを直接精霊に伝えなきゃいけない。これが難易度の差だ。


さらに無詠唱は詠唱がない分だけ多くの魔力が必要になる。

ある程度以上の魔力量がないと発動すらできない。


ちなみにお嬢がやってた詠唱短縮は、言葉を削る分イメージが伝わりにくくなる代わりに魔法をより素早く発動出来るって寸法だ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


...大方理解出来た。なら


「おい、高威力の魔法でも、無詠唱ノーモーションで放てるか?」


ノアは一瞬、言葉を発しようと口を開く。

が、思い直したようにそのまま口を閉じ、代わりに口角だけを静かに上げた。


『...いけるぞ』


分かった。後は鑑定眼で俺の思考を読んで策を導き出してくれ。


『了解』



――行動開始

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