第7話 冒険者ギルド

 わたしはルオさんに2階の階段付近にある1人用の部屋に案内されると、そこにはベットと荷物を入れるられる木箱が置かれていた。ベットは底に皮紐を縦横に張り、その上に藁束をくるんだ綿のシーツを置くという形で作られている。毛布は羊毛をそのまま平たく成形したもののようだ。ドワーフ族は畳に藁入り敷布団を敷いて羊毛布をかけて寝るスタイルなので、藤堂の記憶からしても藁ベットはちょっと珍しい。試しにベットに座ってみると、底の皮紐がサスペンションのように沈んで思ったよりも寝心地が良さそうだ。ただミソノの記憶にある、冒険者から聞いた宿のイメージと違っていることに首を傾げる。たしか冒険者の話では木床の上に自分の毛布を敷いて寝るというものだったが。わたしはルオさんに疑問に思ったことを聞いてみた。


「冒険者達から聞いた宿のイメージと違いますね。」


「この部屋は商人や僧侶みたいな、別の町を転々としている人が借りる部屋だからね。冒険者みたいにある程度実力があり、定住を決めない職の人はタコ部屋だったり、一緒に仕事をしている人を誘って4人部屋とかを借りているんだ。まあそういう部屋は安いからね。」


 わたしはなるほどと思い頷く。確かに長期間部屋を借りて過ごすならなるべく安いほうがいいのは確かだ。わたしも冒険者稼業をしていて、自己防衛が出来るなら毛布1枚で雨風さえ凌げれば良いと思うだろう。一泊12ドルクは確かに高い気がする。まあルオさん曰く、1人宿の相場は25ドルクからという話なのでかなり安くしてもらっていることは間違いないのだが。


 ルオさんから部屋の鍵を借りると1階で待っているビクトリアさんと合流し、ルオの宿を後にした。


 宿から10分ほど歩くと、大通りを抜けてアリア町の中央付近に着いた。中央には大広場があり屋台などが乱立して人々でにぎわっている。その広場の中央には大きい井戸があり、10歳ぐらいの子供たちがせっせと滑車を回して水を汲んで、並べてある木桶の中に水を移していく。その木桶をさっきの子より少し大きな子が両肩に担ぎ、わたしたちが歩いてきた大通りに向けて人混みをかき分けていく。まだ幼い子供たちには水を汲むのも力仕事なのに保護者が傍に居ないこと、子供たちは手馴れたように交代して水を汲んでは運んでいく。ここ辺りの子供たちが協力してやっているにしては多くの水を運んでいる。その不思議な様子をみていると、ビクトリアさんがわたしの視線の先に気が付いたようでなんでもないように告げる。

 

「あの子たちは冒険者ギルドが雇っている孤児たちだな。この国はダンジョンが多いから冒険者になる大人が多くてね。魔物や魔族と戦うという仕事だから仕方がないんだけど、やっぱり子供を残したまま亡くなる冒険者もいるわけだ。」


 わたしは藤堂とミソノが混じり合う前に、遭遇してしまったジャイアントベアに襲われた時のことを思い出す。わたしと幼馴染を護衛してくれていた冒険者たち。彼らは確か要人護送のギルド依頼を受けたベテラン冒険者だったはず。それでも魔物と人間の肉体のポテンシャルは大人と赤子ぐらいの差がある。例え、【テクス】のランクを上げて身体力の倍率を上げたとて、それは中々埋まるものではないだろう。あの場で私を捨てて逃げださずに戦ってくれたことに感謝しかない。あの二人は無事なのだろうか。

 そこで少しの頭痛と共に、ミソノの幼馴染が崖下へと落ちるビジョンを思い出す。心臓が握り込まれたように痛くなって、手先から熱が抜けてく。・・・あまりのショックでミソノが無理矢理忘れようとしたものを、藤堂がこの身体に入ったことにより緩和されたから思い出せたんだろう。どうか、どうか全員無事でいて欲しい。自分についてきたばっかりに、だとは思わない。思わないけれど、悲しみは拭いきれずに身体が震えてしまう。


「まあ、あの孤児たちが働いてくれているから、アタシら冒険者やこの町で働く人たちが自分の仕事に専念できるんだ。この町には冒険者管轄の孤児院もあるから、アンタが気の毒に思うなら稼げるようになったときに寄付でもしに行くといい。」


「そうですね。教えてくれてありがとうございます。」 

 

 ビクトリアさんがそういうと、わたしの肩を叩いて冒険者ギルドの看板を指さした。わたしはビクトリアさんにお礼をすると冒険者ギルドへと向かった。


 ギルドの外観は、周囲の建物と同じ巨大なレンガ造りの2階建て。2階部の中央に、冒険者で崇拝されているテクス・エルス教のシンボル(ひし形の青い水晶の周りを矢印の輪が2本取り囲んでいる印)が描かれた看板を掛けている。このシンボルはミソノの家にあった歴史書の表紙に描かれていて、ミソノは家にある本を飽きるほど繰り返し読み返している為、そのシンボルをすぐに思い出せた。その看板の下には両開きの大きな扉が設置されている。わたしの身長の2倍もありそうな扉に一瞬あっけに取られている間にビクトリアさんがその扉を軽々と押し開ける。建物へ入っていくビクトリアさんに遅れないよう慌てて入り口をくぐった。その瞬間、ざわざわと騒がしかった音が止んだ。──強面の冒険者の方々が談笑を止めこちらを向いたのだ。眼光の鋭さにわたしは蛇に睨まれた気持ちになって一歩後ずさってしまう。ビクトリアさんはまったく動じておらず、止まったわたしに気が付かずに先へ進む。強面の冒険者たちはわたしの姿を上から下まで値踏みして興味が失せたのか同じテーブルの仲間たちと再び談笑し始め、漸く喧騒が戻ってきた。針のような視線がなくなったことで緊張がほんの少しとれたわたしは錆びついた関節を懸命に動かしてビクトリアさんが居る受付へと駆けていった。

固まっていたわたしを見ていたのか受付カウンターによりかかっているビクトリアさんはカラカラと笑う。


「ハハハ。アタシら冒険者は相手の実力を見極めないと生きられない性分でね。初対面の相手には大概【洞察】のスキルで値踏みして、自分の実力と比べるのさ。グレスは萎縮したし身なりも冒険者のそれじゃないから突っかかられることはないんじゃないか?まあ、ゴロツキ落ちには絡まれる可能性は高いから用心はしときな。」


「【洞察】ってどういうスキルなんですか?」


「【洞察】は見続けることで相手の身体能力を確認する能力だ。取得したばかりの時は10秒ぐらい注視し続けないといけないから戦闘には使えないもんでな。いくらか鍛錬すると個人差はあるが1秒ぐらいで判断できるようになるから鍛えて損はないスキルだ。」 


「なるほど。だから冒険者さん達はわたしをじっと観察していたんですね?」


「まあ、たぶんそれだけでないやつもいたがな……。」


 大勢の視線を集めるのはあまり心地が良いものではないなあ。視線から解放され、安心できるビクトリアさんの傍についたわたしはギルドの内観を見渡す。ルオさんの宿と違ってテーブルやイスがあっちこっちにまばらに配置されており、ギルド受付までの道を邪魔している。おそらく綺麗に配置しても冒険者たちが勝手に移動させてしまうのだろう。受付の横には大きなコルクボードがあり、そこに釘で素材の相場が掛かれた張り紙や商人の護衛など多種多様な依頼が貼られている。ギルドのエントランスは吹き抜けになっており、受付カウンターの向こう側に2階へと上がれる階段がある。2階には関係者以外が立ち入れないようになっているようだ。2階はどうなっているのだろう。好奇心が疼いて階段を覗き込もうと踵が伸びたところで、そこから降りてきた女性がカウンターへと近づいてきた。


「冒険者ギルド・アリア支部へようこそ。本日はいかがなさいましたか?」


 ビクトリアさんがわたしの背を軽く押す。たぶん先に受付をしていいということなのだろう。わたしは慌ててマジックバッグから依頼書と父からの推薦状を取り出して受付嬢へと手渡す。


「わたしはエバーカット村から来たグレステン・ミソノと申します。父・シュレードに代わり、【鑑定】の依頼を受けに来ました。こちら依頼書と代行の旨を記した推薦状です、ご確認ください。」

  

「かしこまりました。少々お待ちください。」


 手渡した紙を受付嬢が受け取りしばらくすると、受付嬢はそれらをカウンターへと置く。わたしの後ろを確認してから小首を傾げ、顔に困っていますとありありと書いて眉尻を下げた。


「えっと。推薦状によれば冒険者二人とアサクラ様とお見えになると書かれていますが、いかがなさいましたか?」


 その言葉にわたしは言いよどみながらも道中のことを受付嬢に説明する。藤堂とミソノが融合したことを省き、ジャイアントベアと再び遭遇したと言葉にした時、ビクトリアさんがジャイアントベアの討伐依頼中にわたしを救助したと補足するよう詳しく報告をしてくれた。

 受付嬢は護衛役の冒険者と幼馴染が居ないことに納得したのかビクトリアさんとわたしに労いの言葉をかけた。

 

「三人の安否は不明ということですね。……失礼を承知で伺いますが、貴女がグレステン・ミソノ様と確認できるものはありますか?証明できる冒険者が居ないので、お手数をおかけします。なければないで仕方ないのですが……。」


「えっ、わたしと確認できるもの、ですか?ええと……、あっ。」


 申し訳なさそうな視線をうけつつ、わたしは小刀を彼女へ差し出した。この小刀はミソノ自身が打ったもので、銘を切ってある。果たしてこれがその証明に役立つものかはわからないけれど、この世界には便利な顔写真付きの証明書が無い為自分しか知らないだろう情報で証明しようとするしかない。


「こちらの小刀の茎……、えっと、柄の中にわたしの名前が彫ってあります。少々工房をお借りすることが出来ればお見せ出来ますが、お借りすることはできますでしょうか?」


「あら、ではその必要はございません。【透視】スキルを使用させていただきますね。どうぞ、そのまま武器をカウンターの上へ。」


 指示に従って刀身を抜くことなく置けば、彼女は小刀を覗き込むように顔を俯かせて両手を小刀へかざす。数秒、十数秒と経って茎へ刻まれたわたしの名を確認できたのか、彼女のあがった顔には笑顔があった。

 

 〇ユースリム大陸知識

 の世界に紙が沢山ある理由

 この世界の沼地付近(毒沼)に生息する、スライムという生物を構成する液体に木片を漬け込むと溶解して、出来上がった白い粘液をローラーに塗り付ける。そのまま手動でローラーを回転させることで空気乾燥させたものが一般的に出回る紙になる。

 ほかにも皮の柔らかい魔物から皮を剥いでなめしたものを使ってもいるが、値段はスライム紙より高額になる。

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