第40話 もう一度、仲間として
崩れた天井の隙間から、光が差し込んでいた。
戦いの余韻が、まだ空気に残っている。
血の匂いと焦げた石の匂い。
それらの中に確かにあったのは、生きている者たちの息づかいだった。
「先生! 先生! アタシが作戦を立てて采配をしたんです! 先生に教わったことをしっかり実践したら、上手くいきました!」
フェンが胸を張り、鼻息荒く笑ってみせる。
その隣からシュッと出てきたのは、服が破れて普段以上にあられもない姿となったリリム。
「せんせ♡ せんせのおかげでぇ、りり、聖女さんに負けなかったよぉ♡ えらい? 褒めて褒めてぇ♡」
「ちょ、リリム! 近い! いつもより近い!」
むぎゅむぎゅと抱き寄せてくる
ドラコはそんな僕たちを見て呆れたように笑いながら、拳を握る。
「キサマの言ったことが、やっと実感できた。守る強さ……確かだな」
その顔は、埃と血だらけでも誇らしげだった。
ノアはふらふらと立ち上がり、手をひらひらと振る。
「ぷるる……ノア、また、まほう、つよくなっちゃった」
「流石だなあ……僕が逆に教えてもらわないとね。今度、ゆっくり時間を取ろう」
僕は、笑いながら全員を見渡した。
誰も欠けていない。
ボロボロになりながらも、全員がここにいる。
それだけで、もう十分だった。
「……まったく。本当に優秀な生徒たちだ」
和やかな空気が広がる。
戦いが終わったあとのこの静けさが、これほど心地いいと思ったのは初めてだった。
けれど、その空気を静かに切り裂く声が響く。
「……アレン先生。そして、皆さん」
皆の視線が向く。
そこに立っていたのは、壁際で傷だらけのままのセラだった。
衣は裂け、羽は煤け、それでもその背筋はまっすぐだった。
「本当に、すみませんでした」
そう言って、深々と頭を下げた。
「私は……あなたたちを裏切りました」
その場の空気が止まる。
ドラコが眉をひそめる。
「……謝って済むと思っているのか」
いつもは不遜な物言いを咎めるフェンも、それに同調する。
「セラ先生……いや、もう先生と言っていいのかすら、アタシにはわかりません。信じて……信じていたのに……」
フェンは唇を噛み、リリムは俯いた。
「りり、怖かったんだよ? ほんとに……ほんとのほんとに、死ぬかと思ったのぉ……!」
ノアも言葉を探すように、ぷるぷると体をゆすっている。
セラはそれをすべて受け止め、静かに言葉を続けた。
「すみません。言い訳や反論は、何一つありません。私は天界への復帰に釣られ、貴方たちを裏切りました。……でも、あの瞬間、私は確かに思ったのです。貴方たちを……守りたいと」
僕はゆっくりと立ち上がり、セラの前に歩み寄った。
「……セラ先生がどんな顔で生徒を見ていたか、僕は知ってます」
皆が顔を上げる。
「普段から冷徹で厳しいけど、それは突き放すためじゃない。強くしてやりたかったから、優柔不断で頼りない僕に足りないところを、補ってくれていただけでしょう」
「……アレン先生」
「今回だって、あなたが来なかったら全員死んでました。裏切りは紛うこと無き事実だ。でも……最後に副担任として戻ってきたのも、事実です」
セラは唇を震わせた。
「そんな……私は……」
僕はくるりと反転し、生徒たちの方へ向き直る。
「僕も勇者との戦いの中で一度は心を折って、諦めかけたんだ。でも僕もセラ先生も、もう二度と君たちを見捨てたり裏切ったり、諦めたりしない。君たちを最後まで守り抜くと誓う。だから……僕とセラ先生に、もう一度チャンスをくれないか」
「アレン、先生……」
生徒たちは顔を見合わせた。
「……アレン先生にそう言われては、私たちからは何も言えません」
そう言って、フェンがため息をつく。
「キサマたちには、まだ教わらなければならないことが山ほどあるからな。今やめられては困る」
ドラコはそっぽを向いてぼそり。
「うん。りりは……やっぱり、アレン先生とセラ先生、二人そろってりりたちの先生だと思うからぁ」
リリムは微笑んだ。
「……ノア、セラせんせいの、まほう、しりたい」
ノアはぽつりと漏らし、体を震わせた。
生徒たちそれぞれの言葉を聞いたセラの瞳から、静かに涙が零れた。
「アレン先生……皆さん……ありがとう……ございます……」
うんうん。
これで、全て丸く収まっ――
「――あ」
肝心な人を忘れていた。
僕たちの上司にして、魔族を統べるお方。
いくらこっちで丸く収めたって、その方の一声で全ておじゃんになってしまう。
普段は軽薄でノリの良い彼だが、締める所は締める。
もしかしたら、セラの命を奪う、なんてことになってもおかしくない……。
「よーし! めでたしめでたしってことだね!」
「えっ」
視線をやると、魔王は短い子供の足をぷらぷらと振っていた。
「い、いや、いいんですか? 僕たちとしては嬉しいですけど……」
「うん、いいよ。だって裏切るの知ってたし」
「……は?」
そうだった。
魔王はセラが天界とやり取りしてるのを気づいてるんだった。
セラと生徒たちは、ポカンと口を開けている。
「だってセラだよ? 堕天したとはいえ、元天使長だよ? 裏切るに決まってんじゃん?」
「……あの、魔王様、それフォローになってませんが」
「でも最終的に戻ってきたでしょ? じゃオッケー。最後にどっちに着くかが大事だよ~」
生徒たちはそれを聞いて、呆れたように笑った。
「魔王様ぁ、軽いねぇ……」
「ぷる……むしろ、いちばん、こわい」
「最初から知っていて放置していたのですか……タチが悪いですね」
「もしオレたちが負けたらどうするつもりだったのか……ったく」
魔王はからっと笑った。
「終わりよければ全て良し、さ。君たちは勝ったし、セラは帰って来た。何も問題なし!」
セラは膝をつき、こぼれた涙を拭う。
「……ありがとうございます……本当に……」
僕は肩の力を抜き、そっと手を差し出す。
「もう一度、一緒に頑張りましょう。仲間として」
セラはその手を握り、頷いた。
崩れた天井から光が差し、金色の粉塵が舞った。
セラは微笑み、生徒たちは穏やかにそれを見つめる。
戦いは終わった。
奇妙で騒がしい魔王学校の物語は、今日も笑いとともに幕を下ろす。
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