第38話 魔王学校副担任セラ・ヴェイル ~side セラ~

まえがき

 今回は、アレンたちを裏切ったセラ視点の物語です。

 いったい彼女は現在、何をしているのでしょうか。

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 冷たい石畳を踏みしめるたびに、乾いた靴音が通路に反響した。

 長い黒髪と黒翼を揺らしながら、重い足取りで歩く女――堕天使セラ・ヴェイル。

 彼女はひとり、大広間へと続く長い道を進んでいた。

 ……他の面々に、かなり遅れて。


 あのとき、すぐに同行していればよかったのだ。

 勇者たちを神殿の入口で迎え入れ、魔王の居場所や神殿内の構造、そしてどこかの通路に居るはずの魔王候補生たちの情報を渡した。

 そして勇者レオンハートを大広間に送り込み、徒歩で進む残りの三人を見送った。

 セラ自身も、彼らに同行すればよかった。

 だが、立ち止まってしまった。

 理由はわからない。

 いや、わかっていたが、認めたくはなかった。


「無残に散っていく生徒たちの姿を……この目で、見たく無かったのでしょう」


 通路を進みながら、セラは呟いた。

 本来なら、あの時、そのまま三人と共に進むはずだった。

 だがセラは歩みを止めていた。


(なぜ……私が行けば、任務はより確実になるのに)


 そう思っても、身体が動かなかった。

 胸の奥から湧き出すのは拒絶。

 彼らを見たくない。

 手を下したくない。

 そういう感情だった。


「……これは」


 戦闘の跡、だろうか。

 あたりの空気が、やけに澄んでいる一帯があった。

 恐らく、この通路を進んだのは聖女とやら。

 元天使族の自分でさえ、むせかえってしまうような聖なるオーラ。

 これを魔族せいとたちが浴びたらひとたまりも無いだろう。

 その場面を想像するだけで、胸がずきんと痛む。


「え――」


 思わず、声をあげてしまった。

 進んだ先にいたのは、無残にも浄化の光で焼かれてしまった生徒――ではなく、ぐったりと地に伏した聖女ミントであった。

 静かに近寄って、様子をうかがう。

 息はある、死んでない。

 けれど意識を失っている。

 これは、つまり……。


「あの子たちが……勝った、と」


 経緯はてんでわからないが、きっとそういうことだろう。


「ふ、ふふ……っ!」


 重く沈んでいた心が、ふわっと浮き上がる。

 そして「喜んでいる自分」に気づき、また自己嫌悪に陥る。

 セラはぶんぶんかぶりを振りながら、再び歩き始めた。

 今度は、先ほどよりも少しだけ軽い足取りで。 


 長い通路を歩き切り、重い扉に手をかける。

 軋む音と共に、大広間へ足を踏み入れた瞬間――


 ――バキィン!


 巨体が宙を舞う光景が目に飛び込んできた。

 それは魔王軍幹部、獣鬼将バル・ゾラ。

 あの豪胆で頑強な武人が、勇者レオンハートの剣に叩き伏せられていた。

 石壁が粉々に砕け、瓦礫と塵煙が広間を覆う。

 床に崩れ落ちるバル・ゾラ。

 白目を剥き、口から泡を吹いたまま動かない。


「……っ」


 息を呑んだ。

 そして気づいた。

 勇者の視線の先に、生徒たちの姿があった。

 血に塗れ、もはや生きているのか死んでいるのかも定かでないドラコ。

 眠っているようにぐったりと脱力しているリリム、ノア。

 そして、皆を支えるフェン。

 勇者パーティはどこにもいない。

 

「なんてこと……」


 セラは一瞬「計画が狂った」と思った。

 だが胸をよぎったのは失敗の焦りではなく、生徒たちの無事な姿を見たことへの、確かな安堵だった。


(……私は、もう)


 心の奥に、これまでの経緯が蘇る。

 天界から命じられた「勇者に協力せよ」という命令。

 魔王が弱体化したこの機を逃さず、内部から勇者を導き入れる計画。

 それを成せば、堕天の汚名をそそぎ、再び天に戻れると信じていた。

 「命令に従えば秩序は守られる。情を捨てねばならない。人間に肩入れしない。人間は醜い。人間は嫌い」――そう、ずっと自分に言い聞かせてきた。


 しかし、その淀んだ思考が振り払われるひと時もあった。

 生徒たちと過ごした日々。

 アレンと共に、彼らを導き、叱り、時に励ました時間。

 利用すればいいと思っていたはずなのに。

 なぜ、自分は今、彼らの無事に安堵している?


「……愚かだな」

 

 セラは自嘲した。

 だが否定はできなかった。

 確かに自分は、生徒を守りたいと思っている。

 そのとき、脳裏を裂くように冷たい声が響いた。


《愚か者よ、任務を忘れたか。奴らは所詮、魔の存在だ。切り捨てよ。我に従えば翼は輝きを取り戻し、天界への復帰も許されるだろう》


 金属を擦る音のような不快な響きと共に、直接意識に叩き込まれる声。

 セラはこめかみを押さえ、思わず膝をつく。


「や、めて、ください……!」


 声は、なお強くなる。


《一度は見逃した命令違反。二度目は許されぬぞ。従え。従えばすべて元通りになる》


 ……元通り?

 セラは唇を噛み、嗤うように呟いた。


「そんなもの……もう要らない」


 最後に浮かんだのは、必死で仲間を守ろうとする生徒たちの姿だった。


《従え……従え……》


「――うるさい!!」


 セラは叫んでいた。

 目をしっかり開き、眼前の光景を見る。

 すると勇者レオンハートが剣を振りかざしていた。

 鋭い光が走り、生徒たちの命を奪わんと迫る。


「まずいっ……!」


 セラは翼を広げ、飛び出していた。

 黒い羽が広間に影を落とし、光を遮る。

 セラの聖なる光で構成されたオーラの剣と、勇者レオンハートの持つ剣がぶつかり合い、火花が散った。

 勇者の瞳に驚きが走る。


「なっ……お前……!?」


 荒い息を吐きながら、セラは剣を構える。

 もう迷わない。

 依然として脳内にけたたましく響く《従え》という声をかき消すように、セラは叫んだ。


「私は……私は――魔王学校、副担任……セラ・ヴェイルだ!!」


 これまで冷たかった声に、瞳に、心に、初めて確かな熱が宿った。

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