【4時間目】テストⅠ

第26話 アレンの日常

「以上が、この魔法陣を組む際の注意点だね。線の交差は……」


 黒板にチョークを走らせながら説明していた僕の言葉を、唐突な声がかき消した。


「――じゃ、じゃん……!」


 生徒たちの方へ振り向くと、立ち上がっているのは元気いっぱいのノア。

 彼女は机の上に、丸い宝珠を置いていた。

 掌にすっぽり収まるサイズ感。

 宝珠の中には、青白い光が淡くゆらめいている。


「わぁ……何これぇ……! すっごいキレイ♡」

「不思議な宝玉だな。どこから持って来たんだ?」

「ふむ。オレの家に飾ってやってもいいくらいの美しさだ」


 わらわらとノアの席に集まる生徒たち。

 いや、授業中なんですけど。


「これは、なづけて……つーしんほーじゅ!」

「通信宝珠?」

「きゃ♡ せんせーも見たいのぉ?」

「あ」


 ダメだダメだ。

 興味を引かれて復唱してしまった。

 授業中だってのに。

 さて、気を取り直して。


「これはどういうアイテムなの?」


 知的好奇心には勝てませんでした。

 問われたノアは、えへんと胸を張る。


「その、なの、とーり! これに、まりょくを、ながして、みて?」


 僕は言われた通り宝珠を手に取り、魔力を送り込む。

 すると、宝珠の中の光が反応してうごめき、模様を変えた。


「ほんっとにキレイだねぇ♡」


 リリムがのぞき込んで言う。

 こういうキラキラしたものとかが好きなあたり、しっかり女の子だよね。

 などと考えていると、ノアの口がカパッと開いた。


「――『ほんっとにキレイだねぇ♡』」

「え……」


 ノアの口から飛び出したのは、先ほどリリムが発した言葉と全く同じ言葉

 しかも、声質や音程もノアではなく、リリムのものだった。

 これは……まさか……。

 僕は教室の隅に小走りで向かい、生徒たちに背を向けて、宝珠に向かってこっそり言う。


「こんにちは、僕はアレンです」


 数秒後、背後から僕の声。


「――『こんにちは、僕はアレンです』」


 振り返ると、ノアの口が大きく開かれていた。

 間違いない。

 これは、離れたところから言葉を送ることができる特殊アイテムなんだ。

 教室がざわめく。

 ドラコやリリムが身を乗り出し、フェンは怪訝そうに目を細めた。


「一体、どういう仕組みで動いているんだ?」

「しくみ? まりょくの、いとを、のばしてるんだよ」


 ノアはそう言って、うるおいボディをぷるると震わせた。

 なるほど。

 詳しい仕組みはさっぱりだけど、どうやら魔力の糸? とやらを繋いで言葉を伝達しているらしい。

 いや、本当にさっぱりだけど。


「へえ、凄いなあ。これも魔王様に言ってみたら? すぐに兵士たち全員に配備されそうだ」

「でも、まだ、かたほうしか、おくれない。こっちから、こっち」


 ノアはそう言って、宝珠と自身を順番に指さした。

 宝珠からノアへの言葉の送信は可能、逆は不可能ってことだね。


「いやあ、それでも凄いことに変わりないよ。よく開発したね」


 ノアの頭を撫でようとする僕の手を、ドラコが掴んだ。

 そして宝珠を奪い取る。


「フハハ! オレはドラコだ!」

「――『フハハ! オレはドラコだ!』」

「おお……!」


 通信の成功に目を輝かせる少年。


「ワタシは三日も風呂に入ってないぞ!」

「――『ワタシは三日も風呂に入ってないぞ!』……ぷるる!」


 ノアの口から飛び出した暴露に、生徒たちが爆笑する。


「なんと! 意外にもノアは風呂に入らない生態だったか!」

「もうっ……! ノア、まいにち、おふろ、はいってる……!」

「ははは、ドラコは上手いこと考えたなあ」

「なんか腹話術みたぁい」


 目を輝かせるドラコ、にこにこのリリム、腹を抱えて笑うフェン。

 そして開発者であるノアは、怒りをあらわにしながらも、どこか誇らしげ。


「これが普及したら、絶対にもっと便利な世の中になるね」


 僕はノアに笑顔を向けつつ、宝珠をポケットに入れた。


「でもまあ、没収は没収です」

「ぷる!? そ、そんな……!」

「僕も楽しんじゃってて今更だけど、一応授業中だからね」


 ノアがしょんぼりと頷き、教室には再び笑い声が広がった。

 こんな何気ない日常が、今では当たり前になっている。

 勇者パーティで、雑用係として虐げられていた頃の僕には、想像もつかなかった景色だ。




------




 その日の夕方。

 仕事を終え、俺は魔王城の大浴場で湯に浸かっていた。

 広々とした岩風呂には、さまざまな魔族たちが肩まで湯に沈め、思い思いにくつろいでいる。


「ふう……」


 やっぱり一日の終わりは風呂に限る。

 もちろん部屋に浴槽付きのシャワールームも備わってるけど、広いお風呂ってこう……良いよね。

 大きく息を吐き、肩の力を抜く。

 熱気と硫黄の匂いが心地いい。

 その隣に、ざぶんと大波が巻き起こった。


「おう、アレン殿!」


 現れたのは、巨体を誇る魔族の武人、バル・ゾラだ。

 片手に酒瓶をぶら下げ、豪快に笑う。


「今日も生徒を鍛えてきたんだな! どうだ、一度俺と手合わせしないか!」

「またそれですか……」


 僕は苦笑する。

 実はリリムの一件以降、彼とは顔を合わせれば話す程度の仲になっていた。

 どうやらあの戦いで、僕を『戦士』と認めてくれたらしく、こうして頻繁に手合わせをねだられている。

 あの時はたまたま周囲に使える物があったってだけで、今やったら間違いなく僕が負けると思うなあ。

 やる必要ないよ、ほんと。

 しかしバル・ゾラは気にした様子もなく、酒をあおり、どんと肩を叩いてきた。


「ガハハ! いやあ、実はな。この軍を一時抜けることになってな!」

「えっ!? 魔王軍から抜けちゃうんですか?」

「ああ! とは言ってもだがな。故郷で少しいざこざがあったらしくてな、様子を見に向かわねばならんのよ」

「そうなんですか……それは大変ですね。故郷はどちらですか?」

「言ってもわからんと思うぞ! かなり田舎の方だからな!」


 バル・ゾラは「それでは!」と言って勢いよく立ち上がると、風呂場を後にした。

 一人残された僕は、彼の言葉を反芻していた。


「家族の問題、故郷の問題、か……。そうだよね、魔族にも当然そういうのあるよね。いずれ、生徒の皆の家族にも向き合わなきゃいけないよなあ」

 

 一番大変そうなのは……リリムのところかな。

 などと思いを巡らせていると、風呂場の扉が勢いよく開き、慌てた使い走りが駆け込んできた。


「アレン先生! こんな所にいらしたか……! 魔王様がお呼びです!」


 ざわめく浴場。

 僕は慌てて立ち上がり、湯から上がった。

 水滴を拭いながら、自然と顔が引き締まっていく。


 この呼び出しは……何も無いといいな。

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