怜と陽菜

小野飛鳥

第1話 水瀬怜の日常

冬休み明けの学校

今日は久しぶりに私の彼女、紅葉もみじに会うことができる。


最近はRimeライムでメッセージを送っても全然返信してくれないけど受験生だから仕方ない。


鏡台きょうだいの前に座り紅葉が好きと言ってくれる長い髪の手入れをしながら、私はルンルンとした気分で今日は何を話そうか考える。


「冬休みどこ行った?」だとか「お年玉はどれくらいもらった?」だとか、たわいもない話題でも紅葉と話せればきっととても楽しいし幸せだろうな。


制服に着替え、紅葉に渡す旅行のお土産みやげをこっそりリュックにしのばせて家を飛び出す。


学校があると言ってもまだ初日なので始業式をして課題を集めるだけだ。

始業式の校長先生の長〜いお話さえ乗りきればあとは課題を提出するだけで紅葉と一緒に帰れる。


校長先生の話を右から左へと聞き流し、すばやく課題を出してから紅葉を呼びに行く。

もしかしたら三ミリくらい浮いていたかもしれない。


もちろんこのかんも頭の中は紅葉と話すことだとか、お土産喜んでくれるかなだとか、紅葉のことでいっぱいだった。


紅葉のクラスに着き、前扉にいる女子に話しかけて紅葉を呼んできてもらう。


冬休み前に誰にもたのまずに

「紅葉帰ろー!!」

と大声で言ったら顔を真っ赤にして怒られたのでしっかりと反省を生かす。


教室からリュックを背負って出てきた紅葉はいつもとは少し違う笑顔で私に手を振ってくる。


きっと受験勉強の疲れを見せないように笑顔でいてくれるんだ、と思った。


「受験勉強大変だよね~、あんまりRime送らないほうがいい?」

軽い気持ちで聞いてみた。


「そんなことないよ。れいのRimeにいつも助けられてるよ」

何か言いたそうに遠くを見ていた紅葉がパッとこちらを向き笑顔で答える。


「本当のこと教えてよ!なにか隠してるでしょ!」

私の第六感がその笑顔の裏にあるを感じとり気付けば声を出していた。

想像以上に大きな声を出していたのか、下校中の生徒に注目される。


紅葉は立ち止まって、あごに手を当てて少し考えたあとに口を開いた

「実はね...」


少し迷った様子だったが紅葉は最後まで言い切る。


「もう怜とは一緒にいれない」


その瞬間、私の時間は止まった。


どこで間違えたんだろう。

「Rime送りすぎて気持ち悪かった?」

「クリスマスのプレゼント交換にもっと力入れるべきだった?」

頭の中をいろんな想いが駆け巡る


何も口に出せずに突っ立っていると紅葉は言葉を続ける。


「私かっこいい人のことが好きになったの。だから怜とは...」


「紅葉の思うかっこいい人になるから」

私は反射的にそう答えていた。

涙をこらえながら紅葉をじっと見つめる。


「言葉選んだつもりだったんだけどな…」

紅葉は目をらすように空を見上げて悩んでいる。


私と紅葉の間を沈黙ちんもくへだてる。


紅葉はやっと決心がついた、と言わんばかりに視線を空から私に移して口を開く。

「正直に言うと怜のことが嫌いになったわけじゃないんだよ…」


その言葉に安心してしまう自分がいた


「ただ、ただね…」


続く言葉を待っている時間は永遠に感じた。


「やっぱり私は


何かがぷつりと切れて目の奥がぐっと熱くなった。

それでも紅葉は言葉を選びながらもたんたんと続ける


「こんな気持ちのまま怜と付き合うのはよくないと思う」


嫌だ、言わないで、それ以上は聞きたくない


「別れましょ」


視界がにじんで大好きな紅葉の顔がゆがんでいく


「楽しかったよ。いままでありがとう」

そう言ったつもりだけど泣き出してぐちゃぐちゃになった私の声が紅葉にちゃんと届いたかはわからない。


気づけば自分の部屋にいた。


あの場に居合わせた友達が声をけようとしてくれた気がする。

だけど、泣きながら走って帰った私の耳には紅葉のしか残っていない。


家に帰ってからも涙はしばらくあふれ続けていた。


お母さんは何かを察したのか

「夜ご飯置いとくわね」

そう言って私の大好物のハンバーグを部屋の前に置いていってくれた。


少し落ち着いてからハンバーグを口に入れる。泣いていたからだろうか、普段と比べると少ししょっぱくて、香りはあんまりしなかった。


空っぽの心が紅葉の温もりを感じたくなり、無意識に紅葉との思い出の品を引っ張り出す


クリスマスに「受験勉強頑張ろうね」と言って、プレゼントしてくれたシャーペン。


「いつもありがとう」と頬を赤く染めながらくれた手紙。


甘いものが大好きな紅葉の好みに合わせて買った旅行のお土産。


楽しかった思い出にふれ、さっきまでとは違う温かい涙があふれてきた


「もう紅葉とは会えないんだな」

夜の静寂せいじゃくに私の言葉は吸い込まれていった


泣き疲れていた私は気づけば寝落ちしていた。



カーテンから差し込む光が私を現実に引き戻す。


「学校に連絡したから今日はゆっくり休みなさい」

あえて部屋には入ってこず、壁越かべごしにお母さんが言った。


そういえば昨日はスマホを使わなかったなと思いながら机の上のスマホを持ち上げる


ロック画面には大量の通知がまっている。


どれも友達からの「昨日泣いて帰ってたけど大丈夫?」といった内容のRimeだった。


その中に意外な人からのRimeを見つけ、目を見開みひらく。


昨日私がフラれた相手、今でも大好きな元カノ


紅葉からだった。

「私も楽しかったよ、ありがとう」


「ちゃんと、届いてたんだ」

泣き続けてかすれた声で一人つぶやいた。


「私のことは忘れて次の恋に行ってね」

震える手でそう送った。



翌日

一日休んだことで落ち着いた私はいつも通りをよそおって登校した。


それでも私の中ではあの瞬間しゅんかんから時計の針は進んでいない。


それなのに友達は「過去のことなんだから、ぐずぐず言ってても仕方ないよ」だとか「次があるから大丈夫だよ」だとか言って慰めようとしてくる。


そのやさしさが私には時計の針を無理矢理動かされるみたいで痛かった。


時間を巻き戻せないことはもちろん頭ではわかっている。


それだけならまだしも、その場に立ち止まることさえも許されない。


その場に立ち止まろうとしようものならば、私は友達のやさしさにぐちゃぐちゃにされておかしくなってしまいそうだった。


だからお母さんに頼んでしばらく学校を休んだ。

ひたすら考えて、泣いてを繰り返した


何日間なんて数える余裕なんてないほどに来る日も来る日も枕をらした。


「未来に進むしかない」


最終的に私は十五年の人生からそう結論づけた。

それが人生というものだと思ったから。


だから私は紅葉の言った「男の子」よりもかっこよくなって見返すために、ある決心をしてあの日以来座っていなかった鏡台の前に座った。


紅葉が好きと言ってくれた長い髪を震える手で握る。


「私は怜の長い髪が好きだな〜さらさらだし、いい匂いするし」

隣でそう語る紅葉の姿や声が思い出される。


――


私は紅葉との思い出と一緒に長い黒髪を切り落とした。


切った髪の重さ以上に体が軽くなった気がする


目を赤くらして、左側だけ髪が短くなった鏡の中の不格好ぶかっこうな自分に対してほほえみかける。




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