見えない相手と、見えている“つもり”の物語
見えない相手と、見えている“つもり”の物語
世の中で最も難しいことの一つは、「他者の視点で物事を考えること」だと思う。
それも、顔見知りの友人や取引先といった“想像のつく誰か”ではない。
まったく接点のない、価値観も背景も異なる“まだ見ぬ誰か”の視点に立つということ。
仕事で、チラシやWeb広告といった販促物のクリエイティブディレクションを行っている。
企画を立て、伝えるべき本質を言語化し、デザイナーやプランナーと協力して、ひとつの「伝達物」を作る。
その中でしばしば直面するのが、クリエイティブプランナーから上がってくる構成案やコピーが、「読み手がそのサービスをすでに知っている」ことを前提に組まれているという問題だ。
たとえば、サービスの特長を3つ並べたコピー。
それは確かに正しい。でも、そもそも“それ”が何であるかが分かっていない読み手にとっては、何一つ頭に入ってこない。
生活者の目線に立てば、それは当然のことだ。広告は、基本的に唐突に生活の中に滑り込んでくる。
朝、駅前で手渡されたチラシ。ポストに投げ込まれたDM。SNSのタイムラインを流れてきたバナー。
どれも、こちらの都合とは関係なく、読み手の日常に「ふいに」現れる存在だ。
そんな状況で、「このサービスの特長は〜」「○○が選ばれる理由」などと突然語りかけられても、
その“○○”がそもそも何なのかを知らなければ、心に引っかかることもない。ましてや必要性を訴求するなど烏滸がましい。
私たちがまずやるべきなのは、「知らない」ことを前提に、ゼロから相手に“出会わせる”ことだ。
これは、創作においても同じ構造がある。
小説や脚本を書くとき、作者は“神の視点”を持ってしまう。
この物語がどう終わるのか、AとBが後にどんな関係になるのか。
物語の行き先を知っているがゆえに、キャラクターが「知るはずのないこと」を地の文に漏らしてしまう瞬間がある。
たとえば、Aというキャラクターのシーンを描いているのに、同時刻に別の場所にいるBの心情が唐突に挿入される。
読者としては、その僅かだが確実なズレに違和感を覚える。
作者の都合や感情がキャラクターに乗り移ってしまうことで、物語ににわかに“綻び”が生まれる。
「そのキャラが何を知っていて、何を知らないのか」という“知識の線引き”は、絶対に守らなければならない。
これはただのテクニックではない。物語の信頼性、ひいては読者の没入感に直結する問題だ。
創作者は読み手の“視点”も想定しなければならない。
初めて読む読者が、どこでつまずくか。誰に共感し、どこで距離を感じるか。
その読者もまた、「まだ見ぬ他者」である。
つまり、クリエイティブも、創作も、「自分が分かっているもの」を、「まだ何も知らない相手」にどう渡すかという行為だ。
それは想像以上に繊細で、厄介で、根気のいる作業だ。
けれど、その“無知の前提”にどこまで寄り添えるかが、
響く物語の分かれ道になるのだと思う。
私たちは、つい“分かってくれるはず”という前提で語ってしまう。
しかし本当に必要なのは、「何も知らない誰か」に対して、ゼロから“共に歩く”ように言葉を重ねていく姿勢だ。
それは地味で、冗長で、もどかしい時間かもしれない。
だが、そうして丁寧に作られた言葉だけが、他者の心にまで届いていく。
見えない誰かの目線に、真摯に寄り添える人間でありたい。
そして、そんな視点を持つ作品や広告こそが、これからの時代においても、確かな価値を持ち続けるのだと信じている。
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