第22話 疑似迷宮

 二日後、僕たちはオーレン防具店を再び訪れた。


「おお、来たかの。ちょうど出来上がったところじゃよ」


 オーレンさんが奥から僕たちの新しい防具を持ってきてくれる。風狼の皮で作られた僕の防具は、深い青緑色をしていて、触ると軽やかだが硬質さも感じる不思議な手触りをしていた。一方、ルシェルの炎鱗蜥蜴の鱗で作られた防具は、朱色がかった赤で、鱗の模様が美しく輝いている。


「試着してみなさい。わしの目に狂いはないが、一応確認じゃ。一応成長したときの調整も可能にしてあるでの」


 着替えを済ませて鏡の前に立つと、確かに完璧なフィット感だった。


「ほっほっほ、やはりぴったりじゃな。そのうえ見た目もなかなかじゃろ。お主らなら立派な冒険者に見えるぞい」


「ありがとうございます。とても軽くて動きやすいです」


 僕は素直に感謝を伝えた。確かに以前の革鎧とは比べものにならない。


「さあ、帰ったらをするんじゃぞ。いくら調整したとはいえ新しい装備にいきなり命を預けるのは危険じゃからな」



 孤児院に戻った僕たちは、さっそく装備の慣らし訓練を始めた。新しい防具は確かに高性能だが、重心や動きやすさが微妙に違う。


 自分の動きを分析しながら、風纏かぜまといを展開してみる。風狼の皮の効果なのか、いつもより魔力の流れがスムーズだ。


「ルシェル、そっちはどう?」


「うん、火の魔力が通りやすい感じがする。フレイムエンチャントがいつもより楽にできるよ」


 一日かけてしっかりと装備に慣れた僕たちは、翌日、いつものように神の試練に向かった。



「オルデアル神よ、我らに試練を」


 いつものように祈りを捧げると、神像が光り、僕たちの前に巨大な扉が現れた。今までの草原とは様子が違う。


『疑似迷宮一階を踏破せよ』


 迷宮?今までにない試練だった。


「迷宮って初めてだね」ルシェルが少し緊張した様子で言う。


「うん。でも、ギルドの図書室で読んだ本にもあった内容だ。きっと大丈夫」


 神の試練の迷宮は疑似迷宮と言われている。本物の迷宮に限りなく近いと言われているが、試練が階層毎になっていることが多いのが特徴らしい。

 実際の迷宮は長期間に渡り籠る必要があることも多く、食料や野営道具などの準備が重要なファクターとなるとのことだ。


 疑似とはいえ迷宮ということは、敵の数や種類が分からない。連戦になる可能性もある。省エネで戦う必要がありそうだ。


 扉をくぐると、石造りの通路が続いていた。天井も幅も剣が余裕で振るえるほどに高く広い。壁が薄っすらと発光しており、明かりがなくても視界は確保できる。


「マッピングしながら進もう」


 僕は予め用意していた紙と炭を取り出し、通路の形を記録し始める。ギルドの図書室で学んだ知識が早速役に立った。

 見通しが悪い場所では蜂鳥の目を使い索敵を行う。新しい防具のおかげで、魔力の消費も抑えられている。


(前方に反応。ゴブリンが一体。僕がやる)


 練習していたハンドサインでルシェルに伝え、道の角に潜む。

 ゴブリンの反応が角の直近になったところで飛び出しながら反応のあった場所に対して攻撃する。

 立っていたのは感知していた通りゴブリンだった。棍棒を持った普通のゴブリンだ。

 奇襲戦法で、出合い頭に首を切り落とす。相手は何が起こったのか分からないままに首を落とし、戦闘は終了した。


「すぐに終わったわね」ルシェルが小声で言う。


「うん。この戦法なら魔力も体力も温存できる」


 その後も可能な限り同様の戦法で、次々とゴブリンを倒していく。剣を持ったゴブリンファイター、弓を持ったゴブリンアーチャーも初めて出て来たが、攻撃される前に倒したためその強さは未だ良く分かっていない。


 ナイフを持ったゴブリンアサシンも同様だった。

 本では「気配が掴みづらい」と書いてあったが、蜂鳥の目で普通に見えていて、むしろ簡単なぐらいだった。


 角から遠い場所に居る時は石を投げ、音でおびき寄せてから仕留めていった。上位種でないゴブリンの知能は大したことがないと本にあったためやってみたが、本当に面白いように引っかかる。


 マッピングを続けながら、既に三十体近いゴブリンを倒している。しかし魔力も体力もまだまだ余裕があった。


「そろそろボス部屋かな」


 マップを見ると、埋めていない部分に大きな空間があることが分かる。そこに向かって慎重に進んだ。



 大きな空間の前に辿り着くと自分の身長の2倍もある大きな扉があった。その扉の前でボス戦の打ち合わせを行う。


「今までセーブしてきた分、ここでは最初から思いっきりいこう」


「分かった。先制でファイアーボールから行くわ」


 扉を開けると、広いホールのような部屋が現れた。中央に一回り大きな剣を持ったゴブリン—ホブゴブリンが立っており、その周りに六体のゴブリンが配置されている。アーチャーファイターナイフアサシンのゴブリンが各二体ずつ。

 僕は戦場全体を確認する。敵は七体。距離は約25歩。弓持ちが二体いるのが厄介だ。


「ゴブリンのだね」ルシェルが静かに言う。


「うん。ルシェル、アーチャーから。そのあとデカブツホブゴブリンを」


「分かった」


 ルシェルが新しい防具の力を借りて、いつもより大きなファイアーボールを生成する。炎鱗蜥蜴の鱗が赤く光り、魔力が増幅される。

 敵の弓持ち二体がルシェルを狙って矢を放つ。


「させるか!」


 一本の矢をナイフで切り払う。もう一本は風纏を纏った拳を振るって弾き飛ばした。剣や棍棒だと不可能だけど、矢程度なら風纏で弾くことができる。


 その間にルシェルの放ったファイアーボールが放たれ、敵集団の弓持ちに向かって飛ぶ。同時に僕は風纏を全開にしてファイアーボールを追いかけるように突撃を開始した。


 弓持ちが二人共爆発に巻き込まれた。生きているかは分からないが、弓の弦は切れていた。処理の優先度を下げる。


 爆風で体勢を崩した剣持ちに向かって、風に包まれながら一気に距離を詰める。新しい防具のおかげで、風纏の効果がさらに高まっている。


 最初の一体、剣を持ったゴブリンの首をすり抜きざまに刈り取る。剣を振ろうとはしていたようだが、崩れた姿勢から振るのは難しかったようだ。


 「一体目!」


 急停止。もう一体の剣持ちに向かって跳ねるように切り返す。こちらはきちんと反応して剣を袈裟懸けに振り下ろしてきた。

 その大振りに対してナイフを滑らせるように合わせる。風纏も使い、できるだけまともに受けないように力の方向を変えてやる。地面に向かって。

 ガッという音と共に剣で地面を叩いた剣持ちは、その衝撃に剣を取り落とした。

 無防備になった正面から胸にナイフを差し込む。


 「二体目!!」


 ナイフを抜いた瞬間に下にしゃがみこんだ。

 頭上をナイフが通り過ぎていくのを。ナイフ持ちの奇襲だ。

 しゃがんだ態勢から伸び上がるようにナイフ持ちの腹部を切り上げていく。


 「三体目!!!」


 もう一体のナイフ持ちが横から僕に攻撃していた。今から躱すのは間に合わない。

 でも躱す必要はない。

 んだから。


 「ファイアランス!」


 ルシェルの放ったファイアランスがナイフ持ちに突き刺さる。 

 周囲の敵の動きが手に取るように分かる。乱戦の中で何かが研ぎ澄まされていく。

 倒れていた弓持ちにとどめを刺した。

 気付くと既に取り巻きの六体は片付けてしまっていた。


 残るはホブゴブリン一体。大きな体躯たいくで重い剣を振り回してくる。

 僕が六体を相手にしている間にルシェルからファイアーボールを食らったようで、ところどころに火傷の跡が見える。


 僕は前に出て剣を余裕を持って避けていく。ホブゴブリンの剣速は剣持ちに比べて速いが、六体を同時に相手にすることに比べれば比較的余裕がある。


 タイミングを見計らっていく…。何回か躱し、剣を流した末に僕とホブゴブリン、ルシェルが一直線になった。


 「今!」


 その瞬間、ルシェルはファイアランスを放った。

 僕には。だから魔法を避けることだってできる。

 魔法が当たる直前で思いっきり飛びのいた。


 僕の体でファイアランスが見えなかったホブゴブリンは目を見開いた。

 ファイアランスが、無防備なホブゴブリンの胸に吸い込まれていく。

 二歩よろめいた後、ホブゴブリンは崩れ落ちた。


 転移陣が現れる光が目を刺し、僕たちの前に宝箱が現れた。



 宝箱の中身は今までで最高の報酬だった。金貨9枚と銀貨3枚。


「すごい金額だね」ルシェルが目を丸くする。


「うん。でも、思ったより簡単だった気がするんだけど…」


 客観視で今回の戦闘を振り返ると、確かに新しい装備の効果もあったが、それを差し引いても比較的楽に感じられた。


 翌日、いつものようにライルを訪ねて昨日の試練について相談してみた。


「何か思ったより報酬も良かったし、その割には簡単だった気がするんです…」


「はぁ?神の試練で簡単?お前ら何を何体倒したんだ?」


 ライルは驚いた表情を見せた。


「棍棒持ちゴブリンを25体、それ以外の武器持ちは11体で、ホブゴブリン1体でした」


「そりゃあすげぇな。っていうか、お前らも大概おかしいな」


 ライルは苦笑いを浮かべる。


「普通、迷宮は最低でも4から6人パーティで挑むもんだ。二人でダンジョンアタックなんて、普通はやんねぇわ。クリア報酬6人割りだとしたら日当として不自然じゃねぇだろ」


「そうなんですか?」


「ああ。それに二人で三十七体も倒すなんて、駆け出しの冒険者には不可能だ。迷ったりスタミナ切れになったら、そこで終わりだからな」


 ライルは僕たちを見つめて続ける。


「お前らが簡単に感じたのは、ちゃんと勉強してマッピングもして、ペース配分も考えて戦ったからだ。それに新しい装備の効果もある。要するに、で挑んだってことだな」


「なるほど…」


「でも、素直にすげぇよ。七歳でそこまでできるやつは聞いたことがねぇ。自信もっていいぜ!まぁ俺が育てたんだから当たり前だがな!!」


 ライルに褒められて、僕たちの心は軽やかになった。

 確実に実力は向上している。目標の白金貨二十枚まで、まだ道のりは長いがいつか辿り着ける。その手応えが感じられたんだ。

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