第8話 太古の厄災
「ひどい……これが太古の厄災の力……」
口に手を当てるエマ。
人も動物も虫でさえ、生き物すべてが石化している。
牛を引いたまま石化している若者。
恐怖に顔を歪めたまま石化している親子。
まるでこの町だけ時が止まっているみたいだ。
「あっ……」
立ち止まるエマ。
石化した物売りの中年女性をジッと見つめている。
女性が手にしているバスケットの中にはお菓子がたくさん入っている。
「エマ、どうした?」
「いえっ……なんでもないです……」
拳を握りしめるエマ。
石化した人の鼻毛を一本引き抜く。
鼻毛も石化している。
「言い伝えは本当のようだな。石化した鼻毛から生命力がほとんど感じられない。しかもすこしずつ弱っている。あと一日持つかどうか……。今日中に太古の厄災を封じるぞ!」
「はい! 絶対に町の人たちを助けましょう!!」
エマは首にぶら下げた王家の宝石をぎゅっと握りしめる。この宝石が太古の厄災を封じる唯一の手段だ。
ウヴォオオオオ!!
憎悪に満ちた雄叫びが町中に響く。
「この匂い……ワレを封印した憎き人間の末裔か!! 封印されていた千年間、この恨みを晴らすことばかり考えていたぞ!!」
真っ黒なドラゴンが空から舞い降りる。
大きさは馬くらいの小さなドラゴン。
全身が透明なゼリー状の物質で覆われている。
「全身がヌルヌルしているドラゴン……。ノーズさんが夢に見たヌルゴンって太古の厄災のことだったんですね! 未来の戦う相手まで予知できるなんて本当にすごいお方ですね!!」
尊敬の眼差しを向けるエマ。
「ヌルゴン!? なんだそれは?」
首をかしげるドラゴン。
「あなたのことです! ノーズさんはあなたを倒すことを夢にまで見ていました。覚悟しなさい、ヌルゴン!!」
「ワレの名前はバグラデス! そんな変な名前ではない!!」
「アレ……名前が違いましたね?」
不思議そうに俺を見つめるエマ。
「えっと……その……アレだ! こいつがヌルゴンで間違いない! 千年も封印されていたから混乱しているだけだろう! うん、このヌルヌル加減はヌルゴンだ!!」
「ワレはバグラデスだ! 自分の名前を間違えるわけなかろう!!」
「だ、だいぶ混乱しているようだな! だ、誰にだって間違いはあるからな! 本名はヌルゴン、あだ名はバグラデスだったかな!」
「ワレにあだ名などない!」
「……あっ、飼っているペットの犬の名前がバグラデスだったかもしれん! と……ところで、エマが見た夢は病気で苦しむ人を助けることだったよな! 太古の厄災の呪いからこの町の住人を助ける夢だったんだな!!」
「ひゃうっ! えっと……そ、そうですね! 太古の厄災を封じることができるのは私たち王族だけ! この町の人々を救って見せます! それが私の夢!!」
顔を赤らめ早口になるエマ。
「「…………」」
気まずい沈黙が流れる。
ヌルヌルのドラゴンが本当にいるなんて考えたこともなかった……
「さっきから何を言っておる! いつから人間はこれほど愚かになったのだ? こんな人間の先祖にこのワレが封印されたとはな……まあよい、すぐに石化してやろう」
バグラデスは深いため息をついたあとで、獲物を狩る目で俺たちをジッと見つめる。
一直線に突撃してくる。
凄まじいスピード。
口を大きく開け、俺たちに向けて紫色の煙を吐く。
エマを抱きかかえてその煙をよける。
地面を這っていた蟻に煙があたり、蟻は瞬く間に石化する。
「鼻毛ナンバー074『推しの毛ん』、発動!!」
推しの毛んでバグラデスを斬りつける。
なっ――
まったく手ごたえがない。
バグラデスのヌルヌルの上を剣先がただ滑るだけだ。
「無駄だ。ワレは不老不死。ダメージを受けることもない。この粘膜はあらゆる攻撃を無効化する」
俺に斬られ続けながらもバグラデスは平然としている。防御すらしていない。
ダメージを与えることはできないという言い伝えは本当のようだ。
「だったらこれはどう!?」
エマは王家の宝石に魔力を込めて、バグラデスの体にあてようとする。
バグラデスは後ろに飛びはねる。
「その宝石とお前たち王族だけがワレの脅威。王族を根絶やしにすればワレはこの世界で恐れるものがなくなる。まずはお前が一人目だ」
バグラデスはエマに向かって煙を吐きかける。
「鼻毛ナンバー524『鼻毛ウォール』、発動!!」
鼻の左穴の奥にある平たい鼻毛を引き抜き、エマの前に投げる。
鼻毛は大きな壁になりエマを煙から守る。
鼻毛の壁は瞬く間に石化する。
「俺がこいつの動きを封じる! その隙にお前がヌルゴンを封印してくれ!! 鼻毛ナンバー223『鼻毛ウィップ』、発動!」
鼻の右穴の中ほどにある長くしなやかな鼻毛を引き抜く。
鼻毛が漆黒の鞭となる。
バグラデスに向かって鞭を振る。
鞭の先端は音速を超える。
俺の最速の武器(鼻毛)だ。
「フン、遅いわ」
鞭をかわすバグラデス。
「くっ、これでどうだ!」
もう一度、鞭を振る。
バグラデスは民家の屋根に超高速で飛び移り鞭をかわす。
「無駄だ。この粘膜は空気の抵抗をゼロにする。高速移動中のワレを捕まえることは不可能」
バグラデスは屋根や家の壁を飛び移り超高速で移動する。
バグラデスを目で追うことも難しい。
何度も鞭を振るうがバグラデスにかすりもしない。
なっ――!
突然、上空から紫の煙が迫ってくる。
後ろに飛び跳ねて間一髪で煙をかわす。
煙に触れた前髪が石化する。
俺の上空をバグラデスが通り過ぎたときに攻撃してきたようだ。
「ほうっ、これをかわすとは人間にしては上出来だ。だが、その小娘はどうかな」
バグラデスはエマの上空を通り過ぎざまに煙を吐く。
エマは煙が迫っていることに気づいてもいない。
「危ない、エマ!!」
エマに飛びつき、上空からの煙を避ける。
「かかったな!」
爆音とともに背中に衝撃が走る。
バグラデスの尻尾が俺の背中にめり込む。
そのまま吹き飛ばされて、民家に激突する。
「くっ……大丈夫か、エマ!?」
エマは俺に抱きかかえられたまま目をつむっている。
「は……はい……守ってくださいありがとうございます」
目をあけるエマ。
そこまでダメージはないみたいで安心した。
「あの速さではこの宝石をバグラデスに触れさせることができません……何か手をうたないと……」
超高速で移動し続けているバグラデスをエマが不安そうに見つめる。
「大丈夫だ、エマ。俺を信じろ。そして鼻毛も信じろ。鼻毛の可能性は無限大だ」
背中の痛みに耐えながら、ゆっくりと立ち上がる。
そっと鼻に手を伸ばす。
「そ……そうですね! 数々の奇跡を起こしてきたノーズさんの鼻毛なら、太古の厄災と恐れられたヌルゴンでもなんとかなりますよね!!」
エマの瞳に希望が宿る。
「当然だ。人は鼻毛の数だけ希望がある。鼻毛の数だけ夢がある。鼻毛の数だけ奇跡がある。それが鼻毛というものだ」
鼻の左穴の入り口付近にある小さな鼻毛を引きちぎる。
いつもなら鼻毛を毛根から引き抜くが、今回は鼻の中に毛根は残しておく。
「鼻毛ナンバー109『鼻毛センサー』、発動!」
無数の小さな鼻毛の塊ができる。
軽く息を吹きかけると、タンポポの綿毛のようにフワッと鼻毛が空中に舞い散る。
鼻毛たちはフワフワと空中を漂いながら四方八方に散らばってゆく。
家の屋根や壁に付く鼻毛
風に乗って空高く舞い上がる鼻毛
高速移動しているバグラデスの体に付着する鼻毛
無数の鼻毛が周囲にへばりつく。
目を閉じ、鼻を澄ます。
鼻を伝わってバグラデスが高速で動いているのを感じる。
今、屋根に付着している鼻毛をバグラデスが踏んだ。
どの方角にどれくらいの速度で動いているのかも分かる。
四方八方に散らばった俺の鼻毛がセンサーになり信号を発信する。
その信号を鼻の中に残した鼻毛ナンバー109の毛根が受信する。
敵の位置を正確に把握することができるスキルだ。
「鼻は目ほどに物を言う」とはこのことだ。
「ここだっ!!」
何もない空間にむかって鞭を振るう。
バグラデスがその空間に入ってくる。
鞭がバグラデスの体に絡みつく。
「こいつを封印するんだ、エマ!!」
バグラデスをエマの目の前に叩きつける。
「はい!!」
エマはバグラデスに宝石を押し付ける。
「ぐががぁぁぁぁ!!!」
宝石を当てた部分が石化し、バグラデスの全身へと広がってく。
「このワレが……二度も人間に封じされる……とは……」
バグラデスの全身が石化する。
「やっ……やりました! やりましたよ、ノーズさん!!」
エマは満面の笑みを俺に向ける。
パキッ――
石化したバグラデスの背中が開き、中からバグラデスが出てくる。
「えっ……な……なんで……?」
後ずさるエマ。
「1000年前に封印されたときからずっと対策を考えていた。その答えが脱皮だ。ワレは100年に一度脱皮する。まだ90年しか経っておらぬから不完全な体で脱皮してしまったが封印されるよりはマシだ」
バグラデスは脱皮前よりも一回り小さくなっている。
「それならもう一度封印します!!」
宝石をバグラデスにつけようとするエマ。
「遅い。千年前の恨みを今晴らさせてもらうぞ」
バグラデスはエマの攻撃をよけ、煙を吐く。
「あっ……」
迫りくる煙を前に立ちすくむエマ。
「エマァァァーーーー!!!」
全速力で加速し、エマに飛びつく。
足に違和感。
飛びついた勢いでそのまま前方の家に激突する。
「フッ、勝負あったな、人間よ」
余裕の表情をするバグラデス。
「ノーズさん!! あっ……足がっ!!」
俺の足を見つめるエマ。
俺の左足が石化していた。
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