第6話 あの日見た鼻毛の名前を僕達はまだ知らない(あの鼻) 後編



 残り時間あと3分。


 俺はゆっくりと鼻に手を伸ばす。

 鼻の右穴から一本の鼻毛を引き抜く。


「鼻毛ナンバー876『打ち上げ鼻毛』、発動!!」


 10mほどの丸太のように太く長い鼻毛を作る。

 それを1m間隔で切断し、10本の円柱にした。


 10本の円柱を地面に一列に並べる。

 斬り倒したコオロギ魔獣の血を円柱の上に垂らす。


「あと2分しかありませんっ!! 急いでください!」


 取り乱すエマ。


「準備完了だ! エマ、協力してくれ」


「はい?」


「このスキルは人の夢や希望を打ち上げることで発動する。思いが強ければ強いほど、攻撃力が増す。俺がお前の髪の毛を一本抜くときに、強く願ってくれ」


「私の夢……」


 呟くエマ。


「準備できました! 髪の毛を抜いてください」


「よし! 今から抜くぞ」


 エマの髪を一本抜く。

 艶があり美しい金色の髪。

 その髪を鼻毛で作った円柱に埋め込む。


「いくぞ!」


 円柱に埋め込まれた髪に火をつける。

 火は導火線のように髪を伝わり、円柱に到達する。


 ドンッ!!


 円柱から黒い球が上空にむかって打ち上げられる。


 ひゅぅ~~~~~~~


 ドッカーーーーーン!!


 夜空に真っ白な大きな花火が咲く。

 どす黒い雲は飛び散り、満点の星空が現れる。


 花火は光の粒となって、上空に純白のウエディングドレスをまとったエマを映し出す。

 その顔は幸福に満ち溢れている。

 エドルダの夜空を明るく照らす。


「ママ見てっ! 花火だ!! 凄い!」


「お祭りなんて今日あったか?」


 街の人々も足を止めて夜空を見上げる。


「「な……なんじゃありゃ……」」


 殺し合いをしていたスキンヘッド男とモヒカン男も戦いを止めて夜空をぽかんと見つめる。


「これが花火……すごい……」


 ただ呆然と花火を眺めているエルフの少年。

 その瞳に涙はもう流れていない。


「きれいだ……」


 道端に並んでいるエルフの娼婦たちも夜空を見つめている。

 うつろだったその瞳は輝きを取り戻し、瞳に花火が映っている。


「わ、私の姿が上空にっ!?」


 恥ずかしそうにするエマ。


「お前の夢は結婚式か。意外だな」


 思わず本音がこぼれる。


「……これはだだの結婚式ではありません。好きな人との結婚式です。我が国の王女にとっては決して叶えられない夢です……」


 ふいに寂しそうな表情をするエマ。


「ん? どういう意味だ?」


「って、何やってるんですかっ!! あと2分しかありませんっ! 花火なんてしてる場合じゃないんです!!」


 エマは俺の肩を掴んでゆする。


「安心しろ。これはただの花火じゃない。広範囲を攻撃できるスキルだ。上を見てみろ」


「えっ……?」


 上空から黒い物体が降ってくる。


「グヘッ!!」


 黒い物体は地面に激突し、うめき声をあげる。

 全身に数十本の光輝く白い矢が突き刺さっている。


「コオロギ魔獣!?」


「そうだ。上空を飛んでいたやつをエマの花火が撃ち落とした。スキル『打ち上げ鼻毛』はただの花火じゃない。上空で数千本の鼻毛の矢が広がり、そのまま地上に降りそそぐ。しかもこの矢は対象者を追跡する。コオロギ魔獣の血を鼻毛に染み込ませたのはそのためだ」


「す、すごい! あっ、あそこにもコオロギ魔獣がいます!!」


 エマは建物の屋上を指さす。


 屋上に隠れていたコオロギ魔獣にも無数の矢が突き刺さっている。

 そのまま倒れ、屋根から転がり落ちてくる。


「花火は残り9本だ。お前たちも協力してくれないか、自由を勝ち取るんだ!」


 目を輝かせて夜空を見上げているエルフの娼婦たちに声をかける。


「わたし……やります!」


 赤髪の女性エルフが前に出る。


「待って!……こんなことがコオロギ魔獣に知れたら、あなたは殺されるかもしれないわよっ!」


 隣の青髪の女性エルフが赤髪エルフの手を掴む。


「分かっているわ! でも……あの花火を見て、忘れていた自分の夢を思いだしたの。これが自由になれる最後のチャンスかもれしれない。私はこのチャンスを逃がしたら一生後悔すると思う。だから止めないで」


 赤髪エルフは青髪エルフをまっすぐ見つめる。


「……わかったわ」


 青髪エルフはゆっくりと手を離した。


俺の前に立つ。


「私の髪を抜いてください」


 赤髪エルフは俺の前に立つ。

 髪を抜き、花火に埋めこんで、点火する。


 ひゅぅ~~~~~~~


 ドッカーーーーーン!!


 夜空に真っ赤な大きな花火が咲く。

 女性エルフがたくさんの花束を抱えている姿が夜空に描かれる。


「あの時……屋根裏部屋で一緒に遊んだときに私に聞かせてくれたあなたの夢……」


 青髪エルフが呟く。


「そうだよ。あいつに拉致される前に、二人で一緒によく遊んだね。あの頃から私の夢は変わっていないの」


 赤髪エルフは微笑む。


 青髪エルフは花火をじっと眺めている。

 拳をぎゅっと握る。


「私の髪も抜いてください! 今ここで自分の自由を勝ち取ります!! 私にだって夢があります!」


 青髪エルフは頭を俺に向ける。

 俺は青髪エルフの髪を抜き、花火を打ち上げる。


 夜空に青い大きな花火が咲く。

 青髪エルフがドレスを着て歌っている姿が夜空に描きだされる。


「子どものころから歌うまかったもんね」


 赤髪エルフは青髪エルフの隣に立ち、一緒に夜空を見上げる。


「うん。自由になったら本格的に歌の練習がしたい。大丈夫……きっとうまくいく……」


 青髪エルフは赤髪エルフの手を握りしめる。

 二人は寄り添い合って静かに夜空を見つめる。


「僕の髪も使ってください!!」


「私のもお願いします!」


「私もやります!!」


 エルフたちが次々に俺の前に来る。


 夜空に花火が次々と打ち上げられる。

 黄色い花火、ピンクの花火、紫の花火。

 エルフたち一人ひとりの夢が夜空を明るく照らす。

 残す花火はあと一本。


「僕にも手伝わせてください!!」


 エルフの少年が叫ぶ。


「分かった。お前のお母さんもエルフのみんなも助けるぞ!」


 少年の髪を抜く。

 緑色の綺麗な髪だ。

 少年の髪を使った花火が空高く打ちあがる。



 ひゅぅ~~~~~~~


 ドッカーーーーーン!!


 夜空に緑色な大きな花火が咲く。

 少年とそのお母さんが食卓でご飯を食べている姿が映し出される。

 二人とも幸せそうだ。


「ここに連れてこられる前の毎日がぼくの夢です! お母さんが悲しそうな顔をしていない毎日。僕がお母さんを守ります!!」


 少年は叫ぶ。


 なんの変哲もない、ありきたりな一場面。

 だが、少年の思いが本当に強いことは花火の輝きで分かる。

 緑色の光が街全体を照らす。

 その輝きは緑色の矢となって地上に降り注ぐ。


「やれるだけのことはやった。あとはみんなの思いを信じるだけだ……」


 俺は覚悟を決め、満点の星空を見上げる。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 残り時間30秒。

 地下の下水道にて。


「クソがっ!! なんなんだよ、この攻撃は! 他の個体は全員やられた! あそこに逃げ込まねぇとっ!!」


 下水道を猛スピードで走るコオロギ魔獣。

 数十本の緑色の矢がコオロギ魔獣を追いかける。


 一本の矢がコオロギ魔獣の足を貫く。


「あがっ! ちくしょう! だが金庫までもう少しだ!!」


 コオロギ魔獣は走り続ける。

 足を地面に着くたびに貫かれた場所から血が飛び散る。


 数十本の矢はコオロギ魔獣との距離を少しずつ縮めて迫ってくる。


「着いた!!」


 分厚い鉄で覆われた巨大な金庫の扉を開けるコオロギ魔獣。

 エルフたちに売春させて儲けた金をここで隠していたのだ。

 矢がここに到達するまであと数秒はある。


「ざまぁみろ、俺の勝ちだ!!」


 金庫の扉を閉め、深呼吸する。


 ガンッ!


 扉に矢がぶつかる音がする。


「無駄だ! 厚さ10センチの鋼鉄の扉だ。あとはあの人間が時間切れで死ぬのを待つだけだ。あと20秒!! ゲッハハハハッ!!」


 勝ち誇るコオロギ魔獣。


 ガンッ!


 ガンガンッ!


 ガンガンガンッ!


 外では矢が扉にぶつかる音が鳴り続ける。


「無駄なことしやがって。この扉を破れるわけねえだろ! んっ?」


 扉を凝視するコオロギ魔獣。

 扉の一か所が盛り上がっている。


 ガンガンガンッ!


 ガンガンガンガンッ!


 矢のぶつかる音とともに、その盛り上がりが少しずつ高くなっていく。


「まさか、扉の1点だけに集中して矢がぶつかっているのかっ!! あと10秒の辛抱だ! 扉を補強しねぇと!!」


 コオロギ魔獣は金庫内に隠していた金塊を扉の盛り上がりに押し付けようとしたとき――


 一本の緑色の矢が扉を貫通し、コオロギ魔獣の喉に突き刺さる。


「グゲェェェェッ!! いてぇ!!! この匂い……あのエルフの小僧の魔力だ。ちくしょう!! この俺があんなゴミクズにやられるわけがねえ」


 コオロギ魔獣は金庫内に保存していた回復薬の小瓶を握りしめる。


 パキンッ――


 扉を通り抜けてきた緑の矢がコオロギ魔獣の手を貫通し、小瓶が砕けちる。


「クソがぁぁぁああ!!!」


 床にこぼれた回復薬を舐めようと床に這いつくばるコオロギ魔獣。


「グフッ!!」


 薬を舐めるよりも先に無数の緑色の矢がコオロギ魔獣を貫く。

 目の前に回復薬がこぼれているが体が動かない。


「俺様がこんな……ところで……」


 弱々しくつぶやくコオロギ魔獣。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 残り時間5秒



 残り時間4秒



 残り時間3秒


 ……


 時間のカウントが止まった。


「終わった。さすがに俺も肝を冷やしたな……」


 頭上の時間が消えていくのを眺めながら、大きく息を吐く。


「よ……よかった~~~」


 両手を合わせて祈り続けていたエマはヘナヘナと座り込む。


「エルフたちよ、コオロギ魔獣は倒した。自分たちの里に帰って好きに生きるといい」


「本当にありがとうございます!! なんとお礼を申したらいいか!」


 エルフの母親が深々と頭を下げる。


「気にしないでください。みんなの協力があったからできたことです。礼には及びません」


「とんでもない!! 必ずこのご恩はお返しします! 私にはもう息子のリックしかいないんです……。この子が無事で本当に良かった……」


 母親はエルフの少年を強く抱きしめる。

 綺麗な顔を涙が伝う。


「……分かりました。いつかまたお会いしたらその時にお願いします。……そうだ! 母親を守った小さな勇者にプレゼントがある。これを売って、里の復興に役立てるといい」


 革袋からオリハルコンの破片を取り出す。

 サイ獣人との戦闘でオリハルコンの鎧から砕け散ったものだ。

 俺が持っている一番高価なもの。

 こんな小さな破片でも町一つ買える価値がある。


「オジサン……ありがとうございます」


 エルフの少年は不思議そうにオリハルコンの破片を眺める。

 オリハルコンの価値を知っているものはこの場にいないようだ。


「それじゃあ元気で! 俺たちはここで失礼します」


 エルフたちに手を振る。


「待ってください! あなたは私たちを救ってくれた英雄。お名前を教えてください!」


 エルフの母親が俺を見つめる。


「……俺は国を追放された身。名乗るほどのものではありません」


 軽く会釈し、俺とエマはその場をあとにした。



 ◇◆◇◆◇◆◇



(*三年後の未来の物語)



「リック! お祭りが始まるわよ! 出かけましょう」


 母さんの声がキッチンから聞こえてくる。

 今日は僕たちホビットエルフのお祭りだ。


 コオロギ魔獣から解放されて今日で三年目。

 そして三度目のお祭り。

 僕たちを救ってくれたあの英雄を称えるために、僕たちが解放された日に毎年開催している。


 オリハルコンの破片を手に取る。

 あの人は里の復興のために売るように言っていた。

 でも、里の宝として今でも僕が預かっている。


 僕たちのために命がけで戦ってくれた英雄。

 そんな人がくれたものを売るなんて僕たちにはできない。


「早くしなさい! 花火が始まってるわよ!!」


 母さんの声がさっきより大きくなる。

 すぐに行かないと。


 ひゅぅ~~~~~~~


 ドッカーーーーーン!!


 窓の外で綺麗な花火が夜空を照らす。

 エドルダの町で見た花火とまったく同じものだ。


 オリハルコンの破片を鼻にそっとあてる。

 ヒンヤリした感触。

 目を閉じ、心の中であの日の英雄に話しかける。



 名前も知らない英雄様


 本当にありがとうございました


 僕たちは元気にやっています


 お祭りを毎年できるほどに里も復興しました


 僕もお母さんと幸せに暮らしています


 あなたの勇士はいまも僕の心に宿っています


 あなたのように誰かを救えるものになりたい


 そう思って、医者を目指しています


 僕には鼻毛オペレーションは使えません


 でも、エルフの知識をいかした治療薬はつくれます


 あなたが救った命の数に負けないくらい、僕も多くの人を救ってみせます


 名前も知らない英雄様


 あなたに神のご加護があらんことを



「早くしさない、リック! 英雄様の像へのお花も持って来たわよ!」


 赤髪のローズさんが花束を持って部屋に入ってくる。この里で唯一の花屋を経営している。


「今日も喉の調子がばっちりよ! 私の讃美歌を楽しみにしていなさい」


 青髪のアクアさんはドレス姿で着飾っている。今では有名な歌手だ。


 里のみんなで集まって、花火を見ながらあの日の思いでを語り合うのが恒例になっている。


 あの日の英雄の強さ。勇敢さ。優しさ。

 人知を超えたあの鼻毛スキル。

 僕たちの心まで明るく照らしたあの花火。


 その全てが英雄譚えいゆうたんとして永遠に語り継がれていくだろう。


 思いで話の最後にはみんながいつも同じ疑問を口にする。


「「「私たちを救ってくれたあの鼻毛のかたの名前はなんだろう?」」」



あの日見た鼻毛の名前を僕達はまだ知らない。

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