第2話 聖毛ん・鼻毛カリバー
家族もいないし、隣のリエスタ王国にでもいってのんびりするか。
腕っぷしには自信があるから、酒場のボディガードでもすればいい。
そんなことを城からの帰り道に考えていると――
「きゃぁぁぁぁっ!!」
悲鳴が聞こえる。
全速力で声がしたほうへ走る。
「無駄な抵抗はするな。俺に勝てる人間なぞいない。おとなしくアジトまで来てもらうぞ」
縄に縛られた少女を巨体の男が担ぎ上げている。
サイの頭に人間の体。高い知能と人間離れした運動能力を持つ獣人だ。
地面には血が飛び散り、10人ほどの騎士が倒れている。
騎士の身なりからして精鋭部隊だろう。しかし獣人に勝てる人間はこの世界にもほとんどいない。
「お前は何者だ。言い残すことがあれば聞いてやるぞ」
サイ獣人を睨みつける。
「まだ生きている人間がいたのか。おとなしく死んだふりでもしていれば良いものを」
サイ獣人はめんどくさそうに言い、俺のほうを見向きもしない。
「逃げてください!! この人たちには勝てません!!」
悲痛な叫びをあげる女性。
金色の長髪に緑色の瞳。見とれるほどに美しい少女だ。
「いや、フツーに勝てると思うぞ。俺はけっこう強い」
「逃げてください!! そんなレベルじゃないんです! 私の護衛が全員倒されました! 国王直属の精鋭部隊です!」
この状況でも見知らぬオッサンを気遣うことができるとは感心だ。
なおさら助ける気が湧いてきた。
「安心しろ。すぐに助けてや――」
背後からの殺気。
俺は自分の鼻に手を伸ばす。
ちょっぴり鼻から飛び出ている鼻毛を引き抜く。
「鼻毛ナンバー074『推しの
抜いた鼻毛が成長し、細長い漆黒の剣となる。
振り返り、背後からの斬撃を『推しの毛ん』で受け止める。
敵はモグラの顔をした獣人だ。
土の中に隠れていたか。
「俺の奇襲を防ぐとは! それにそのスキル、いったい何者!!」
モグラ獣人は後ろに飛び跳ね、距離をとる。
「俺はノーズ、そしてこれが俺のスキル・鼻毛無双だ」
「鼻毛無双!? モグモグモグモグ! くらだんスキルだ」
モグラ獣人はなんか変な笑いかたを始める。
「最強のスキルだ。自分の鼻毛を材料にいろんな物を作れる。この『推しの毛ん』は鼻毛ナンバー074から作った。この中太の鼻毛はコシとしなやかさがある。その特徴を活かしたのがこの剣『推しの毛ん』だ」
「鼻毛から剣と作るだと? バカげている。モーグモグモグモーグ!!」
「お前の笑いかたのほうがバカげているぞ。お前の剣を受け止めたのがその証拠だ。材料はたしかに鼻毛。だが俺のスキルは抜いた鼻毛を成長させ、そこに魔力を込めることができる。その強度は鉄に匹敵する」
「フンっ! くだらん。俺の奥義で死ね! 『地中乱舞』」
モグラ獣人は両手を合わせ印を結ぶ。
体中から油が吹きだす。
モグラ獣人は水に飛び込むように滑らかに地面に潜った。
「――なっ!」
後ろに飛び跳ねる。
俺が立っていた地面から剣が突きでる。
モグラ獣人が近づいてきた感覚はなかった。
音も振動も一切しない。
「モグモグモグッ! 今の俺は地中を自由に泳げる。お前が地面に剣を突き刺したところで、スピードは地面の抵抗で遅くなり、俺には当たらない」
地面からモグラ獣人の声だけが聞こえる。
どこにいるのかわからない。
モグラ獣人を捉えられるのは地上に剣を出す一瞬のみ。
神経を研ぎ澄ませる。
――きたっ
半歩だけ後ろに下がる。
地面から剣が突き出て、すぐに引っ込んだ。
剣が出てきた場所に『推しの毛ん』を突き刺して叫ぶ。
「スキル『育毛』!!」
「ぐぁ……」
地中から鈍いうめき声が聞こえる。
手ごたえあり。
「ばかな……俺の奥義が破られるとは……」
地中からモグラ獣人が
背中が真っ赤に染まっている。致命傷だ。
「いっただろう? 『推しの毛ん』はしなやかだと。しなやかな剣は地中の抵抗が少ない。そしてスキル『育毛』によって剣の長さを長くした。お前に届くようにな」
「まさかこの俺が鼻毛に突き刺されて死ぬとはな……モグモグモ……」
モグラ獣人はよわよわしく笑いながら息絶える。
「スキル『脱毛』! 次はお前だ、サイ獣人」
スキル『脱毛』で『推しの毛ん』の長さをもとに戻す。
その切っ先をサイ獣人に向ける。
サイ獣人に担がれている少女はあっけにとられ、呆然とこっちを見ている。だが、涙で濡れたその瞳には、わずかな希望がやどっている。
「ほう……見事な鼻毛さばきだ。だが! 俺が相手をするまでもない。降りてこい!」
サイ獣人の合図とともに、空から鷹の顔と翼をもつ鷹獣人が降りてくる。
鷹獣人は少女を抱きかかえて空高く舞い上がる。
「矢や槍であいつを撃ち落とそうとすればあの女も一緒に死ぬ。お前にそんなことができるか? あの女を助けたかったらここでおとなしく俺に斬られるんだな」
サイ獣人は斧を片手に俺に近づいてくる。
「お前はまだ……鼻毛の恐ろしさを知らない」
「なにっ?」
鼻をひくひくさせるサイ獣人。
「鼻毛無双の真価は武器を作れることじゃない。鼻毛で何でも作れる汎用性の高さにある。これは鼻毛ナンバー442だ。柔らかくて武器にならないが、ゴムのように伸びる」
一本の鼻毛を手に取ってサイ獣人に向ける。
「よく見ておけ! 鼻毛の真価を!!『ゴムゴムの鼻毛』、発動!!」
手にしている鼻毛に魔力を込める。
鼻毛は成長し、大きなトランポリンに変形する。
高くジャンプしてトランポリンの上にのる。
トランポリンは深く沈む。
そして俺を空高くはじき飛ばす。
「鼻毛ナンバー318『鼻毛メリケンサック』、発動!!」
鷹獣人に向かって飛ばされながら、鼻の左穴の入り口にある小さい鼻毛を一本引き抜く。
この鼻毛はそこそこ固いが曲がりやすい。
鼻毛に魔力をこめて成長させ、それを右こぶしに巻き付ける。
鼻毛で作ったメリケンサックだ。
「空中戦なら負けぬ! 死ね!!」
鷹獣人は俺に向かって右パンチを放つ。
俺も右パンチを放つ。
お互いの拳が激突する。
「ギャアアアアア!!!」
鷹獣人の拳が曲がり、俺のパンチが鷹獣人の腕をはじき返す。
そのすきに左手で少女を奪い返す。
「その娘を返せ!!」
左手を伸ばして少女を取り返そうとする鷹獣人。
「これで終わりだ!!」
右アッパーカットを鷹獣人の顎に打ち込む。
ゴキッ!
鷹獣人の顔が後ろにのけぞり、首の骨が砕ける音がする。
そのまま地上に落下していく鷹獣人。
これで残すは地上にいるサイ獣人だけだ。
空中にいる間に少女の縄をほどく。
「バカが! その高さから地面に着地すればその女は衝撃に耐えられずに死ぬ! お前がその女を殺したんだぞ!!」
サイ獣人の声が聞こえる。
少女を抱えた俺はどんどん落下スピードが速くなっていく。
俺の腕の中にいる少女は俺の服をぎゅっと握り締める。
「安心しろ。お前は死なない。無事に地面におろしてやる」
地面に落ちる数メール前で鼻の右穴の中央にある鼻毛を一本引き抜く。
「鼻毛ナンバー538『鼻毛パラソル』、発動!!」
鼻毛は大きなパラソルになる。落下スピードが急激に遅くなり、フワリと地面に到着する。
少女を近くの木陰におろす。
「俺はあのサイ獣人を倒す! それまでお前はここにいろ!」
「は……はい」
少女はただ呆然としている。
「たった一人でモグラ獣人と鷹獣人を倒すとはな! これほどの人間が存在するとは……。アレを持ってきて正解だったな」
サイ獣人がニヤッと笑う。
俺めがけて一直線に飛び込んでくる。
――早いっ
巨体に似つかわしくない身のこなし。
斧を垂直に振り下ろしてくる。
一切の無駄もためらいもない、教科書のような攻撃。
鍛錬を重ね、数々の戦場を生き延びた歴戦の
だが、俺には届かない。
『推しの毛ん』で斧を受け流す。
『推しの毛ん』は斧の衝撃を受け、しなやかなカーブを描く。
そのしなりを利用して、サイ獣人の胸に『推しの毛ん』を突き刺す。
ガッキ―ン――
耳ざわりな金属音とともに、『推しの毛ん』が砕け散った。
サイ獣人が俺の首めがけて斧を水平になぎ払ってくる。
まずい、態勢が整っていないっ――
すぐさま後ろに飛び跳ねる。
俺の頬を斧がわずかにかすめる。
「あの態勢から俺の一撃をかわすとは見事だ。だが、俺がこの鎧を着ている限り、貴様に勝ち目はない!!」
サイ獣人は俺が突き刺した箇所を指さす。
服が破れ、その下から白い光が漏れている。
「まさかそれは……オリハルコンの鎧なのか?」
俺は目を疑う。
オリハルコンの鎧は国宝であり、ハイデン国王が管理しているからだ。
「この鎧を知っているとはさすがだな。最高の硬度を誇るオリハルコン。この鎧を着ている限り、俺は無敵だ!」
サイ獣人は服を破り捨てる。
全身が白く輝く鎧に覆われている。
「その鎧は俺が冒険で獲得したものだ。鎧を守っていた暗黒龍を倒してな。ハイデン国王に献上したが……まあいい……おかげで誰が黒幕か分かった」
国王ともあろう人が獣人に国宝を渡し、人さらいを命じるとは……。
そんな国王に今まで忠誠を誓っていたなんて、馬鹿らしくなってきた。
この国は長くはもたないだろう。
国外に追放されて正解だったのかもしれない。
「おかしなことをいう男だ。いくら強かろうとしょせん人間。暗黒龍を倒せるわけがないろう! サーイサイサイサイ!」
「おかしいのはお前の笑いかただ」
獣人の笑いかたが安直すぎる。
獣人は人間並みの高い知能をもつ種族のハズだか?
「本当の話だ。このスキルをみればお前も俺の話を信じるだろう」
鼻の右穴の奥にある極太鼻毛を一本引き抜く。
「鼻毛ナンバー139『
一本の鼻毛が身の丈ほどの大剣に変形する。
「数ある鼻毛の中でも、この鼻毛の固さ、太さはトップクラス。この鼻毛をもとに作ったこの聖毛ん・鼻毛カリバーは全てを貫く」
俺は漆黒の大剣・鼻毛カリバーをサイ獣人に向ける。
「バカが。所詮は鼻毛。神器オリハルコンには傷一つつけられん」
オリハルコンの鎧はサイ獣人の顔全体も覆う。
オリハルコンは生命を宿した金属。持ち主の体型に合わせて自由自在に形を変える。
「これで俺に急所はない! いくぞ!!」
サイ獣人は俺の頭めがけて斧を振り下ろす。
鼻毛カリバーを全力で振り上げる。
鼻毛カリバーと斧がぶつかる。
カキンッ
乾いた音がする。
俺の鼻毛カリバーは斧を真っ二つに切り裂く。
そのまま鼻毛カリバーをサイ獣人の胸に突き刺す。
ズドッ
鈍い音とともに、鼻毛カリバーはサイ獣人を貫く。
「グフッ……まさかな……神器オリハルコンを……」
膝をつくサイ獣人。
「暗黒龍を倒したといっただろう? あのときの暗黒龍はオリハルコンの鎧をまとっていた。貫いたのはこの鼻毛カリバーだ」
天高く鼻毛カリバーを掲げる。
「この強さ……貴様の話は本当かもな……。鼻毛がこれほど憎らしいと思ったことはないぞ……サーイサイ……サイ……サ……」
サイ獣人は鼻毛カリバーを眩しそうに見つめたままこときれた。
「ケガはないか?」
木陰にいる少女に話しかける。
その美少女は初めて安堵の表情を俺に向けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます