第12話 一族消滅の危機
【曾祖母が祖父を流産したら、当然俺も消える】
やっぱり、中田さんの導き出した答えは、私と同じだった。深く頷いて、それから自分のお腹に手を当てる。
今はぺたんこのお腹だけど、和子さんだった時、確かに存在した命。あのままだと、新しい命=中田さんのお父さんが危ない。
【祖父がいなければ、我が家は消滅する。この家も、ここらへんの土地も、我が家のものではなくなる】
確かに、カツヤが二十代で亡くなってしまう訳だから、中田さんのおじいちゃんがいないと、中田家自体がなくなる。和子さんは、ひとりぼっちになってしまう。
この写真のような、穏やかな晩年ではなくなってしまうだろう。
あの時、もっと早く私が体を休めていたら良かったのかも知れない。
和子さんの意識のままだったら、気を付けていたはず。どうしよう……。
悩む私の横で、また中田さんの指が動く。
【おそらく、俺の存在が消えかかってるから、話せなくて聞こえないんじゃないかと思う。意思疎通を妨害して、他者との交流を封じるところから、俺の消去が始まっている。今は会話も電話もできない状態な訳だし】
私もそれを見てなるほど、と思った。
中田さんのおじいちゃんが危なくなれば、中田さんも消えていく。今はまだ、会話が成立しないだけで、中田さんはここに存在する。つまり、まだ大丈夫だっていう事。
でも、これから先は?
元の状態の中田さんに戻れるの?
あの時の私の行動が、中田さんの存在を消すことになったら、どうしよう。おそるおそる、指を動かす。
【もとに戻る方法はないんですか?】
画面を見て、中田さんも考え込む。
それから、彼が横から手を伸ばした。
【その方面に詳しい知り合いがいる。そいつにちょっと聞いてみる。このまま消える訳にはいかない】
中田さんはポケットから黒いスマホを取り出して、誰かにLINEを送信した。それからすぐに、中田さんは動き出す。
呼び出した『誰か』が来る前に、LINEやメールでタイ在住のご両親と連絡を取ろうと試みていた。……だけど。
【至急、連絡を!】
と送っても、返信はなかった。お父さんとお母さんそれぞれが持っている、携帯・PCのアドレス両方に送信したけれど、どこからも返信が来ない。
そうだ、時差のことを忘れてた。
中田さんに聞いてみる。
【タイの現地時間は?】
時計を見た中田さんが、首を振った。
【日本の二時間遅れだから、もうすぐ正午】
その時間だと、起きて活動しているはず。でも、物事は悪い方に考えてはいけない。
【もしかしたら、何か用事があって手が離せないのかも】
【そうだといいけれど】
こちらを見て、少しだけ笑って頷いてくれた。
中田さんが『消えかかっている』という事はお父さんもその可能性がある。高齢者住宅にいらっしゃるおじいちゃんとおばあちゃんも。中田さんはそれを心配している。とにかくこちらは、ただ返事を待つしかなかった。
会話が成立しない私達は、ただ黙っていると悪い事ばかり考えてしまいそうになる。
【お線香あげてもいい?】
【もちろん。ありがとう】
中田さんがお仏壇の前からマッチを取り出して、ろうそくに火を灯した。
口パクと身振りでこちらへどうぞと招かれて、仏壇の前の豪華なお座布団に座る。
よそのお宅のお仏壇の前に来ると、いつもどんなお作法でお参りすると良いのか迷う。
その宗派の正しいお参りの仕方があるのかも知れない。
けれど、お作法が違っても心をこめてお参りするのが大事だという話だし。
何事もやっぱり、真心が大事でしょ?
旦那様と和子さんとカツヤ、3人とそのご先祖様を供養する気持ちに免じて、不作法だったとしても許してくださいね、と心の中で呟く。
紫色のお線香を二本、ろうそくの炎の先端につけて、線香立てに。リンを2回鳴らして、静かに手を合わせた。
旦那様、和子さん、カツヤ。どうかお願いです、貴方達の子孫を守って下さい。そして、安らかにお眠りください。
お参りを終えて座布団から降りると、中田さんも後に続いて手を合わせていた。ご先祖様のうち、誰かひとりでも欠けると、今の子孫はいなくなるだということを、改めて感じる。
和室の中は、心安らぐお線香の香りが漂っていた。畳の感触と、ぽかぽかした日差し、そしてお線香の香り。
もしかしたら、和子さんは晩年をここで過ごしたんじゃないかな、と思った。
また、パソコンの前に座って、中田さんに質問する。
【和子さんは、この部屋を使っていた?】
【そう、ここが曾祖母の部屋だった】
【じゃあ、和子さんてどんな人だったの?】
それを見た中田さんは、少し考えてからタイピングを始めた。
【優しい人だったよ。穏やかで、物静かで、俺の事を可愛がってくれた。祖父の事もものすごく大事にしていた。うちの祖母は祖父を『マザコンだ』なんて言ってたけどね。曾祖母にとっては、たったひとりの子どもになった訳だし】
その気持ち、理解できる。
愛する旦那様と長男を亡くした和子さんにとっては、次男と孫とひ孫が生きがいだったんだ。旦那様の面影が残る息子と孫とひ孫が、可愛くて仕方がなかったんだろうな。私が頷くのを見て、彼はにっこりした。
【うちの祖母もそれが解っているから、曾祖母には逆らわなかった。旧家に嫁いだ者の定めらしいよ】
旧家、という言葉で、また納得した。旦那様と和子さんが住んでいた家は大きかったし、現在の中田さんの家も広い。ということは、和子さんってもしかしたらお嬢様だった?
パソコンをこちらに向けて、私から質問。
【和子さんとひいおじいさんって、どうやって知り合ったの? やっぱり、お見合い?】
そこまで打ったところで、玄関のチャイムが鳴った。
中田さんの口が、またあとで、と動いて部屋から出ていく。
後に残された私はまた、旦那様と和子さん、それにカツヤの遺影を見つめていた。
霊障に詳しい人が到着したらしい。
何とか今の事態を治めてくれることを願って、私はもう一度遺影に手を合わせた。
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