第4話 「ひみつきち」
私達四人の仲間の中では、一番堅実な人生を歩んでいるのが桜だろう。
フロアの主任と秘密のオフィスラブを貫いて結婚。妻・母・キャリアウーマンとして輝いている。
桜の生き方は、働く女の理想形。
仕事に理解のある旦那様と、可愛い娘。
羨ましくないと言ったら、嘘になる。
きっと、私の知らないところで色々と苦労もあるんだろうけれど。
理想と言えば、園子だって玉の輿だ。
製菓専門学校を卒業して、派遣社員としてうちのデパ地下に来た時に知り合った旦那様。彼は地元では有名な菓子店の三代目で、今は常務になっている。
ただ、この夫婦にはまだ子どもがいない。跡取りはまだかと、周囲から圧力をかけられているらしい。
不妊治療に通っているけれど、なかなか思うようにコウノトリが来てくれないと悩んでいた。
思いがけず妊娠した麗華と、仕事上計画的に妊娠した桜は、以前ほど我が子の話をしなくなった。
シンママとなった麗華も、ある意味女としては羨ましい人生。
高校在学中に、元ヤンだった旦那様と知り合って、卒業後すぐにできちゃった結婚。年子のママになったけれど、実家を頼って同居するようになった途端、旦那様が浮気をしたという。
可愛い子ども達の親権を手に入れて、麗華はあっさりと離婚した。
「あんな男、あたしには不釣り合いだ」と言って。
以後、実家で子育てしつつ、色んな男性と交流を深めている。
あの美貌とプロポーションで、言い寄る男性は数知れず。
でも、子どもの父親になる覚悟ができる人となると条件は厳しいとのこと。
小学生の頃は、ほとんど横並びだった私達だけど、二十年経ってみんな大きく変わった。
人生設計も、収入も、何もかも。
オトナになってからの友達は、本音が言えない、取り繕った間柄だったりする。
でも、通信簿の内容から初恋の相手まで知っている幼馴染は、遠慮がない。
私の事も、どんどんツッコんでくる。
世の中の休日とは全く合わない、サービス業の休日では、一緒に過ごす相手を見つけることも難しい。
それでも、誰かと交流を持ちたくて、たどり着いたのがネットゲーム。二十四時間・三百六十五日、誰かが相手をしてくれるこの世界は、とても居心地がいい。
女性人口が圧倒的に少ないここだと、リアルでは干物の私も女性としてちやほやされる。
ただし、平日に入り浸ると翌日の業務に支障が出るから、誘惑に負けずに休日だけの趣味としている。
そんな私のささやかな趣味にまで、ツッコミを入れてくれるのは、やっぱり彼女たち。
このままでは一生干物女になる、と会うたびに喝を入れてくれるのだけれど。
オトコに頼らず生きていける自分に誇りを持っていたりもする。
あとは、実家にパラサイトせずにおひとり様を楽しめる大人のオンナになれば完璧。
……そう思っているのは自分だけで、周りから見たら、モテないネトゲ廃人、なんだろうけれど。
ああ、小学生の頃に戻りたい。
貧富の差も、未婚・既婚も、職業も関係なく付き合えたあの時代に。
本物の干物女にならないように、ヒアルロン酸のパックをしつつ、不毛なことを考えてしまった。
「うわ~、ここ、すごいどうくつだね!」
「入ってみようか」
「その子! びびってないで早くおいでよ」
「だって、ここ、くものすがあるんだよ~」
「ここのことは、ぜったいみんなにないしょだからね」
「うん、もちろん!」
「この四人だけのひみつきちだよ」
「男子にまけない、ひみつきちができたね」
「ねえ、これ、ここにかざったらかわいいんじゃない?」
「さくらも、これもってきたんだよ」
「わあ、おいしそう!」
「だんだんひみつきちっぽくなってきたね」
「あ……なにこれ?」
「きけん・はいってはいけません。中央小学校って……」
「あたしたちのひみつきち、もうはいれないの?」
「たからもの、みんなおいたままなのに!」
「かえしてよ!」
……自分の寝言に驚いて目覚めた。
小学校の頃に戻りたい、なんて考えたせいだろうか。
あの頃みんなで遊んだ、秘密基地ごっこの夢を見るなんて。
私達が秘密基地として使っていた場所は、小学校のPTAから「危険区域」に指定され、ある日突然使えなくなってしまった。
人工的に掘られた洞窟のような穴は、かつての防空壕だったらしく、崩落の危険性があったそうだ。しかもその後、すぐそばから不発弾が発見されて、その爆弾を処理するために、一時期地域住民に避難指示が出されたほど。
私達四人は、かなり危険なところで、呑気にサバイバルごっこをしたり、お菓子を食べたり、初恋の相手を暴露し合ったりと、子ども時代を謳歌していたらしい。
そんなことを思い出しながら、のそのそとベッドから起き上がり、身支度を整える。
カーゴパンツにポロシャツという服装は、昨日の桜のアドバイスに従ったから。
リビングで遊ぶミヅキと、ソファで授乳中の愛実に挨拶して、軽くご飯を食べる。
「出かけるの?」
「うん、ちょっとね」
「ふうん。気分転換にあたし達も連れてってくれない?」
おひとり様向けのマンションの下見に、こんなにうるさい奴らを連れて行けない。
「無理。だって、私の車で行くんだから。チャイルドシート積んでないし」
「そっか……残念。暇つぶしになるかと思ったのに」
毎日暇つぶしができて羨ましい、という言葉を飲み込んで、私は家を出た。
愛車のエンジンをかけて、パンフレットに記載されている住所をナビに入れてみる。
車を走らせて現地へ行ってみると……やっぱり。
そこはかつて、秘密基地としてよく遊んだ場所だった。
あの防空壕があった付近が整地され、その近くに新しい住宅が建てられているのは知っていたけれど、まさかここだったとは。
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