第30話:分岐点
オカルト研究部の活動教室であるパソコン教室Bはクラス一つ分以上の席があるため、ほとんど占領しているとなると四十人ほどはいる。部としては大所帯だ。
生徒は顔の輪郭も体型も極端にばらばらで、方々から楽しそうな会話が聞こえてくるが、日本語として破綻した言い回しをしていたり、横文字を多数含んだ会話をしていたりと、聞き取れても理解できないような言葉が飛び交っていた。談笑であるのは間違いないが、どこに笑いどころがあるのかまでは把握できない。
「失礼します」
そんな中で一人、中央あたりでモニターと向き合っていた生徒が立ち上がり、眉をひそめて二人のもとへ寄ってきた。
背は高いというほどではなく、面長の顔にできたにきびが目立つ。上履きの色は三年生であることを示していた。
「深串、この子は入部希望者かい?」
日暮の上履きを確認してから見上げた顔は驚きと警戒心で少し固くなっている。
「部長、違うんすよ。オカルト研究会の友人で、見学に誘ったっす」
その言葉で腑に落ちたのか、表情が和らいだ。
「そうか。会の子か。いらっしゃい」
日暮は、何かがずれたデジャヴュというような不思議な感覚にとらわれ、ぼんやりとした記憶を頼りに訊ねた。
「すみません。失礼を承知で聞くのですが、図書室でトラブルを起こしたことってありませんか?」
すると、部長は肩を竦めて苦笑した。
「それって『黒魔術事典』の件だろう?」
「はい。そうです」
部長がウニのようにつんつんとした髪をいじり、うんざりしたように言う。
「いろんな人から聞かれるんだよね、それ。でも、俺には全く覚えがなくてさ。しかも、聞いてきた向こうまで別の人だったかもしれないなんていうんだから、おかしな話だよ。君もきちんとは覚えていない感じ?」
日暮は思い返してみたが、鮮明と言えるほどの記憶はない。ただ、この人ではないという気はしていた。
「人違いかもしれないです。すみません」
「いやいや、謝る必要はないよ。君が悪いことをしたわけじゃないんだから。多分、うちの部員の誰かがやらかしたんだろうな。良くも悪くも癖のある人しかいないからね。心当たりがあったら名乗り出るようにとはもう言ったんだけど、誰も白状しに来ないから、俺としても困っているところなんだ。深串でもないんだよな?」
「当たり前じゃないっすか。確かに部員の中で
「そうだよなあ」
日暮に
ただ、図書室の回想をしているときに引っかかりがあった。
覚えているのは出路の行動。本を受け取って、中を開いて、赤線が引かれているところを見つけて、結びつけると「ななせがわせいか」になったことから口論になった。
日暮はもう少し記憶を掘り返してみた。
あのとき、出路先輩が取っていた言動は、確か――。
「……あっ!」
閃きがまばゆい光を放って弾け、潜んでいた影が露わになった。
そうか、これか、これだ、ずっと
「何か思い出したのかい?」
気付きによる興奮が出ていた顔を部長が見上げている。
「いえ、個人的なことです。お役に立てずすみません。もし何か分かったら報告します」
「そうか。そうしてもらえると助かるよ」
「あ、あと、最後に一つ聞いてもいいですか」
「何だい?」
日暮は少し間を置き、真剣な目で訊ねた。
「部長さんは、オカルトってどう思いますか」
「俺にとってか。そうだな……」
彼はつんつんとした頭をしばらく掻いていたが、やがて
「画面映えする、良い題材だと思うよ」
その顔には一点の
自分の道は、こっちではない。
「なあ、深串」
日暮は部長が自分の席に向かうのを見送りながら、深串にしか聞こえない小声で言った。
「俺には多分、オカルト研究部は合わないと思う。それに、やるべきことが見つかった。だから、ここに入部することはできない。せっかく誘ってもらったのにすまないな」
それを聞いた深串は、俯いて肩をぷるぷると震わせたかと思うと、もう我慢できないといったふうに、噴き出した。
「おいおい、深刻そうな顔で何を言うかと思えば。はなからそんなこと期待していないさ」
まさかの反応に目が点になる。
「でも、研究部に入れよって」
「見学するならパソコン教室には入ってもらわないといけないからな」
大袈裟に肩を竦めていたが、しかし、その笑みには安堵が含まれていた。
「僕はただ、今の道をそのまま進むべきかどうか判断するなら、他の道を見てみるのが最善だと思っただけさ」
そう言ってから、性に合わないことを口にしたと思ったのか、深串は頭を掻いて付け加えた。
「まあ、死んだ鮭の目が、獲物を探す熊の目になってよかったよ。さてさて、この時期に買い食いするなら、やっぱり肉まんだと思うんだけどな」
相変わらず素直でない友人に、日暮は感謝の意を込めて答えた。
「烏龍茶くらいはおまけさせてくれ」
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