窮地の到来

薛姉せつねえ――‼」

 負傷した薛麗せつれいを見つけた許林杏きょりんあんが、慌てて駈け寄ってきた。

 悲痛な面持ちの薛麗が、鮮血のしたたる左腕を抑えている。矢は自ら引き抜いたようだった。

 薛麗に身を寄せた許林杏が、袋から見たこともない文字が書かれた符を取り出した。

「傷にこの符を貼って。痛みが失せるはずだよ」

 薛麗はその符を受け取ると、傷口に貼った。不思議なことに、痛みが引いていった。

「薛姉、大丈夫? 元緒げんしょさまの護符だよ。痛みがなくなるだけで傷が治る訳じゃないって」

 心配げな面持ちの許林杏に、薛麗は不敵な笑みを返した。

「これならまだ戦える」

 薛麗は弓矢を手に取ると、眼下の黄巾に向かって矢を放った。精彩は欠いていた。飛翔した矢は、賊徒には立たず地に立った。

「矢を放てるだけましってことね」

 薛麗の相貌そうぼうに、疲労の色が浮き始めていた。

 劉辟りゅうへきが歩みを寄せると、二体の計蒙けいもうの動きが剣を振りかぶったままぴたりと止まった。劉辟は拳で計蒙の腹を殴打した。続けて、もう一体の計蒙の腹にも拳骨げんこつを食らわせた。

 すると――。

 二体の計蒙は姿が薄くなると、人型をした小さな二枚の白紙へと転じた。その腹部には穴が開いていた。

「読み通り、良識ある方士ほうしだったな」

 劉辟は、墻壁しょうへきの上を見遣みやると北叟笑ほくそえんだ。

「何と――⁉ 召喚したあやかしが何たるかを知っておったか……」

 墻壁から計蒙の活躍を見遣っていた元緒が、驚愕きょうがくの声を上げた。元緒は計蒙を放つ際、に敵意を抱く者を斬るよう念じていた。

 方士がる妖しというものを聞き知っていた劉辟は、敵意を断ち、無心で計蒙に近づいていたのである。

「……こ、これは……まずいことになるやもしれぬ」

 口惜しそうな顔になった元緒は、ふと塢の内側に目を遣った。

 苦しそうな許褚きょちょがうずくまっていた。胸を押さえていた。

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