第4話 私の与り知らぬところで私が炎上しかけている。
翌朝、目を覚ますとテーブルの上には大量の小銭。それから千円札と、5千円札が何枚か。1万円札もある。〆て14万円ほどが無造作に置かれていた。これが昨晩たまたま通りかかった義賊の仕業でないとすれば、十中八九そこの棺桶で眠ってるヴァンパイアの所業ということになる。ゆうべあのあとお風呂に入ってる隙に姿が見えなくなっていたっけ。ひと晩でこれを? ひと晩で14万。本当に慰みも、考えたくもない。あるいはどこかに強盗に入ったとか? 基本常識の通じないところはあっても性根まで腐ってるようなやつじゃない。これって私の買い被り? 問い詰めてやろうと棺桶のフタを何度か叩いてみたものの、今朝はちっとも起きてくる気配がなかった。まあいい。帰ってきてからにしよう、お金はこのままにしておく。それで冷蔵庫を開けてみると中には朝食と、お弁当まで律儀に用意されていた。あと走り書き。――ごめんね。なんなの。いじらしいことするじゃん。一連の蛮行を赦してしまいそうになる自分がいる(赦さない)。
「サキムラさん。珍しい、今日はお弁当なんだ」
「え。まあ。はい」
「ふうん。ずいぶん手が込んでるね」
「はは。そう、ですね」
「女子力上げるのも結構だけどぜひ、成果も挙げてちょうだいね」
「はい。頑張ります」
「頑張ります。頑張ります。今年の新人のほうが若いのによっぽど頑張ってるけどね」
「すいません。あ」
「なに? お。もぐもぐ……これレバーの唐揚げだ。もぐもぐ……結構おいしい。あーでも、個人的にはもう少し濃い味つけのほうが好きかな」
「そうですか」
「しっかりやってね」
は。は? なんなのなんなのなんなの。断りもなく人の食事に手をつけるって。頭おかしいんか、お前の好みなんざ訊いてねーよ。非常識にもほどがある。御託並べる前にてめえのノンデリどうにかしろや。きも。きも。休憩時間に顔見せんな。あー腹立つ。本当ならお弁当まるごと捨ててしまいたい。だけど。せっかく作ってくれたし、私は胃袋を掴まれている。ぐぬぬ。イヤフォンを取り出してあらゆる雑音から耳を塞いだ。
もしも魔法が解けた
そのときには
玉虫色のその羽が
白日の下に晒されたのなら
ああ 僕はもう
色眼鏡なしじゃ見られない
だからどうか
だれにも見つからないで
1・2・3 1・2・3
再生回数0回の歌姫
この世界でたったひとり
僕のシンデレラ
ああもう。なんで
そこに映し出されたのは駅前にできた人だかり。会社帰りのサラリーマンや学生、妙齢の女性に子ども連れの父親。その注目を一身に受ける輪の中心には、ところがだれもいない。耳触りのいい歌声は聞こえてくるのに肝心の正体がどこにも見当たらないのはなぜ。からっぽの空間をやたらありがたがって中にはスマホを掲げて撮影している人もいるし、ときたまなんか黄色い声が上がる。
――どういう状況――
――私の目がおかしい? 透明のなんかいる?――
――ここに集まってる人たちは真剣にスピーカーの音聞いてるの?――
私も含めどうやらだれにもなにも見えてないらしい。
――歌うっま――
――れんれんのソロ曲!――
――本人より上手いじゃん――
ほら。こういう人間が必ず出てくる。歌が上手いとか下手とか、そんな単純なものさしでアイドルを括ること自体ナンセンス。あの歌は
――ここいたけど高校生くらいの男の子が歌ってた――
――真ん中に金髪で制服着たくっそ美少年――
――私も見た。おんなじ人間とは思えないくらいイケメンだった――
「……」
『ありがとうございます。つきましてはサクちゃん金を稼いでこいと言われたので――』
「ブフォ!! ゴホッゲホッ!」
――これどこの駅前――
――サクちゃんだれ――
――この曲めっちゃ好き。卒業コンサート思い出して泣きそう――
――未成年に無理矢理金稼がせるって毒親――
――これAIじゃなくて?――
――似顔絵見たけど本当にあの顔がいたの?――
――子供に自分の名前呼ばせる母親っている?――
――すみません。私に保護させてくれませんか――
――冗談じゃなくてこの子いじめられてない? 周りの大人たちは拍手してる場合じゃなくない?――
――通報しました――
私の与り知らぬところで私が炎上しかけている。
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