テイク-32【撃たれる前に撃てば無問題】



 肩上で切りそろえた黒髪が、静かに弧を描いた。  陽菜が銀の片手剣を振りかぶる。


「ちょ、ちょっとタンマ!」


 龍二が咄嗟に右手を突き出す。バリアが光とともに展開し、剣が弾かれた。  しかし陽菜は引くことなく、連続でバリアに斬撃を叩き込む。


「陽菜ちゃん! 教えてくれ! なぜそこまでして真花を狙うんだ!」


 声は届いているはずだった。けれど、陽菜は歯を食いしばり、力を込めてさらに剣を振り下ろす。


「おとなしく捕まりなさい!!」


 木製の盾を左腕に固定し、地を踏みしめ突進――


「うわ!」


 衝撃音とともに、バリアが砕け散った。


「どぉぉりゃ!」


 エリオンが椅子を拾い上げて陽菜に向かって投げつける。背もたれの低い黒合皮の椅子。  しかし、彼女はまったく怯まない。片手で剣を振り払うと、椅子はまっぷたつに裂けて床に落ちた。


「龍二! もう一度シールド張れるか!」


「む、無理だ……魔力を使いすぎた……力が……」


 膝をつきかけながらも、龍二は拳を握りしめていた。額から汗が落ちる。


「降参してください。いま降参すれば、命だけは保証します」


 凛とした声色。けれど、その瞳にはどこか揺らぎがあった。


「陽菜ちゃん……答えてくれ。真花は、そんなに追放されるようなことをしたのか?」


「それは……」


「事情はある程度聞いた。世界を救ったあと、自分も“恋”というものをしていいって、そう思ったって」


「真花の、そういう身勝手さがマジエトに迷惑を……だから、皇さんは……」


「なぜ恋愛がいけない? 愛は、人を強くするんだぞ」


 エリオンの声が陽菜の耳に届いた。


「それは……皇さんが、そう決めたから」


「夢を売るのは理解できる。けど、愛を知らない人間に世界が守れるのか? 君たちは、望んで魔法少女になったんじゃないのか?」


「違う……私たちは……望んでなんか……」


 指が震える。剣を握る手に爪が食い込む。


 その瞬間――


 パチンコ台の列が崩れた。  陽菜がそちらに目を向けると、霊羽の姿が消えていた。吹き飛ばされたのだ。  助けに向かおうと、足が動いた。


 だが、脳裏に蘇る。


『マジエトの……一期生なのにできないの?』


 ――やらなきゃ。  まずは、このふたりを……


 陽菜の動きが止まり、剣が再び構えられる。


「真花も、相当ヤバそうだな……」


 エリオンがちらりと上を仰ぐ。


「あと一回だけ、シールドを張る。エリオン、詠唱を頼む」


「任せておけ」


 空気が収束する。


 陽菜が刃を突き立て、踏み込んだ。


「フォースシールド!!」


 展開される防壁。


「こんなシールド、突き破ってやるんだから!」


 怒気を帯びた声とともに、陽菜が突進する。


「させるかー!」


 龍二が集中し、指先に力を込める。  背後、エリオンが両手を胸元で交差させて詠唱を開始した。


「光あれ。されど、我は奪う者なり。  主は語る。汝、地を這いし者よ、裁きを恐れるな。  剣は雷となり、声は天を割き、偽りの信を灼く。  我は問う。この掌に――」


 左手が懐から“神のコイン”をつまみ出し、高く投げた。


 キャッチ。拳が開かれる。


 刻まれた数字は――0。


「なに……ハズレだと!? ええい、仕方あるまい! 勝利を授けたまえ、イグジスト・ライト!!」


 右手が前へと突き出される。  雷が走った。


 その狙いは――


「遊びは終わりよ……さよなら、桜庭真花……」


 霧の向こうで、白銀の弓を構えていた奏。


 雷柱が落ちる。


「ッチ……」


 咄嗟に身を引き、奏が跳ぶ。


「ナイス! エリオン!!」

 

 台の上から、ガッと親指を突き出してみせる。


「姫を助けるのはナイトの役目さ」


 爽やかな笑顔とともに、髪をかき上げる。


「こっちはどうすんだよー!」


「知らん! 破られないように全力を注ぐんだ龍二!!」


 ――


 流れはできた。

 だったら、ここから先は――あたしの出番だ。


 真花が剣を両手で構え直し、再び前へと駆ける。


「このまま押し切るわよ!」


 視界に映るのは、鋭く睨む奏の姿。


 喉奥に熱が溜まる。刃の重みが手のひらに沈む。


 首を狙って―― 一気に決める。


「そっちがその気なら!」


 奏もまた、矢をつがえて弦を強く引いた。


 交錯。


 張り詰めた空気の中、ふたりの気配だけが濃く研ぎ澄まされる。  死と生、矢と剣、呼吸と息遣い。


 ――どちらが、先に沈むか。

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