第51話 分担作業
翌朝、ルーナたちは造船所で受け取った羊皮紙を囲むように、宿の大テーブルに座っていた。
「改めて見ると……やっぱりすごい量ね」
「必要最低限のものしか書かれていないはずですが、それでもこの量でございますからね」
ルーナが羊皮紙の文字を目で追うと――
ロープ、樽、油、かじ取り用の旗、食糧保存用の塩、航海灯、釘、パッチ材、漂白剤、清潔布……細かい小道具が延々と綴られている。
「よーし、それじゃ役割分担するのさ!」
と、エルザが勢いよく立ち上がった。
「あたしは港の外市場で買える道具を調達してくるのさ! 商会とか倉庫とかに顔が利くからな!」
「ミスがあってはいけませんので、必要な品目リストはわたくしが一緒に管理いたします」
「サンキューなのさ!」
ナミが表を手早く作り、エルザへ渡す。
「お嬢様とティノ様は、船に積む自作物を。当面はロープ・布・油塗り加工品を優先いたしましょう」
「了解だわ! ティノくん、今日は工房街へ行きましょう!」
「うん、がんばる!」
ティノが腕をグッと構えてやる気満々なのを見届けてから、ルーナはアルスに頼む。
「アルスは……お願いがあるの」
『なぁに、ルーナ?』
「船に使う油の材料になる海藻を集めてきてほしいの。濃いやつじゃないとダメなんだけど、あなたなら潮の流れが分かるでしょ?」
『任せて! ぼくがいっぱい集めてくる!』
こうして四人と一頭は、それぞれの持ち味を生かし、ばらばらに動き出した。
*
エルザとナミは外市場へ向かっていた。
威勢のいい競り声、香草の匂い、鳥や魚の並ぶ屋台――港町の熱気は冬でも衰えない。
「ほい来た! この倉庫の兄ちゃんとは顔なじみなのさ!」
「こういう場面では本領発揮ですね、エルザ様」
一軒目の商会ではロープを破格で確保。
二軒目の倉庫では船釘を大量に譲ってもらう。
「逃がしゃしないのさ~!」
「まだ回りますよ、エルザ様。あと六軒残っています」
「よぉーし、ぜんぶ攻略してやるのさ!」
ナミの冷静な管理能力と、エルザの突破力は抜群に噛み合っていた。
*
一方そのころ、工房街では――布と素材を抱えたティノが、作業台に向かっていた。
「ティノくん、手を怪我しないようにね」
「だ、大丈夫! 布の切り出しは任せて……!」
ティノは器用にロープの端を編み込み、裂け防止の処理を施していく。
水辺で道具を扱ってきたカワウソ族としての特性が、こういう細かい作業にも活きていた。
「すごいわ、ティノくん! ほら見て、わたしのより全然きれい!」
「う、うそっ!? ルーナさんのもすごく綺麗だよ!?」
たどたどしい褒め合いに笑いがこぼれる。
この二ヶ月で、ティノはすっかり仲間と笑い合うことを覚えたのだ。
「じゃあ、オレは次ロープの補強やる!」
「わたしは樽の油の仮詰めね。終わったらナミに量を確認してもらうわ」
互いに役割を確認し合いながら手を動かす。
船が完成へ近づくのと同時に――この関係も確かに形になっていく。
*
その頃アルスは――冬の海を悠々と泳ぎ、海藻の群れを探していた。
『ルーナが喜ぶの、いっぱい持って帰りたい!』
潮の流れを読んで、冷たい流れの先を追う。
荒い波が来ても、アルスは構わず進んだ。
やがて――海底の岩場に濃い深緑の海藻が揺れているのを見つける。
『あった! ぼく、がんばる!』
巨大な尾で海水を巻き込み、海藻を根元ごと剥がしてまとめて運ぶ。
身体が冷えても、凍えるほど寒くても、アルスの胸には仲間のための熱が宿っていた。
*
午後――全員が戻ると、宿の食堂には調達品の山ができあがっていた。
「すごいじゃないエルザ! ほとんど揃ってるじゃない!」
「ふっふっふ、探検少女エルザをなめてもらっちゃ困るのさ!」
「ティノ様の補強ロープも見事でございます。工房の職人顔負けですね」
「あ、ありがとう……!」
『見て見て! ルーナ! 海藻いっぱい取ってきた!』
「ほんとにすごい! アルス、よしよ~し!」
ルーナがぎゅっと抱きしめると、アルスは身体をくねらせて喜んだ。
するとナミが、資料の束を持ってテーブルへ戻ってくる。
「皆さま、今日一日の成果を記録にまとめました」
「ナミは本当にすごいわ。誰一人欠けても今日の成果は得られなかったもの」
ルーナは仲間全員の顔を順に見つめた。
ティノは作業台でうつむきながら嬉しそうに笑い、エルザは鼻を高くして腕を組み、アルスは自慢げに胸を張った。
そしてナミは控えめに会釈しながら微笑む。
「わたしたち……ちゃんとチームになっているわね」
ルーナのその一言は、全員の胸へ静かに染み込んだ。
その夜。宿には暖炉の灯が揺れていた。
ルーナは窓辺に立ち、手袋を外してガラスへ触れる。
外では粉雪が舞っていた。
(旅に出た理由は――アルスが自由でいられる場所を探すためだった。……でも今は、それだけじゃない)
胸があたたかくなる。
(仲間と一緒だから、世界を見に行きたいんだ……)
ふいに背後から声がした。
「ルーナさん……今日は、本当にありがとう。オレ、役に立てたのかな」
「もちろんよ。ティノくんが頑張ってくれたおかげだもの」
ティノの尻尾が嬉しそうに揺れ、照れ笑いが浮かぶ。
「エルザのおかげで買い物ができて、アルスのおかげで素材が揃って、ナミのおかげで管理が完璧で……」
「ルーナさんのおかげで、みんなが一緒にいられてるんだよ」
その言葉に、ルーナは胸がチクリと熱くなり、そっと目を伏せた。
「……ありがとう。すごく、嬉しいわ」
視線を上げると、窓の外では雪がさらに強くなっていた。
港の灯が雪の帳の向こうで揺れる。
――出航のときは、確実に近づいている。
それでも、焦りはない。
それぞれの役割を、それぞれが果たせているから。
「行きましょう、ティノくん。セレーネブルーへ。みんなで」
「……ああ!」
静かで、確かな熱が――四人一頭の胸に灯り続けていた。
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